水平磁場極性が反転するまで
危ないから歩いて行きなさい、と言われたにもかかわらず、しかしいつもより五分早く家を出てはペダルを踏み込む。左右田くんは私より三十分は早く家を出ているんだろうな、と思うと苦笑が漏れ出る。以前、オレは朝に弱い、なんて言っていたのに、徒歩通学というだけで私より朝に強いことが立証されているのだ。まあ、女子には女子の諸々の準備があるのだけれど。普段は水溜まりであろう場所を通り過ぎれば、パキンと音が鳴った。
朝の五分は大きい。いつもは開いているシャッターがまだ開ききっていない。普段はあの先輩より私が後ろに着いて自転車を漕いでいるのに、今日は友達と待ち合わせているところらしい。昨日はすれ違った犬の散歩中のおばさんを、今日は私が追い抜いた。挨拶は届いただろうか。たった五分で日の高さは変わらないはずなのに、心なしか寒い。下半身の感覚は早々になくなった。
「……あっ!!」
隣に誰もいないのに、いきなり大きな声を上げた私を、周りの生徒たちはどういう目で見ているだろうか。きっと、「ヤベー奴」だろう。身体の大きさに対して大きすぎるランドセルを背負った小学生は、じっとこちらを見てから、薄いガラスのような氷を素手で持って、遊び始めた。周囲の視線から逃げるように、しかし堂々と自転車を漕いで、私が見つけた背中へと向かった。間もなく橋を渡り切ろうとしていた。いつも、この時間なのだろうか。
「そーうーだーくん!」
「……」
「そーうだくん!!」
「……ん?」
一度目は無視。というより、向かい風の影響だろうか。自転車ではより強く感じるそれに、必死で足を動かして、再度負けないくらい声を張り上げた。すると今度は一瞬立ち止まったかと思いきや、歩き出して、また無視をしたのかと思えば、恐る恐るこちらを振り返った。手を振ってアピールをすれば、左右田くんも手をゆっくりと上げた。寒さに背を丸めていた。それに堪らず口角が上がり、風になびかれ髪を乱れさせながら、彼と並ぶとブレーキをかけた。
「おはよ――わっ!」
「うおっ!」
ブレーキをかけると同時ににこにこと左右田くんに挨拶をする――しかけたのだけれど、凍結していた地面で上手くブレーキがかからず、大きくバランスを崩した。スローモーションになる視界で、頭では呑気にかっこ悪いな、なんて考えていると、私がその場にみっともなく横転することはなかった。ガチャン、ガシャン。大きな音を立てて、自転車が倒れた。
私は、無事だった。不思議にも寒さが和らいでいた。視界が黒い。暗い、ではなく、黒い。覚えのある匂いが漂う。何かが一定のテンポで刻まれており、何が起こったのかと一生懸命寝起きの頭を機能させる。すると、背中にも何かが添えられているような心地がして、ますます状況が掴めなくなって、ゆっくりと顔を上げると、違う「黒」があった。
「……ハァ……気をつけろよ、心臓止まるかと思ったわ」
左右田くんの顔が、すぐ目の前にあった。長い前髪が、私の顔にかかるかと思った。やっぱり、鮫の歯みたいだ。どうやら私が無事だったのは、またしても彼に支えられたためらしい。覚えのある香りは、オイルと金属の香りだった。襟元を咄嗟に掴んでいたらしい私はゆっくりとそれを離せば、私の背に回されていた手も自然と離れる。
「マジごめん。……マジごめん。もう非力左右田とか言えないわ」
「……地面凍ってる日にブレーキ踏むな。あとヘルメット」
「真面目くん。だって髪型崩れんじゃん」
「もう崩れてるだろ!」
「おお、正論」
「いや感心してる場合か!」
二度目だ。しかしこうして完全に体勢を崩したところを支えられるのは初めてだった。ハンドルにかかっていた学年カラーのラインが入ったヘルメットは、左右田くんの手にあった。どうやら、当然といえばそうであるが、自転車が倒れたときに転がってしまったらしい。自転車を起こすと、ペダルが故障していないか、籠が曲がっていないかを確認しては、二人揃って息を吐き出した。また、左右田くんのお家にお世話になるところだった。
倒れる瞬間の浮遊感やドキドキがまだ止まないでいて、隣の彼にお礼を言うと、仕方なしというふうに溜息をついた。
「おい、朝からなに見せつけてくれんだよ」
背後から声が聞こえたのは、再度歩き出したときだった。どうしているのかと問えば、天宮はずっと私の後ろにいた、と眉を八の字にして、笑いながら言った。
⊗⊗⊗
家族関係は良好ゆえに、家で学校の話をすることが多い。そんな我が家での話題の多くは左右田くんだった。お母さんが、野菜をたくさん貰ったから、と大根や白菜を入れたビニール袋を手渡しした。私がいつもお世話になってるから、という左右田家へのおつかいだった。
こんなに寒い中、かわいい女の子一人でおつかいに行かせるなんて! と思いつつも、左右田家にお世話になっているのは事実だし、とかわいいミニスカワンピを着て、これまたかわいいロングブーツを履いた。外に出ると、ひんやりとした空気だけれど、雲ひとつない青空も相まって、気持ち良かった。
雪は溶けかけていたけれど、だからこそ今日は徒歩だった。さくさくと泥団子みたいな横に除けられた雪を踏んづける。中学校と反対方向、そのままずっと真っ直ぐ。おもちゃ屋さんの角を曲がって、少し真っ直ぐ行ったところ。十七のアイスの自動販売機のラインナップから、二種類あったうちの一つのソーダが消えていた。
去年のあの日と違って、ガラス戸がぴっちりと閉まっていた。電気ストーブの、オレンジ色の熱線が際立って見えた。
「こんにちはー」
「あら名前ちゃん! どうしたの?」
「これ、うちのお母さんからです。お客でもないのに来てすみません。いつもお世話になってます」
今日はおばさんだけじゃなくて、おじさんもいた。左右田くんに似た鋭い目つきで、どこか強面。おばさんに野菜を渡しながら軽く会釈をすると、同じように会釈を返してくれた。
「まあこんなにたくさん。助かるわぁ」
「良かったです」
「名前ちゃん手真っ赤! もし時間が大丈夫なら上がっていく?」
「えっ、いいんですか?」
澄んだ空気の気持ちよさで忘れていたけれど、指摘通り間違いなく指先が赤くなっていて、袋を渡す手がかじかんでいた。おばさんの手に触れたとき、その肌がかなり温かく感じた。
特にこの後の予定はなく、家に帰って昼寝でもしようか、それとも勉強をしようかと思っていたので、おばさんのご厚意に甘えることにする。おじさんが、ストーブに当たるように言ってくれたので、やかんの蒸気が絶え間なく噴き出す、その下のストーブのもとに屈んでは、指先を擦り合わせた。ブーツのヒールのおかげで、つま先に分散されているものの、足裏の負担が少ない。以前私が入った扉の奥に消えていったおばさんをぼうっと眺めていると、やがて見覚えのあるデザインの、左胸に『左右田』と刺繍された体操着を着た彼が現れた。私の姿を捉えると、肩を震わせ身を引いた。
「こんにちは」
「お、おう……苗字か。びっくりした」
「ドッキリです。大成功?」
「はいはい、大成功」
冬なのに裸足の左右田くんは、どこか年頃の男の子らしい。手先が少し熱くなってきて、その場で立ち上がると、おばさんが何やら市販のクッキーを左右田くんに渡した。
「和一、名前ちゃんが野菜持ってきてくれたのよ。リビングか部屋に上がってもらって」
「んー」
「名前ちゃん、和一に案内してもらってね」
「すみません、度々お世話になります」
あたたかい家族だ。ぶっきらぼうな左右田くんの返事に、おばさんがすれ違いざまに頭を叩く。いって、と言った左右田くんが頭を押さえると、私に目で合図をした。おばさんとおじさんに会釈をして、扉の先で待っている左右田くんに続けば、以前お邪魔した作業部屋に到達することはなく、その道中の階段を上がり始めた。ぺた、ぺた、と裸足とフローリングが合わさって生まれる音。
「今日は作業部屋じゃないの?」
「寒いしオレの部屋。昨日丁度片付けたとこなんだよ」
「上がっていいの?」
「今は綺麗だからな」
「やった」
電気をつけても、少し薄暗い階段。懐かしい匂いと、他人の家の匂いと、それからやっぱりオイルや鉄の匂い。七分に捲った長ズボンからちらりと見えるふくらはぎは、少し筋肉がついているように見えた。
階段を上りきった廊下の、手前から二部屋目。私の家の二階とあまり変わらない造り。左右田くんが、焦げ茶色をした木でできたその扉の前に立つ。私の部屋と違って、ネームプレートなんかは掛かっていないけれど、近づけば木ではなくて鉄の匂いが強まった。
少し硬そうなドアノブに体重をかけた彼が、ギュッと音がする刹那、扉を奥に押し込む。ぶわっ、と生暖かい風が吹いた。閉まりきった遮光カーテンは、少し薄くなって光を通す。彼は慣れたようにカーペットを踏むけれど、私は扉を手で押さえたまま立ち尽くしていた。
「……これで片付いてんの?」
「いやだいぶ綺麗じゃね?」
「まあ……私の部屋より綺麗」
「あー、オメー片付け苦手そうだもんな」
「ひっどい!」
確かに、私の部屋や座敷に散乱した教科書やメイク道具、服。とにかく散らかっている私の部屋と違うといえば、そうだ。しかし左右田くんの部屋は、機械、機械、機械、工具セット、機械、機械。違うベクトルで散らかっているのだ。綺麗に見えないこともない、けれど、片付いているとは言いがたかった。
ローテーブルの上で、カシャカシャと音を立てながらチャキチャキと動く鉄塊。あぐらをかき、クッキーの箱を開け始めた左右田くんの向かい側に座って、じっとそれを見る。すると、その鉄の塊は私の方へ向かってきて、足のような部分を折りたたんだ。色々な匂いが混じっている四畳の部屋に、バターの甘い香りがふんわりと混じった。安らぎを与えそうななそれは、この場では異質なもののようにも思えた。
「へえ、ロボットも作れんだ」
「へへ、まあな」
「プログラミングも?」
「まあ一応」
プログラミングなんて授業はない。もちろん彼レベルの技術の授業だってない。独学なのだろう、機械系全能な彼にまた溜息が漏れた。彼が机の上の小型犬のようなロボットを退けると、クッキーを私にも配った。二枚×七袋のバニラクッキー。今しがた封を切ったクッキーの一つを、少し汚れた手から受け取った。
「前に天宮にもこのロボット見てもらったんだよな」
「呼んだんだ」
「おう。学校帰りに成り行きで……」
私も呼んでくれれば良いのに、という声は、代わりにクッキーを噛み砕く音にした。私と左右田くんが天宮の知らないところで会っているように、天宮も私の知らないところで左右田くんと会っている。しかし不思議なことに、左右田くんの知らないところで天宮と会うことはない。
「天宮」の名前ににやけるのが抑えきれない左右田くんを見て、やっぱり男の子には男の子の世界があるんだ、と感じる。サク、と口の中でほどけるクッキーを味わってから、そういえば、と人差し指を立てた。
「天宮がさ」
「ん?」
「『和一、明るくなったよな』って言ってた」
目の前の彼は、目を見開く。私は「以前の左右田和一」を知らないけれど、アイツが言うならそうなのだろう。それに、「以前の彼」を知らない私でも、初対面に比べてたどたどしさやよそよそしさが抜けているのはわかった。
左右田くんが小型犬のような車のようなロボットを撫でると、ガクンと転がった。それから、ちらりとこちらを見て、微笑みはロボットへと向けた。
「……オメーのおかげかもな」
目は合わないのに、確実に私に向けられた言葉。私が、左右田くんを。予想外に、寒かったはずなのに顔が熱くなる。そういうのは、私の役なのに。暖房のせいだろうか、と手で顔を扇ぎながら、誤魔化すようにその場を立った。左右田くんが、私のことを見ていなければ良いのに。面映ゆくて、仕方ない。すると、偶然だった。ランドセルが未だ横に掛けてある、不思議と小さく見える机。その偶然手を置いたところに、それがあった。
「これ……」
市販の、表紙がほんの少しボロボロになって剥がれたB罫のノート。一行にびっしりと、大きく書かれた少し乱雑な文字。その中心には、『苗字のバイク設計図』と書かれたそれがあった。半年前に花火を見ながら交わした約束。左右田くんが、学校でもこれを描いていることは知っていた。けれど、その文字を見た瞬間に、全身の産毛が逆立つような感覚に陥った。
「へへ、見られちまったか。……どうせならカッケェのがいいだろ?」
まだ設計途中だけどよ。そう零して私の隣に並んだ、私よりも少し背の高い左右田くん。嬉しさで、どうにかなってしまいそうだ。こんなの、産まれてから十四年間なかった。初めてが、いっぱいだ。左右田くんを明るくしたのが私なのだとすれば、私をこんなふうにしているのだって、左右田くんだった。嬉しくて、耳まで熱を持つ。何か言われたら、暖房が暑いと言えばいい。手の震えは、寒いと言えばいい。ゆるむ口角はほんの少し抑え気味に、左右田くんの方を顧みた。
「もっちろん! ……けどこれ、死人出るでしょ」
「大丈夫だって、死なないようになってっから」
「めっっちゃ不安になってきた」
男の子らしい筆跡で書かれた推定最高速度は七○○キロ。設計図は本来のバイクとは大きく離れた、それこそ体積が三倍にも四倍にもなっている様子。ドラゴンみたいな厳ついライト。本当に私のためのものなのかと疑いたくなるそれに、深い深い溜息が零れ出た。これも、嬉しさを隠すためのものだなんて。
左右田くんによる私のための熱の入ったバイクのプレゼンテーションを十分程度聞いてもわからなくて、「左右田くんが好きなようにしてよ」と笑えばギザギザの歯を見せて笑った。
それから、少しの沈黙。左右田くんがドライバーを回す。ガチャン、と部品が外れた。そろそろ邪魔だろうか、と思ったけれど、彼のスムーズな手つきが、私にもっと居てもいいと言った。
「ねぇ」
うるさい静寂をこうして声で破るのは、私の役目だ。彼の黒目がこちらを向いた。眼鏡の隙間から、裸眼の彼と目が合った。
「前に進路調査あったじゃん。……左右田くんはどこ行くの?」
受験生ゼロ学期。馬鹿みたいなその決まり文句に、一月に配られた早すぎる進路調査票。中学二年生なんて、まだまだ遊んでいたい頃だというのに、さらにこの中学の治安なのにな、と思いつつも、それは私を奮い立たせた。
学年トップレベルの左右田くんは、偏差値七十なんかの進学校に進むのだろうか。それとも、工業だろうか。もしかすると、商業の可能性もあるかもしれない。勉強と機械いじりが好きな彼がどちらを取るのか。私の中で結論を出す前に、彼は潔く唇を開いた。
「唐詩馬工業」
唐詩馬工業高校。このあたりに住む人なら、誰しも聞いたことがある高校だ。決して偏差値が高いわけではないけれど、特段低いわけではない。ローカル鉄道で二駅、それから乗り換えて何駅かを行ったところにある、工業の道を目指すならば王道といえる工業高校だった。
「やっぱりそっち系なんだ」
「ああ。学校でも機械いじれるって最高だろ? ……そういう苗字は?」
「私は……ちょっと上見ててさ」
あー、うー、と母音を零して先の言葉を濁す。金属同士の擦れる音が止まった。下を見ていても感じる視線。その沈黙に耐えかねたように、溜息をつき、満を持して口を開いた。沈黙に、少し震えた声が響いた。
「……先生には厳しいって思われてるかもしんないけど……行きたいんだよね。制服もかわいいし」
「いいと思うぜ」
「えっ」
必死に言い訳を並べ立てて、なんと言われるだろうか。そう考えていた私が、馬鹿みたいだった。
「オメーは結構努力家だしよ……確かに今は厳しいかもしれねぇけど、オメーだったら行けるだろ。勉強も向いてると思う」
左右田くんが、私を、人のことを否定するわけがない。そんなことはわかっていたのに、私は言い訳を並べていた。もしかすると、自分に対してだったのかもしれない。頬杖をつき、クッキーを食べながら何気ないことのようにそう言う彼が、靄を振り払った。そうだった。彼は、こういう人間だった。何もかもがおかしくて笑みが漏れた。
「そっか……そうだよね! めちゃくちゃカッケェ女子になるためにマジで頑張るわ」
「ん、応援してる。オレもできることは手伝うし」
「へへ、ありがと」
ぐっと握りこぶしをつくっては、腕をぐんと伸ばす。すると、彼も同じように手を握り込んで、私の拳に合わせるようにした。
「でもそこ行くのにピアスとかいいのかよ」
「そんなん元から開いてるもんは仕方なくない? ブリーチとかは無理だろうけど……。左右田くんもバチンとやっちゃいなよ」
「……オメーらしいな」
バチン、と耳元でピアスを開けるジェスチャーをすれば、彼は痛々しげに目を細めてから、やがて微笑みへと変わった。クッキーが、口の中でバターの香りを放つ。
「唐工、めっちゃ反対だよね」
「確かにな。ま、でも駅で会うだろ。……いや、時間がズレるから会わねぇか?」
「会えるかもしんないじゃん! そのときは避けないでよ?」
「オメーこそ」
高校生になった左右田くんのビジョンに、当然のように私がいる。私の中にも左右田くんがいる。ほどけそうな口角を両手で押さえると、誤魔化すみたいに頬を摘んで、縦横に伸ばした。黒髪の地味そうな彼は、失笑を漏らした。
そろそろどこかにもたれたい、と彼のベッドにもたれながら、まるで自分の家かのようにリラックスをした。受験生ゼロ学期とはいえ、楽しい話だってもちろん出てくるわけで。ねえねえ、と躍る声色で呼びかけた。
「そろそろ修学旅行の話も出てきたじゃん? 楽しみだね。京都だよ。前に行ったことあるけど、自由時間とかマジで楽しみだよね」
「ああ。……」
「ん?」
京都には前に行ったことがあるけれど、家族旅行と修学旅行は違うだろう。同級生と旅行に行けるだなんて、よくよく考えれば稀なことだ。修学旅行といえば、学生生活のトップスリーに入るのが鉄板なイベントだ。小学生の頃だって、近場かつ一泊二日だったとはいえ、すごく楽しかったから。
なのに、左右田くんはどこか思い切りが悪い返事をした。修学旅行が楽しみじゃないなんて、そんなことがあるのだろうか。ローテーブルに向かう彼の顔を覗き込めば、どうしてだか、彼は顔を真っ赤に染めていた。ついに熱でも出たのかと目を見開くと、スパナを握った危ないままに手を横にぶんぶんと振った。
「いや……そのさ」
口ごもった彼は、指先で頬を搔いた。この仕草は、知っている。ごくりと喉を鳴らしたのは私で、彼が次に紡ぐ言葉を待った。今度は、完全なる沈黙だった。
「三年も、天宮とオメーと同じクラスならいいと思ってよ」
言い切る前に、彼の耳が赤くなる。そして、私の心臓がどくりと跳ねた。左右田くんって、本当こういうところ。今度は頬がゆるむのを押さえず、口角が顔から突き抜けそうなくらいの表情で、左右田くんの肩をつついた。珍しく肩を震わせることなく、頬杖をついて、カーテンに遮られた窓の外を見ていた。
「うん、私もそう思う。そしたら三人一緒に動こうね」
「ま、叶えばだけどな」
天宮だって、同じ気持ちだろう。ロボットがカシャンと音を立てて、クッキーの包みが控えめにパリパリと鳴る。また後ろに体勢を崩せば、分厚い布の擦れる音がした。左右田くんの部屋の匂いがした。
お互いのことを考え合って、当然のように毎日顔を合わせる。私たちは、紛れもない親友だった。