こころまい
「先生は神様だ」
江戸川「またその話ですか」
「僕は先生に信仰心しか抱いていないよね」
江戸川「お認めにならないおつもりで?」
「違う」
江戸川「何も違わないでしょうに」
「江戸川さんは僕に意地悪して楽しいのか」
江戸川「はて、虐めているつもりは毛頭ないのですけれど」
「違う。僕は先生に恋してない。そんな好きじゃない。違うんだ。違う」
江戸川「……はあ」
「やめろよ、そんな目で見るな」
江戸川「(なんともまあ、難儀なお方だ)」
「違うんだ。違うんです先生、ごめんなさい。僕は」
江戸川「ココアをいれてまいります。落ち着きましょうね」


どんな気持ちを抱くのが正しいのかわからなくなる図。
江戸川さんは良くも悪くも傍観者。

病的
(12月25日に書いた物)

 僕は僕が愛した先生を愛したいはずなのに阻まれてしまっている、先生という概念に。僕は本当に現在手の内にいる芥川龍之介を愛しても許されるのだろうか? 転生した先生は確かに先生なのだろうけれど、生前の先生ではない。なら僕は今の先生を愛していると言えるの?
 僕が愛しているのは生前の先生だ。娘息子がいた芥川龍之介だ。文さんに熱烈な恋文を贈った芥川龍之介だ。木登りが得意だった芥川龍之介だ。目の前にいる先生もなるほどヘビースモーカーだし風呂嫌いだし自然派アンチだし、先生なのだ。でも、何かが、違う。ゲシュタルト崩壊する。
 君と出会って25日目だけど、君は昔の僕しか見てくれないんだね。って悲しい目で先生に言われて、ただただ「ごめんなさい」としか返せない自分が嫌いだ。

 生まれ変わった僕を見て、ってあなたは泣きそうに笑うから、どうしようもなく申し訳なくなってこうべを垂れるしかなかった。

 今の先生も好きだ。この気持ちに嘘はない。ただ、過去のあなたがあまりにも魅力的であるから、どうしてもその後ろ姿から目が離せないだけなんだ。いい加減隣に立てばいいのにね。
 過去のあなたには恋い焦がれていた。でも今のあなたは愛している。なんて言ったらキザだろうか。どこかの誰かの受け売り文句、だけど。

病的
 飛び込むとふかっとした感触に包まれる。次いで鼻孔をくすぐるのは埃と彼の人の匂いに他ならない。懐にしがみつきながら、猫のようにごろごろ喉を鳴らしつつ温もりを堪能する。素面ではこんな大胆な態度を取れない。僕は弱虫で意気地無しで卑怯な人間だから。
 先生は何も言わない。彼の顔を直視出来なかった。どんな表情でいるのかすら僕は知らないままでいる。呆れているのか怒っているのか、困っているのかそれ以外の感情を抱いているのか。お酒の入った頭ではまともに思考することすら不可能だった。まどろみに沈んでいく。
 ちゅっ、と微かなリップ音が遠くで響いた。否、正確にはすぐ近く。吐息のかかる距離で放たれたそれに、僕は僅かに目を見開かざるを得ない。ふ、と細められた先生の眼は嫌になるほど美しい。薄い唇は柔らかく弧を描いていた。再び巡りあう口唇に、これが夢であったならと思ってしまう。
 僕は意気地無しだから。卑怯な人間だから。先生が酔った僕に口付けを贈っていることに気づいていてなお、知らんぷりするのだ。先生も弱虫だから、これ以上のことはしてくれないのだ。
 お互い一歩を踏み出せないままでいる。ぼやけた輪郭を指先でなぞるみたいに無駄な行為だ。
(僕は先生が好きだけど)
 僕が踏み出さないその理由はあまりにも残酷で。
(僕が好きな先生はもうこの世にいなくて)
 あんまりにも都合がいいのではと勘繰ってしまうから。
(目の前にいる先生は先生であって先生じゃない)
 抱きしめ返してくれない先生は、何かを悟っているのかな。

病的
「あけましておめでとうございます先生」
芥川先生「ふふ、あけましておめでとうございます」
「こんな司書ですが今年もよろしくお願い致します」
芥川先生「こちらこそ今後ともよろしくお願い致します」
「……」
芥川先生「……えいっ(おててぎゅっ)」
「ピャッ!?……え、あの、え、先生、手、手が」
芥川先生「……僕もね」
「え」
芥川先生「我慢するのには限りがあるんだ」
「え」
芥川先生「そろそろ手を繋いだって、いいと思わないかい?だってほら、もう一ヶ月だよ」
「え」
芥川先生「顔が真っ赤だね」
「だ、れの……せい……ぁぁ……」


「っ……ぼく、あー……僕は……」
芥川先生「うん」
「人とこんなに接触するの、初めてなんですよ……」
芥川先生「うん」
「えっと、だから、…………」
芥川先生「うん(おててすりすり)」
「ああああそれやめなさい!(ばっ)」
芥川先生「ごめんね」
「絶対思ってないぃ!……その、ですから、だから……」
芥川先生「うん」
「……お手柔らかに……」
芥川先生「時間は有限だよ?」
「有限ですけども!お手柔らかに!」
芥川先生「……努力はしようかな」
「絶対思ってないぃ!」

日常
 あまりにも唐突すぎたので反応が遅れてしまった。なんで貴方が、と問いたくても、渾身の力で首を絞められて言葉すら発することが出来ない。カエルが潰れたような滑稽な呻き声だけが口の端から漏れている。
 ぎりぎり、と白手袋に覆われた両方の拳が僕の喉を力いっぱい絞めていた。きっと痕が残ってしまう。頭のてっぺんがカッと熱くなって、視界の隅っこが白色に染められていく。これは、まずい、しぬ、かも、しれない。
 意識がとぎれとぎれになったところで、男は手を緩めた。一斉に流れ込んでくる酸素に肺は耐えきれず、じりじりと焼ける痛みを訴える。僕はみっともなく咳き込んだ。ぱっと世界に色が灯る。死なずに済んだ。彼を人殺しにせずに済んだ。心の底から安堵したものだから、目尻に涙が浮かぶ。
「……江戸川、さん」
 未だに信じられなくて、乞うような態度で名を呼ぶと男はふっと目を細める。そこにいつもの彼は存在しなかった。
 心神喪失の状態とは、こうも人間を変えるのか。恐ろしい。あまりにも、あまりにも恐ろしい。人の心というものは。



病むと嬉嬉として司書の首を絞めに来るうちの江戸川さん。

病的



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