リトルヒーローとショート
「おい、メモリーカードがなくなってるぞ!赤外線は引っ掛かってなかったはずなのに…」「身体を縮められるヒーローがいるらしい。まだこの部屋にいるかもしれねえ、探せ!」
乱暴な足音がいくつも行き交い、見付けたら踏み潰してやれ、なんて物騒な台詞も降ってきた。テーブルの下の僅かな隙間に潜り込んでいた私はバクバクと嫌な鼓動を打つ心臓を押さえ付ける。現場に出る機会が増えてくるのに比例して名前が知られるようになってしまい、あくまで隠密の役目を担いたくてもそうもいかなくなってきたのが最近のジレンマだ。それでも、直接対峙できる力がないからって自分だけが危険な目に遭いたくないとは言えない。私だって他のメンバーと同等のヒーローなのだ。恐怖を振り払って、特製の無線に囁きかけた。
「敵が入ってきて身動きとれません。応援、お願いします…!」
テーブルの前に大木のような黒い足が立ち、息を止めた。絶体絶命か、目を閉じてしまいたくなったそのとき、辺りを冷気が走った。
「な、うわっ、この氷はっ……」
「動くな。つっても、もうどいつも動けねえだろうが」
ショートが部屋に乗り込んできた。一瞬にして部屋の壁が一面氷浸けになって、天井から降り注ぐように伸びた氷が敵を拘束していた。部屋の中央まで来たショートは周りを見渡し「ミニマム、どこだ」と呼びかけてくれた。テーブルの下からふらふらと這い出して、いつものように大声でアピールしなければと思っても蚊の鳴くような声しか出なかった。
「ここ……」
それでもショートはすぐに気が付いてくれて、膝を折って左手を差しのべてくれた。
「よかった、氷浸けにはなってなかったな。無事か」
「はい、メモリーカードも確保してます」
ショートのあたたかい手のひらによじ登って、目線を合わせてもらう。ショートは私の顔をじっと見つめて、それからすっかり定位置になったストラップ缶に身体を入れてくれた。
「怖い思いさせたな」
「いえ、…大丈夫です。来てくれてありがとう」
「……すぐ抱きしめてやりてえが、戻ったらにする」
指でそっと頭を撫でられて、まだ現場だというのに気が緩んでしまう。でも、せめてここを出るときまではこの中で安心していたい。
勝己と相合い傘
会社から出ると雨が降っていた。今朝のニュースの予報では降水確率が比較的低かったはずだけど、でもまあ洗濯物は浴室乾燥にかけて来たし鞄の中に折り畳み傘も入れていたので自分の上出来っぷりで気分は上向きだ。電車の中でカップルの女の子がレインブーツを履いていてるのを見て、一日デートをしていたのかなと思った。最近、デートしてないなあ。梅雨に入ってしまったのでアウトドア系はもってのほかだし、ただ買い物に行くのも何となく気が乗らず、というかそもそも忙しい勝己とは休みが合わず同棲していても顔を合わせない日もしばしばだ。次に休みが合うときはどこか行きたいなと考えながら最寄り駅の改札を出ると、色とりどりの傘が出ていく軒先に不機嫌そうな顔をした勝己がいた。ぽかんとして立ち止まる私の手にある傘を見て、勝己は目を吊り上げる。
「ア!?なんだてめェ傘持ってやがったんか」
「いや、梅雨だし普通に持ち歩いてるけど…」
そんなことよりもしかして迎えに来てくれたの、と言い終わる前に勝己はばつんと大きな傘を開いて回れ右してしまい、慌ててその横に滑り込んだ。
「ま、待ってまって、帰り道一緒でしょ」
「てめェの傘が残ってたからついでとは言えせっかくここまで来てやったのに無駄足だったわ。つか持ってんだろーが入ってくんな」
「持ってるけど折り畳みでちっちゃいんだもん」
「これのがせめェ!!」
大声で文句を言いながらも、持ってきてくれた私の傘は反対の手に握ったままで押し出そうとしてくるようなこともなく、しょうがないとでも言うような舌打ちがひとつ。斜め上を見上げると相変わらず眉間に皺を寄せていたけれど、さっきよりもやわらかい表情に見えるのは贔屓目なのか。
「梅雨開けたら、真夏になる前に山登り行こうか」
「真夏でも行けんだろ」
「私は行けませんー」
雨降りも悪くないな。傘の下でこっそり笑いながら、そう思った。
上鳴とツンデレさん
出会いとは、口を開けて待ってたって降ってはこない。やっぱり自分から探しに行かなくちゃいけないんだよな。峰田とナンパについて話していると、後ろの席から咳払いが聞こえてきた。「あなたたちね……そんなことばかりしてると、プロヒーローになってから掘り起こされてゴシップになるかもしれないわよ」
「なんだよ!まだ一回も成功してねーから誰にも迷惑かけてねーぞ!」
「峰田、それ言ってて悲しくなるから黙っとこ」
「私は雄英からそんなヒーローを出したくないの。学生とは言えもうメディアにも顔が出てるんだから、その自覚を持って行動するべきでしょう」
軽蔑そのものという目で見てくる彼女に、峰田は鼻息を荒くしながらうるせーな!と言い返す。てかちょっと興奮してね?
「俺たちがかわいい女の子とお知り合いになって楽しく過ごしたってオマエに関係ねーだろ!俺のこと好きだから止めたいってことむぐっ」
「ちょ、峰田…」
峰田の口を塞いで、また十倍にして言い返されるのではと身構えながら彼女を見ると、真っ赤になった顔と目が合う。
「わっ…私が上鳴くんのことを好きでナンパなんかしてほしくないからってこんなこと言ってるわけないじゃない!!」
「あ、え、俺ですか」
俺の呆けた返事に彼女はくしゃりと顔を歪めて、さっきまでの冷ややかな仮面はどこにいったのか。ガタッと椅子を蹴って逃げ去っていくのを見送って、峰田と顔を見合わせる。
「…抜けがけすんなよ、上鳴」
「おー、でもあいつもかわいいとこあったんだな」
轟くんの氷でかき氷
残暑が厳しく、まだまだお風呂上がりのアイスが欠かせない季節だ。しかし寮では夜の外出は原則禁止で、ちょっと近くのコンビニまでというのも許されない。一階の共用スペースで窓を開け放ってもゆるゆると生ぬるい風が流れてくるだけで、何となく集まった者達は見事にだらけていた。「あー、アイス食べたいー…」
「食いてぇな〜」
「あ!!私ひらめいちゃったよ!」
「何ー、透ちゃん」
「轟くんの氷でかき氷つくれないかな?」
みんなの視線がバッと轟くんに集中して、たぶん会話の内容は聞いていなかった轟くんが「お」と顔を上げた。
「かき氷食べたい…!轟くん、お願いできないかな?」
「おお、わかった」
「やったぁ!そしたら、ヤオモモにかき氷器創ってもらって」
「私の部屋にかき氷のシロップあるから持ってくるわ!」
「え、お茶子ちゃんシロップだけ持ってたの?」
「たまに薄めて飲むと結構空腹が紛れるから…」
切ない笑顔のお茶子ちゃんの肩を抱いて、今日はいっぱいかき氷食べようねと励ました。ヤオモモはかき氷器について手早く調べて「なるほど、刃がこうついていて…鋼でよろしいでしょうか…押さえを回して氷が削れるというわけですね」とすぐにぴかぴかのかき氷器を創り出してくれた。早速轟くんが手のひらから氷を出してくれる。
「切島くん、任せた!」
「おう!削りまくるぜー!!」
「私もやりたい、私も!」
みんなできゃっきゃとはしゃぎながら、切島くんがすごい勢いでハンドルを回してかき氷を量産していく。お茶子ちゃんがシロップを持って戻ってきた。
「これがかき氷か」
「私も食べるのは初めてですわ」
「味はどれも同じだから好きな色選んでね!」
「それよく聞くけどよ、ほんとなのか?」
「香料と色が違うだけらしいよ。イチゴ味もメロン味もブルーハワイ味も思い込み」
「ブルーハワイ…」
かき氷は初体験らしい轟くんとヤオモモは興味津々に色とりどりのかき氷を見ている。轟くんはブルーハワイが気になっているようなので渡してあげた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
「……どう?ブルーハワイの味する?」
「よくわかんねえけどうまいな」
ぱくぱく食べ進める轟くんを見て、よかったなと思った。それからしばらくかき氷が流行って、轟くんは引っ張りだこになっていた。
マボロキに一目惚れ
仮免講習にイケメンがいたとほくほく顔のケミィに、あんたはそんなこと言ってる場合じゃないけど一体どんくらいのイケメンだったのよと聞いてみると個性で具現化して見せてくれた。いつもの少女漫画テイストでありながら見紛いようのないイケメンに、私は息を飲む。「えっめっちゃかっこいいじゃん…私も次の講習着いて行きたい」
「ちゃけば連絡先もゲットしてたりして〜」
「ねえ!合コンセッティングして!!」
「合コンしてみたいけどーとりま勉強会ってことでよろぴ」
ケミィに早速連絡をとってもらって、その次の講習のあとに勉強会という名の合コンが開かれることになった。ケミィと私と夜嵐と幻の彼という不思議なメンバーだったが、やっと会えた実物の彼はケミィの幻の何倍もかっこよかった。
「一目惚れしました!付き合ってください!!」
「マ?速攻すぎウケる」
「まだ轟自己紹介もしてないぞ!」
初対面の一言目がそんなものでも、轟くんは動じずにこう言った。
「でもそっちの学校、異性交遊禁止なんだろ?」
「たしかし。バレたらヤバいよー」
「…じゃあ、卒業するまで待っててくれる?」
「おお、よくわかんねえけど」
「俺も轟の親友になりたいっス!!」
よくわかんなくても了承してくれるのかと思いつつ、私は夜嵐とバチバチと火花を散らす。ケミィは本気ではないようだったので安心していたのに、まさかこんなライバルがいるとは。絶対夜嵐より先に轟くんと仲良くなってやるんだから!