Moon Fragrance

聞こえる言葉
02



「あれ? リク!」

 メンテ中のヘリに近づくとミンスが気づいて声をかけてきた。

「もしかして社長が言ってた助っ人ってリクか?」
「たぶん?」

 私を見て整備士長らしき人が社長に申し訳なさそうにこれ以上は……と呟いた。女だと思って無理だと判断したんだろう。社長がいいから見せてやれと言うと渋々ながら頷いていた。

「音を聞かせてもらっていいですか?」
「そこの兄ちゃんも音がわかんなかったんだ、わかんねえと思うぜ」

 そう言いながらもエンジンをかけて翼の外された軸部分を回してくれる。
 目を瞑って音に集中すると、風の音に混じって分かりづらいが微かに変な音がした。

「ほれ、この音だ」

 そう言った言葉の後にやっぱりわかんねえだろ? と続く気がした。

「金属が擦れる音?」

 私がそう呟くとヘリ担当の整備士たちがザワザワと顔を見合わせる。

「リク、聞こえたのか?」
「少しだけど、どこかが擦れてる」
「バカ言っちゃいけねえ。そんなこと何度も確認したが当たってる場所なんてなかった」

 そう言うからには恐らく肉眼で見えるレベルじゃないんだろう。音を聞く限り、思いっきり擦れてるというわけでもないみたいだ。
 完全に舐められてる。妙にプライドに火がついて、エンジンを止めてもらってヘリの屋根に登った。
 腰に挿してある工具を取り出して問題の軸を取り外す。下に降りようと足場を向いたら、いっそう強い風が吹き付けて気づいた。ここからもミッドガルの地上が見える。

「しまった……」
「リク?」

 しかもちょうど風が凪いで私の小さな呟きがミンスに聞こえたらしい。
 降りられない……。

「なんだ? 嬢ちゃんそこが怖いのか」
「リク大丈夫か? 降りるの手伝おうか」

 整備士長が気づいたらしく半笑いで私を見ている。
 他の整備士達もこれだから女はという反応をしている。
 ミンスがそう言ってくれるが社長がいる手前、頷くわけにもいかず困っていると社長が足場を登ってきた。誰もが驚いているが、私を支えると軽々と下へ降ろしてくれた。これだから見る目がないと小さく呟いたのは、雨の日に車の中で聞いたセリフだ。

「ありがとうございます……」
「気にするな」

 一度、深呼吸して床に座ると自分で取り外した軸を置いて、もともと取り外されていた以前につけていたという軸を持ち上げた。
 軍手を外そうとすると綺麗な手が汚れるぞと揶揄が飛んでくる。女捨ててるとか俺の彼女がそんな汚れた手だったら嫌だとかなんとか、触ってわかるわけねえだろとかもう聞き慣れた言葉を小さい声でいろいろ言ってくれているが全部聞こえてるぞ。
 目を瞑って元の軸の状態を指先に記憶させようとするが、いかんせん周りの人間の言葉が耳について集中が途切れがちになる。
 社長がやめろと口に出そうとした瞬間、イライラが最高潮に達して口に出すつもりはなかったんだけど、無意識に言葉が出てきた。

「うるさい。黙ってろ!」

 やってしまった……。
 ヒソヒソ話す声があまりにも集中を欠いてくるので、社長にはあまり見せたくなかった、村にいた頃のガサツな部分が思わず出てくる。村の人間みんなこうだったから染みついちゃっててつい……。
 しかもかなりドスの効いた声が出たもんで、辺りが水を打ったように静まり返った。風の音が吹き抜けていく。社長だけ笑いを堪えているのがヘリの窓に映っていた。
 やっと集中して軸の接合部を触るとほんの僅かだが傷がついている気がする。気がするというのは、指の感覚が鈍っているからだ。
 ポケットから特殊な拡大鏡を出してメガネのようにかけて軸を見るが、これでも見えるほどの傷は付いていない。やっぱり感覚が頼りだ。
 整備士長が、その拡大鏡……と呟いた気がした。
 心なしか厚さも偏っている気がしたが、製造元では“許容範囲”なんだろう。
 次に自分が取り外した軸の接合部を触ると、厚さの偏りが元のやつとの比じゃなかった。一部分があまりにも分厚すぎる。原因はこれか。この分厚い部分が機体に擦れてあの金属音が鳴っていたようだ。
 もともとこういうのは何個もまとめて作るものだ。だから取り替えられるこの部分の金属の厚さが違うなんて疑わなかったんだろう。
 おとうがロケットの点検をしながら口癖のように言ってた言葉をここでまた思い出す。
 私は拡大鏡を上へずらして額に引っ掛けるとパチンと自分の両頬を叩いた。周りの皆がぎょっと驚いてたけど、気にしていられない。異音の原因が分かってしまったら、指先の感覚が鈍ってるとか風の吹き荒ぶこの場所が怖いとか言ってられない。女だからと舐められてるわけにもいかない。気合を入れろリク。

「人の命を乗せるものにたったの誤差なんて存在しねぇ。職人なら技術と指先に命を賭けろ」

 おとうの口癖をポツリと呟いてヘリの屋根へ続く足場を見つめた。大きく息を吸って吐くと恐怖が凪いだ。

「お、おい、嬢ちゃん今の……」

 整備士長さんが私が呟いた言葉に反応したみたいだけど、足場の階段を登り始めた私の耳にはもう届いていなかった。
 軸の接合部分の内側に指を突っ込む。目を瞑って全ての意識を集中させると、削れた跡があるのがわかった。
 差し込んでいた軸もズレがあったが、こっちはもっと分かりにくい。軸の微妙な膨らみとヘリ上部の接合部の膨らみ(もう削れてしまった)が擦れて音が鳴っていたらしい。
 取り外す前の軸もすでに削れてしまっていたから鳴らなかったけれど、新しいものは削れていないし元々のより分厚くなってたから擦れて鳴っていたというわけだ。
 拡大鏡で接合部を除くと特に小さな亀裂が入ってる様子もなく機体は問題なさそうだ。軸の方も手で削ってやれば問題ないだろう。
 私は足場から降りると研磨するためのグラインダーを貸してくれと頼んだ。ここからはもう自分の感覚との戦いだ。削りすぎてはいけない、関係ない部分を削ってもいけない。失敗が許されない境地。
 全神経を集中させて軸に触れる。分厚くなってる部分を再度確認して、一瞬だけグラインダーを当てた。
 削った部分が冷めたのを確認すると、もう一度触れた。今の感覚の鈍った私がギリギリ感じ取れる厚さに変わってる。だがあともう一削り……。まだ分厚い、気がする。
 気がするじゃダメなんだ。これに乗る人がいる。タークスの、と言うのなら社長が乗ることだってあるかもしれない。嫌な想像をして頭を振った。
 すーっと息を吸ってもう一度目を瞑る。ポケットに手を突っ込んでオイルライターを握った。集中すればわかる、何度もおとうに言われた言葉とかぶって、さっき整備場で言われたキミならできるという社長の言葉が聞こえた。
 全ての神経が研ぎ澄まされた気がする。分厚いと感じた部分を一撫でしたらやっぱり分厚い。もう一度、今度はさっきより短くグラインダーを触れさせた。
 これで異音はもう鳴らないはず。

「この軸、取り付けてみてください。もう音は消えてるはずです」

 整備士長さんがおい、と言って促す。取り付けてエンジンを掛けると、金属が擦れるような微かな音はもう鳴らなかった。

「本当に異音が消えた。嬢ちゃん触っただけでわかっちまったのか」
「もう感覚の世界ですけど、私の指は10μm単位で厚さや引っ掛かりがわかります。軸の方はここから見て右の厚さが200μmほど分厚かったんです。厚紙より分厚いのは頂けませんね。もともと使っていた軸は、まあ誤差といえば誤差なんでしょうけど、異音のしていた軸よりはマシでした。それでも50μmくらい……あと機体の方は、軸に削られて跡が残っていました。亀裂は確認できなかったので問題ありません」

 整備士長さんは唖然とし、他の整備士たちは口々に嘘だろ……と少し慌てている。

「軸を作っているのは神羅の子会社ですか? どういうふうに作ってるかはわかりませんが、製造を見直してもらったほうがいいと思います」
「こりゃあすげえ」
「そう、ですか?」

 おとうのほうが感覚が鋭かった。それとどうしても比べてしまい、自分にはもう凄いのかどうかわからない。

「ミンスが、彼が気づかなかった音をあなた方は喋っていても聞き取っていた。私には集中してやっと聞こえるほどの音だったのに。音が聞こえてなければ危険なのは乗っている人間です。プライドを持って、毎日ちゃんと音を聞いてメンテナンスしている証拠です。あなた方のほうが十分凄いですよ」
「さっきは舐めた口利いてすまねえ」

 整備士長さんが帽子をわざわざ脱いで腰を折った。お前らも頭下げろと他の整備士達に指示をする。あまりの勢いにびっくりして私は一歩後ずさる。

「あ、あの、ええと……顔あげてください。私、別にもう気にしてないので。それに感謝してるんです。この間まで怪我をしてて、指先が鈍ってたんですよ。切羽詰ったら感覚が戻りました。ありがとうございます」
「アンタの名前聞かせてくれないか?」

 なんだか最近よく名前を聞かれる気がする。こういう空気で名前を聞かれるのは少し気まずい。迷って何故か社長の方を盗み見た。社長の目が教えてやれと言ってる。

「……マックハイン、です……」
「マックハイン!? さっきの拡大鏡と命を賭けろ云々って、嬢ちゃんアンタやっぱり、フィルド・マックハインの……」

 こんな所でおとうを知っている人間に会うとは……。まあ、でもそうか。ロケット村に集まっているのはもともと神羅の技術員が多い。そうなると知ってる人間もいるか。

「フィルド・マックハインは父です」
「フィルドの野郎、今何してやがる。連絡くらい……」
「父は死にました」
「なっ! アイツ、くたばっちまいやがったのか……くそっ! 夢を捨てちまいやがって」

 そう言って整備士長さんは帽子を床に叩きつけた。
 夢という言葉を聞いて、胃の中に鉛の塊が落ちてきたような気がした。

「あ、あの……もう失礼してもいいですか? あまりここに長居したくないです。怖いですし……」

 作業が全て終わって、また恐怖が出てきてしまった。ミッドガル中を見渡せる綺麗な場所はここだけなんだろうけど、さすがにこの高さは怖い。しかも風が強いのでなおさら……。

「なあ嬢ちゃん、こっちの整備班に来ねえか?」

 軍手を嵌めて社長に戻りますと伝えて、整備用の裏エレベーターまで歩いて行こうとすると整備士長さんに呼び止められる。こっちの、とはヘリの担当にということか。でも私は首を振った。社長に会える回数は増えるだろうけど、こんな怖いところで毎日仕事なんて勘弁してほしい。それに……。

「ソラは、もういいです」

 会釈して立ち去ると、後ろの方で元気なく、そうか……という呟きが聞こえた。
 整備用のエレベーターに乗り込んでボタンを押すと、一緒に戻ればよかったのにミンスを置いてきたことに気づく。あとで謝らないと。
 昼食時になっていたので整備場の水道で念入りに手を洗う。機械油の黒ずみが落ちない自分の手を見つめながら、さっき誰かに上で言われた俺の彼女がそんな汚れた手だったら嫌だというセリフを思い出した。
 別にアンタの彼女じゃないしって思いつつも、社長の綺麗な手やさっきの秘書さんみたいな綺麗な格好を思い出して手洗い用のたわしで力任せにもっと念入りに手を洗った。
 パッと見てもわかるほどの赤い傷を手の甲につけて、私は社食へ向かった。
- 18 -
*前 次#


Moon Fragrance