ちいさい彼女も悪くない新堂さん

「新堂さん、新堂さん……」

小さな声が名前を呼ぶのが聞こえて、微睡みの淵から引きずり落ろされるように覚醒した。耳に馴染む声は心地よく、不快はない。しかし身体を起こして室内を見回しても声の主の姿はなく、なんだ夢だったのかと思ったそのとき、シーツを引っかくような衣擦れの音が聞こえてベッドの脇を何となしに覗きこんだ俺は固まった。

「た、助けてください……!」

シーツにつかまってぷるぷると震える小人がいた。小人は嫌でも見覚えのある顔をしていて、俺は意味がわからないままに手のひらを差し出していた。手に落ちたそいつは軽く、そっとベッドに下ろしてやると心底安心したように溜め息を吐いている。

「君……本物なのか?」
「は、はい。気が付いたらこんなに小さくなってここにいて……新堂さんが起きるまで待とうと思ってたんですが、足を踏み外して滑り落ちちゃって、死ぬかと思いました」

我ながら間の抜けた問いだったが、本物なのかと聞いている時点で同一人物であろうと認識していたのだから、自分自身に呆れる。昨日、九条家の面々とした話が思い起こされていた。彼女が小さくなったら持ち運びに便利だとか、可愛らしいだとか、くだらない話だった。しかし現実にこんな非科学的なことがあってたまるか。黙りこんで思考を巡らせるこちらの表情は険しくなっていたのだろう、不安そうな顔を俯ける彼女に、俺は心持ち声を和らげて話し掛けた。

「……気が付いたらそうなっていたと言ったな。思い出せる範囲で、その状態になる前のことを教えろ」
「え、えっと……」
「医療の分野でどうにかできる問題じゃないかもしれんが、力になれることはあるかもしれん」
「……ありがとうございます」

新堂さんと一緒で良かったですと、危機感はどこへやら、ふにゃりと気の抜けた笑顔はいつもの見慣れたそれで、つられてついこちらの口元も弛みそうになる。しかし彼女はハッと思い当たったように表情を変えてこちらを上目遣いに伺ってきた。

「あ、でも……お礼は、払えるくらいの金額で勘弁して下さいね」
「払う意思があるなら、こちらとしては分割でも構わんが」
「げ、現実的な金額でお願いします……!」

せせら笑いながら、金のことなんて考えもしていなかったなんて、口が裂けても言えない。

槙くんを看病したい

秋は足早に過ぎ去って、日が沈むとすっかり冷え込むようになった。そろそろ冬物のコートやマフラーを出さないとなあ、そんなことを考えながら槙くんと帰宅したある夜。今日はシャワーで済ませないで浴槽に熱いお湯を張って温りたい。先にお風呂洗ってきちゃうね、そう言うと珍しく少しぼうっとしていた槙くんがワンテンポ遅れてこう言った。

「なんか、熱い気がする。体温計ってどこにあったっけ」
「えっ、大丈夫?確かそこの引き出しにしまってあったと思うけど……」

槙くんの口調は普段通りだったけれど、色の白い顔には赤みがさしていた。以前、体調が悪いのに全然気付かず倒れる寸前までいったことを考えれば、自主申告できるようになったのは非常に進歩したと言える。ピピッと小さく鳴った体温計を服の中から取り出して、槙くんと一緒に小さな液晶画面に表示された数字を覗きこんだ。

「37.6度、結構あるね。喉が痛いとか咳が出るとか、お腹の調子悪いとかある?」
「いや……なんか身体が熱いなってだけ」
「そっか。とりあえず、食欲ありそうならお粥かうどん準備するよ。横になってて」

相変わらず自覚症状に乏しい様子だったけれど、ひとまず安静にしてもらうのが良いだろう。いつかのように、近くのスーパーで必要そうなものを買い込んで戻ってきた。ベッドに行っていて良かったのに、ソファで横になっていた槙くんは申し訳なさそうに上体を起こした。

「悪い……」
「気にしないで。季節の変わり目だもんね、うちでも風邪っぽい人いるよ」
「あんたにうつしたら悪いから、今日は帰って」

今の槙くんに必要なのは十分な休息。そのために必要な水分や食料は準備したし、私がいたら気をつかってちゃんと休めないだろう。だから今日はこれだけで、おとなしく引き下がるべきだ。そう自分に言い聞かせて頷こうとしたけれど、槙くんは小さく笑って頬を撫でてくれた。

「そんな顔されたら、帰したくなくなるだろ」
「……私、どんな顔してた?」
「傍にいたい、って顔?」

語尾に小さくついたクエスチョンマークに私も苦笑を返して、だってそんなの答え合わせをするまでもない。

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