Moon Fragrance

得体の知れない不安
02



「はぁ……」
「大丈夫、そうではなさそうですね」
「!?」

 誰にも気づかれないという自信があったのに、突然声をかけられて勢いよくそちらを見た。

「リーブ、統括……」
「驚かせてしまい申し訳ない。他の方は気付いていないようでしたが……」

 本当に申し訳なさそうな顔をしながら、窓ガラスの方を指差した。その先を追って見てみると、壁際に近い位置の窓ガラスに小さく私が映っていた。

「はぁ……あ! お疲れ様です」
「ええ、お疲れ様です」

 ため息をついたけど、挨拶していないことに気づいてガバッと立ち上がって頭を下げた。人の良さそうなリーブ統括はクスッと笑って返してくれた。

「会議中は口を挟めずにすみません。やりたくないならルーファウスに掛け合ってみましょうか」
「い、いえ! 気にしないでください。平気ですから」

前言撤回。人の良さそうじゃなくて、人が良すぎる。都市開発部門はこの間の七番街プレートの件で忙しいはずなのに、なぜ関係ない部門の私にまで気をかけてくれたのだろうか。
 
「シドさんなら大丈夫ですよ」
「え……?」

 リーブ統括はシド兄が今、どんな状況か知ってる……? なんで?
 首を傾げていると、これ以上は勘弁してくださいと言うように困り顔で人差し指を口元に当てた。よくわからないけれど、機密事項なのだろうか。

「ルーファウスを呼んできましょう」

 思い出したように優しく笑ってそう言った。

「えっ、あの!」
「呼ばなくてもここにいる」
「おや、あなたも窓に映る彼女に気付いていましたか」

 リーブ統括が私によかったですね、では、と言って立ち去ろうとして振り返った。

「ああ、マックハインさん。もし喋る猫を見かけたらよろしくお願いします」

 喋る、猫……ってなに? それに初対面なのに私とルーがどう言う関係か知っているみたいな言い方だった。不思議な人だと遠くなっていく背中を目をしばたたかせて見つめた。それを真っ白で遮られる。

「いつまで他の男を見ている」
「え? えぇっ!?」

 少しムッとしたルーの顔と声にびっくりして戸惑った変な声をあげた。

「来い」

 そのあとは無言で手を引かれてエレベーターに乗り込んだ。69階に着いて社長室がある階段の方へ歩いていく。秘書さんを思い出して躊躇った私を大丈夫だと言ってまた手を引いた。確かに大丈夫だと言われた通り、受付に秘書さんは座っていなかった。どうしたんだろう。お役御免とか……。

「あ、あの……」
「ここではなくオフィスで仕事をするように命じただけだ、リクが心配しているような処分はしていない」
「……よかった」
「今は自分の心配をしろ」
「……でも」

 ルーがジャケットのポケットからカードキーを取り出した。

「でもじゃない。あとここもオートロックに切り替えた。カードキーがなければあとは中からしか開けられない」

 オートロックシステムに取り出したカードキーをかざしたあと、秘書には渡していない、ほらと言ってそれを私に寄越した。

「なくすなよ」
「いいんですか?」
「とくべつ、だ」

 とくべつの響きが嬉しくて笑った私を見てルーは優しく頷いた。開いたドアをそのまま進んで階を一つ上がり、社長室に足を踏み入れる。すぐさま強く抱きしめられた。ルーは背が高いから彼の胸に押し付けられる。

「あの、しゃ……」
「今は社長じゃなくていい。つらい思いをさせたな」

 私の後頭部を支えている手が優しく頭を撫でた。

「大丈夫ですよ」
「またそうやって大丈夫だと口にする。気分が悪かったんじゃないのか?」
「さっきまではそうでしたけど、今はルーに抱きしめてもらってるので治りました。それに、覚悟はもう、決めました」
「ああ、会議室でのキミは非常にいい顔をしていた。だが今は疲れた顔をしている」
「あの個性の強い方々に囲まれたらそれは、もう……」

 ルーがそうだな、と言って笑ったのが抱き寄せられている胸を通して響いてきた。

「あの顔、とてもそそられた」
「っ、もう……会社でそんなこと言わないでください」
「ふっ、受けてくれた礼は何がいい」
「……それなら、教えてください。何が起きているんですか? 北の大空洞と言うところに何があるんですか?」

 頭をぐいっと上げてルーの顔を見ると、少し迷ったように私を見る。機密事項……、やっぱりダメだっただろうか。彼の胸に近い耳に、肺が大きく息を吸った音が聞こえた。

「……わかった。確かにリクには知る権利がある」

 ルーが体を離しておいでと言うと、腰に手を当ててエスコートするように机の方へと歩き出した。

「座るといい」
「え、でも……」

 机を回り込んで促されたのは社長椅子だ。ここに座るには些か勇気が……。

「なかなか座る機会などない。いいから座れ」
「は、はい」

 失礼しますと言って躊躇いながら座らせてもらった。ワンフロアのほぼ半分を使い切ったこの部屋はやっぱり広すぎる……。緊張しかしないから、たぶんというか絶対私に大企業の社長は向いていない。この大きな机よりも事務机と製図台の前が一番落ち着く。
 ルーが机に腰掛けるようにもたれて、そこに座った気分はどうだ? と横から覗き込んできた。

「すごく、緊張します」

 さっき入ってきた出入り口を見つめながらそう答えた。あと、なんというか……。

「さびしい……」
「ん?」
「あっ、いえ、部屋が広すぎるのと静かでなんだか、一人で仕事してると寂しくなりそうだなと思っただけです」
「言い得て妙だな。ここは、そういう場所だ」

 なんだか感傷に浸ったような声が聞こえてルーを見上げた。

「ここに座れば自分以外は敵だ。世界を統べる大企業、気をつけなければいつ寝首を掻かれるかわからん」

 ふっと笑って、リクなら広くなくても寂しいと言いそうだなと付け足した。どこか遠くを見ながら話すルーに、自分は、自分だけは味方でいよう、そう誓った……。
 別にこんな顔をさせたかったわけじゃない。私にはわからない。彼が何を思って、どれだけ大きいものを背負っているのか。この場所がどれだけのものを彼に課し、どれだけ彼を縛り付けているのかも。いきなり代替わりした責はとてつもなく重すぎるだろう。
 私はそれを和らげてあげることが出来ているのだろうか。なんとか空気を変えたかった。

「あ……」
「ん?」
「あと、この大きな机よりも事務机と製図台の前が一番落ち着きます……」

 いきなり何を言い出すのかとルーが目を丸くした。そしてリクらしいと言って小さく声を上げて笑ってくれた。私はルーに笑っていてほしい。これでいい。
 少し空気が変わって、ルーが私の頬を一撫ですると、さてと切り替えた。

「どこから話すべきか。……セフィロスを知っているか?」
「ソルジャー クラス1st、英雄セフィロス。でも数年前に任務の途中で殉職したと……」
「我々もそう思っていた」
「思っていた……?」
「曖昧で申し訳ないが、生きているらしい。目撃した者が複数いる。そして親父を殺したのも奴だと」

 最後の言葉を聞いてギョッとした。殺されたとは聞いていたけど、その原因は伏せられていた。ちょうどアバランチ侵入の時で、そいつらの仕業ではないかと噂されていたけれど……まさか、英雄と呼ばれたセフィロスが……。
 その驚愕の事実を何もなかったかのように流した。

「そのセフィロスが研究フロアから実験サンプルであるジェノバを持ち出し、北の大空洞へと向かった」
「ジェノバ?」
「約2000年前に地表から見つかった仮死状態の生物、空から来た災厄ジェノバ」
「空から来た災厄……星命学関連の本で見たような……」
「読んだのか?」
「いくつか読みはしました。でも、専門外すぎて理解できませんでした。古代種、セトラ。我ら星より生まれ、星と語り、星を開く。そして、約束の地へ帰る。至上の幸福、星が与えし定めの地」

 私は頭を抱えて、薄れかかっている記憶を呼び起こして反芻する。約束の地とか、定めの地とはなんなのかわからなかった。ジェノバと呼ばれた、空から来た災厄とやらも、たった今ルーの口から聞くまでまるでファンタジーやSFの出来事のようだと思っていた。

「その約束の地が、セフィロスが向かった北の大空洞だと踏んでいる」
「約束の地とはなんですか?」
「我々、神羅カンパニーは魔晄エネルギーが豊富に溢れている場所だと考えている」

 考えている、ということは真実はわからないのか。

「それが北の大空洞?」
「ああ」
「その魔晄エネルギーが溢れると言う場所で何を?」
「ネオミッドガル計画だ。神羅カンパニーはこれまで以上に大きくなる」

 そう話すルーの顔は野心に満ちた目をしていた。とても楽しそうに話す彼が、どこか遠くに見えた。
 なぜかうまく話を飲み込めない。彼の言っていることがわからないと言うわけじゃない。でもなぜか、不安が心をかき乱していくのだ。

「リクには隣で、その行く末を見ていてほしい」

 この時、柔らかな笑みを私に向けてそう言った彼に、微笑みかえしてはいと言うことしかできなかった。
 他に聞きたいことはないかと聞かれたが、今のところ特には思い至らなかった。また何か聞きたければ連絡をしてこいと言われて社長室を後にした。
 金曜日の夜は空けておいてくれとルーに取り付けられた約束は、ロケット村までの道中であるジュノンで果たされた。普通の部屋に一人だと思ったいたのだけれど、職権乱用とも言えるがジュノン支社が構えているホテルのエグゼクティブスイートにルーと一緒に泊まることになった。その隣の部屋には護衛のためにタークスのレノさんとルードさんが泊まるらしく紹介された。
 護衛がいても、どう言葉にしていいかわからない得体の知れない不安は、ずっと心に残ったままだった。
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