山田家の長女

卵を三つ割り、砂糖をざっくり二杯入れて溶きほぐす。熱したフライパンに三分の一程度を入れるとじゅわっと小気味良い音を立てて熱気が立ち上った。半熟程度の内に菜箸でまとめて端に寄せ、残りの卵液を半分ずつ入れて、ここからは慎重にくるくると巻いていく。

「よし、今日もキレイにできた」
「おはようございます、お姉……あ、卵焼き」
「おはよう三郎」

制服に着替えた三郎が台所に入ってきた。まだ中学生なのにとっくに身長を追い越されているので、背後からひょいと手元を覗き込んでくる。

「甘いのですか?だし巻きですか?」
「どうでしょう。じゃあ一番に起きてきたから特別に味見ね」
「いいんですか?やったぁ!」

当たり前のように口を開けて待つ三郎に卵焼きの切れ端を食べさせてあげると、甘いのだ!と頬をほころばせて、図体はでかくてもそういうところはかわいい弟だ。

「お弁当持ってってね」
「はぁい、ありがとうございます」
「ふぁぁ、おはよー」
「おはよう二郎。二郎もお弁当できてるよ」
「ん〜ありがと、姉ちゃん」

まだ眠たそうに目を擦りつつ寝巻き姿で現れた二郎を、ほらほら早く支度しないと、と背中を叩いて洗面台へ追いたてる。学生の二人を見送る頃、一郎も起きてきた。

「行ってきます、一兄」
「おー気を付けてな」
「あれ、弁当入れたっけ?」
「もう、机に置きっぱなしだったよ。はい、いってらっしゃい」
「ゴメン……あ、兄ちゃんもおはよう!行ってきまーす!」

朝ごはん食べようか、と長身を見上げれば「おう、いつもありがと」といつまでも少年みたいな笑顔があった。

山田家の末娘

「ねぇ一兄…今日一緒に寝ちゃダメ?」

夏の風物詩、心霊番組を見終わって時計はそろそろ日付が変わる頃。居間から解散を促す一兄にそう聞くと、二郎と三郎がお化けよりも怖い顔で振り返った。

「てんめぇ抜け駆けする気かオイ」
「可愛い子ぶっても可愛くないんだよ、一兄に色目を使わないでくれる?」
「だって本気で怖いんだもん……!さっきのお化けが出てきた家のつくりうちとほとんど一緒だったじゃん!」
「おーら、夜遅いんだからあんま騒ぐなおまえら。しょうがねえ、今日だけだぞ」

ぽんと頭に手を置かれて、そんじゃ布団運ぶか、とすんなり私の部屋に向かおうとする一兄の前に二郎と三郎が回り込んできた。押し合い圧し合いしつつ、さっきから息がぴったりだ。

「いっ一兄、実は僕も一人で寝るのが怖くなってしまって……ご一緒してもいいですか?」
「お、俺も!だめかなぁ兄ちゃん」
「なんだおまえらまで。俺の部屋にそんなに布団並べられねぇだろ」
「私、一兄と同じ布団でいい」
「「だめに決まってんだろ!!」」
「あちぃしなぁ」
「むー……じゃあ二人のどっちかでもいいから一緒に寝てよ、お兄ちゃん」

とたんに動きを止めた二人は、満更でもなさそうな顔をする。

「ま、まあ別に……俺はいいけど」
「二郎の部屋は散らかってるから、僕の部屋の方がよっぽどいいだろ」
「あぁ!?今から片付けてやんよ!!」
「もうわかった、わかった!おまえらみんなここに布団持ってこい」

一兄の鶴の一声で、その晩は結局居間にぎゅうぎゅうに布団を敷き詰めてみんなで眠ることになった。一兄の隣が誰かでまた揉めたが、私を真ん中にして二郎と三郎でつくった川の字の上に一兄が横たわるという案で妥協した。大騒ぎしている間に怖かったのはどこかへいってしまって、よく眠ることができた。

中途覚醒独歩

眠れないっていうのは何よりもの絶望だ。真っ暗闇の中でふと目が覚めて、枕元の携帯で時間を確認すると四時だった。布団に入ってまだ三時間と少し。再び目を閉じて大人しくしていてもどんどん頭が冴えてくるばかりで眠れる気配はなく、このまま出社時間になればまた二十時間は起きていなくてはいけないなんて考えただけでしんどい。
休まなくては、と強迫観念を感じること自体、質の良い休息になるはずがないと思う。でも休まなくちゃ働けない。働きたくない。起きたあとのことなんて考えなくてよければ、きっとぐっすり眠れるのに。

「んん、どっぽぉ…?」
「ごめん、起こした?」

ぐしゃぐしゃと髪をかきむしっていると、隣の彼女が目を覚ましたらしかった。うるさくしてしまっていたか。天井をにらみ据えていたらすっかり暗さに目が慣れて、彼女の顔もはっきりと見えた。彼女は瞼を閉じたまま、手探りで俺の腕に触れると背中に手を回してきた。

「眠れなくなっちゃったの?」
「……うん」
「たいじょぶだよー…」

素肌が触れ合って、体温が混ざる。彼女のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。ぽん、ぽん、と手のひらで背中を優しくたたかれて、気持ちの波が穏やかになった。いくらもしないうちに彼女の方がまた微睡みに落ちていったが、その平和な寝顔を見ているうちに眠気が戻ってきて、ああ、と思ったときには意識を手放していた。

理鶯の彼女とマットリ二人

「おー何シケた面してんだよ」
「体調でも優れないんですか?」
「……悩みが、あって」

左馬刻と銃兎が聞いてくれたのに私が沈んだ声で返事すると、少し心配の色を濃くした目でそれぞれ見つめられた。

「どうしても、どうしても、理鶯とキスできなくて」

私の告白に二人は一気にどうでも良さそうな顔になった。 もうほとんど聞く気がないのはわかっているが一人言のように話を続ける。

「理鶯のこと大好きだししたいのは山々なんだけど、あのゲテモノ料理を思い出しちゃって……」
「そりゃ無理だよなァ。別れろや」
「こら、そう短絡的ではいけませんよ。まあでも、よぎってしまうのは仕方がないというか…」
「何の話だ?」

突如割って入ってきた低い声に、三人でわっとソファから飛び上がった。森から直行してきたらしく肩に葉っぱを乗せた理鶯が無表情で出入り口に立っていた。

「いや、ただの雑談だよ!ね!」
「ああ、こいつのちょっとした悩みを聞いてただけで」
「…悩み?何かあったのか。小官に話してくれ」

長身を屈めて真摯な瞳で覗き込んでくる理鶯に、ぐっと良心が痛む。こんなに素敵な彼といつまでも一歩踏み出せず深い仲に進めないなんて、やっぱり嫌だ。

「おや、こんなところにスカイラウンジのディナーの招待券がありますね。野郎同士で行っては勿体ないですから、二人で使ってください」
「おーたまにはまともなモン食って来いよ」
「銃兎、左馬刻……!」
「いいのか?」

渡してくれた封筒の中を覗くと諭吉さんが二人。健闘を祈る、と力強く頷いてくれた銃兎と左馬刻を残して、私は理鶯と部屋を出た。きっと素敵な夜になる。

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