ふと、眠れない時がある。
部屋の時計の音が、嫌に響いて聞こえるとか、
もっとこうしたら良かったっていう反省とか、
明日が、来るのが怖い日とか。
お昼寝して眠れないなんて日とか。
気を紛らわせるために、SNSを見たりしても、
すぐに飽きてしまうし、羊を数えたり、
眠くなる動画とか悪足掻きをしてみても、
眠気より、不安感が増すような気さえする。
膝を抱えて、ベッドの上に座って、窓の外の空に視線をなげる。曇だったり、月が輝いていたり、
星が零れそうだったり、様々な空模様をしている。
空を見ると、もっと近くで見たいと思って、
必ずベランダに出て、空を見上げる。
手を伸ばせば、届きそうな月や星々を見ては、
届かないことを痛感して、感傷に浸る。
私は、いつまでふたりと一緒に居られるのかな。
永遠なんて無いことを私は、きっと知っている。
幼馴染という甘く、優しく、
銷けてしまいそうな関係。
近づきすぎて、
灼かれてしまうかもしれない。
私を導いてくれるあの人は、きっと太陽だった。
「そんな訳ないのにね」
ひとり呟いたその言葉は、
夜の静寂に熔けて消えるはずだった。
「こんな時間に何してるんだよ」
確かに聞き慣れたその声は、
寝起きだったのか些か低く、少し掠れていた。
「んー、ちょっと、眠れなくて」
困ったように笑ってみせた。
幸い、明日は日曜日で今眠れなくとも支障はない。
もう、日付を越えて結構経っているけど…
刀也くんはそんな私を見て、
何を思ったのか分からないけれど、
おもむろに自分の着ていたパーカーを
脱いで私に投げてきた。
「その格好じゃ、身体冷やすぞ」
確かに、ほんの少し肌寒さを感じる。
「ありがとう、刀也くん」
こういう時の刀也くんは、
私が大丈夫と言っても大丈夫じゃないことを
きっと見透かしているから、
彼からの優しさは素直に受け取るに限る。
投げられたパーカーに袖を通す。
さっきまで彼が着ていたから、
彼の温もりと彼の匂いがして、
彼が近くに居るのだと思える。
「…あったかい」
そう呟いた声はどうやら本人に聞こえてたようで、
「さっきまで着てたんだから当たり前だろ」なんて
「とうやくんの温もりだね。
……とうやくん、大きいね、袖がこんなに余る」
彼との身長差を、男女の違いを、実感する。
「まぁ、僕も男ですからね」
「そうだよねぇ、とうやくん、
どんどん大きくなってるもんね…」
「大きくなってるって…毎日会ってるのに
そんな親戚みたいなこと言うなよ…」
「んー、ちっちゃい時は、
私が一番大きかったのになぁって思ったら、
あの頃から時間が経ったんだなって」
「まぁ、幼少期は女の子のほうが成長早いですからね
僕はまだまだ伸びる予定ですよ」
「私ももう少し欲しいけど、
もう成長しなさそうだからなぁ」
「もう充分育ってると思うけどな、
女子平均はあるだろ?」
「あるけど、どうせなら160cmとか欲しいから…
でも、刀也くんは、小柄な子が好きだもんねぇ…
冬雪ちゃんとか?」
「葉加瀬?まぁ、お前と比べたら
少し小さいけど変わらないだろ」
「え〜?冬雪ちゃん、かわいいサイズ感してない?
冬雪ちゃん、少し抜けててかわいいし、
男の子から人気あると思うんだけど、どう?」
「どうって言われても、まぁ、
葉加瀬は人気だと思いますけど、
僕はあんまり知りませんね」
「そっか」
「そういう女子で人気な男子居るんですか」
刀也くんがそういう評判を気にするのは
珍しいことで少し驚いたけれど、
ひと呼吸置いて考える。
「んー…刀也くんは、言わずもがな人気だし、
あ、イブラヒムくんも話題に上がるかなぁ…
やっぱり、みんなかっこいい人好きだよね」
刀也くんが聞いてきたのに、少し間が空いた。
「…桜華から見て、
あいつはやっぱりかっこいいのかよ」
「イブラヒムくん?かっこいいところもあるけど、
イブラヒムくんは良き話し相手って感じかな」
「ふーん?何話してんの」
「大体立花のことかな、あとはたまに相談、とか」
ふたりの共通の悩み。お互いこの双子を
好きになるなんて、難儀な事だとわかってる。
でも、私達は好きだと思ってしまうから、
イブラヒムくんとは、定期的に話すようにしている。
きっと、刀也くんは、
私の気持ちなんて知らないから、
知らないでいて欲しいから、知らんぷりしていて?
「その相談って、僕にできないことなのかよ」
「出来たら、真っ直ぐに刀也くんに相談してるかな」
そう言うと何処か不満そうな顔をしてこちらを見る。
わがままだなぁ…
「でも、一番頼りにしてて、
私のことを知っているのは、
刀也くんと立花くらいだと思うよ」
わがままなのはきっと私。
「そうじゃないと困る」
ぬるま湯のような温かな関係から抜け出さず、
ずっと、幼馴染に甘えている。
「そろそろ部屋に戻れよ、もう2時だぞ」
そう言われて部屋の時計を見れば、
彼の言う通りで、長い時間ここに居たようだった。
「パーカー、今度返してくれればいいから
今日はそのまま寝ろよ?」
「ん、ありがとう…そうするね
とやくん、おやすみ」
「ん、おやすみ」
ばいばいと小さく手を振ると、
余っている袖も小さく揺れる。
私が部屋に入ったのを見送ってから
彼も夢の中へ落ちていくのだろう。
彼も私もいつか大人になる。
時が流れて、大きくなって、いつか、
お互いの幸せを見つけて笑い合うのだろう。
あの時は、まだ青かったねって。
きっと、この想いも過去のものになる時が来る。
何時まで、隣に居て許されるのかな
きっと、立花も刀也くんも
私を忘れて幸せになってくれるから。
だから、今この時だけは、
私の私だけの幼馴染でいてね
パーカーから香る黛家の匂いと刀也くんの匂い。
眠気なんて無かったはずなのに、
緩やかに確かに重くなる瞼。
響き渡る秒針を刻む音も聞こえなくて、
自分の心音が心地よく聞こえる。
寂しい夜を越えて、また、次の夜へ
ありがとう、おやすみ。
意識は遠く、微睡んでいく。
優しさと心地良さと安心感に包まれて、
深く深く落ちていった。