Moon Fragrance

不安で冷たい青
02



 昼過ぎに社長から遅くなるとメールが来たから先に夕食をいただいた。21時過ぎごろ、お風呂から上がると社長が帰ってきていたので庭に出てみたことを話した。

「楽しめたか?」
「はい。久しぶりに本物の木を見て嬉しかったです」
「ああ、そう言えば生木だったな」
「忘れてたんですか?」
「庭など数年出てない」
「庭がもったいないです」
「ならキミが庭に出てくれ。それでもったいなくない」

 そんなことを言い出すから笑ってしまった。でもそうだよね、何年も住んでたら忙しいとわざわざ庭なんか出ないよねと納得する。体を動かすのにもちょうどいいからそうしようと考えていたら、社長が私の頭を撫でながら今度はなにを考えているんだ? と聞いてきた。

「明日もお庭に行こうかと」
「それがいい。だがあまり無理はするな」

 わかりましたと答えたら、社長がいきなりスーツを脱ぎ出す。驚いて、なんで脱いでるんですか!? って社長に背を向けて聞いたら、部屋に戻るのが面倒だと言いながら私が使わせてもらっているのとは違うクローゼットを探る。ああ、やっぱり入れてるかと言ってバスルームへと消えていった。

「信じ、られない……」

 本当にバスルームに行ったのか恐る恐る確認すると、椅子の背もたれに放り投げるように掛けられていたスーツを見つける。
 もーっシワになる! と言いながら、社長のワイシャツとジャケットを固定されている腕で少し苦戦しながらハンガーへと掛ける。シャツをかけるときに、社長自身の匂いと香水の香りがして顔が熱くなったのを頭を振って誤魔化した。
 スラックスまで脱いで掛けてあって、下着姿で私のすぐ後ろを通って行ったのかと気づく。

「もう! もう……!」

 本当に心臓に悪い。恥ずかしすぎてあまり見ないよう、それもボトムハンガーに留めてハンガーラックに掛けた。
 バスルームのドアを背に向けてベッドに腰掛ける。手で顔を覆って鼓動を落ち着けようとしていると、バスルームから出て来た社長が、ああ片付けてくれたのか悪いと言って出てきた。

「どうした?」

 なにも知らない社長が私の横に座って覗き込んできた。ふわりとシャンプーの匂いが流れて来て、せっかく落ち着いて来た鼓動がまた爆発しそうになった。
 顔を合わせられず、言葉も発せずに何でもないと首を振っていると、顔を覆っていた手を退けられる。

「はーー」

 今度は社長が顔を覆って大きなため息をついた。
 ため息つきたいのはこっち! なんで社長がため息ついてるの!

「なんて顔をしているんだ」
「なんてもなにもこういう顔です……ん……」

 なんて顔って言われても自分じゃわかんない。何か言ってやりたくて憎まれ口を叩くと、社長が私の後頭部に手を回して唇を重ねられる。距離が近くなって余計にシャンプーの香りが増した。堪えきれなくて体を離して睨んでみるが、社長の目が逃げるなと言ってる。

「その赤い顔、他の男には見せるなよ? 特にあの同期とやらにはな」
「だったらここで脱がないでください!」
「見られて減るものじゃないしな」
「私の寿命が減ります!!」

 なんの意にも介さないようで、じゃあ慣れろなんて言いながら社長が笑い出す。

「さあ寝よう」
「やっぱりここで、ですか……?」
「当たり前だ。3日間会えないんだからな」

 当たり前なんだ……。やっぱり社長の言葉と行動はストレートすぎて慣れない。もしかして今までの恋人にもこんな風に? と考えて胸がチクリと痛んだ。
 まあそうだよね。私を4歳年下と言った社長は今30のはずで……しかも会社でもあんなに女性人気があって、今まで恋人がいなかったなんてあり得ないよね。遊び人って噂もたってたから……。
 また考え出してぐるぐるして来た。

「リク?」
「ひゃっ! な、なにを……!」

 社長がふーっと耳に息を吹きかけて来た。抗議の目を向けると、何度も呼んだがぼーっとしているのが悪いと言われる。

「なにを考えていた?」
「なんでもないです!」

 今まで恋人はいたんですか? なんて疑問を口に出せなくて、思いっきり首を振って誤魔化す。そもそもくすぐったいのと恥ずかしいのとで、今は少しどうでもよくなってしまった。

「ね、寝るなら寝ましょう!」
「わかった」

 そう言ってベッドに入って灯りを落とした。今日も社長は腕枕をしてくれる。というか自由な方の腕は私の腰に回されて、もう抱き枕にされてる感じがする。
 今日は外を歩けたからかすんなりと眠ることができた。やっぱり体を動かすって大事だ。
 朝起きると社長はすでにいつものスーツに着替えていた。
 のそっと起き上がると社長がおはようと言った。

「おはようございます。あ、あれ? もう着替えたんですか?」
「なんだ、見たかったか?」
「〜っ! からかわないでください!」

 朝から心臓が爆発しそうで言葉にならない声が漏れる。
 とうの本人はどこ吹く風で、悪かったと笑っている。

「キミが起きたからもう行くことにする」
「待ってたんですか?」
「ああ、だが少ししたら起こそうと思っていた。なにも言わずに行くわけにはいかない」
「ありがとうございます」
「自分の家じゃなくて不安だろうが、許してくれ」
「みなさんよくしてくれるので大丈夫ですよ。気をつけていってらっしゃいです」
「いってくる」

 そう言って今日は私の額にキスした。びっくりして額に手を当てると、口が良かったか? と聞いてくる。もうどストレートに紡がれる言葉に反応するまいと我慢するが、行きたくなくなるからなと言われて我慢できなくて枕に撃沈した。
 勝てない……。
 社長は喉で笑いながら、じゃあと言って出て行った。
 3日間は確かに長く感じたけれど、毎日私を翻弄する人がいなくて平和といえば平和だった。ここに来てから毎日酷使された心臓も落ち着いていたし、毎日寝る前に電話をしてくれたから別段寂しいという訳でもなかった。しかも胸元から上は薄くなりはしたものの、まだ赤い痕がついてる……。鏡を見るたびに思い出せなんて言うから、本当にその通りになってしまって入浴と着替えの時はいつも顔が赤くなった。
 今日は3日目。夜には社長が帰ってきた。そしてもうすぐ2週間が経つ。早く機械いじりがしたくて仕方がなかった。
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