Moon Fragrance

だいじなもの
02



 朝起きて、身支度をして衣類の入ったリュックを背負う。何日出張になるか分からないから、必要なものを選ぶのが大変だった。それでもコンパクトに纏まってよかった。あとは昨日ルーに言われたとおり、おかあのリングをハンカチに包んでポケットの奥にしまい込む。戸締まりもちゃんと確認して会社へと向かった。
 午前中に終わらせるつもりだった書類仕事は結局行く時間になっても終わらなかった。いつも整備と同時進行で進めていくけれど、抱えていた担当兵器をなんとしてでも終わらせないといけなかったから後回しになっていた。自分でも思ったよりため込んでいたみたいだ。
 昼食は食べるのを諦めて、パソコンもリュックに詰める。あとは予定通りに70階のヘリポートへと向かった。いつの間にか書き換えてくれていたらしい私のカードキーは69階まで上がることができ、ついこの間もらったばかりの70階へと続くオートロックのドアのキーを使って社長室へと入った。

「ああ、来たか。ちょうどいい。彼らを紹介する。今回、護衛につくタークスのレノとルードだ」
「マックハインです。よろしくお願いします」
「知ってるぞ、と。タークスのレノだ、よろしくな、と」

 そう軽く言った独特な語尾のまるで燃えるような赤髪をした彼がレノさん。

「ルード……」

 寡黙そうにぶっきらぼうに言った、スキンヘッドにサングラスをかけた強面の体躯のいい彼はルードさん。なかなかに相対する二人だと思った。

「レノさん、ルードさん」
「さんはいらないぞ、と」
「ああ」
「……ええと、それは」

 初対面の人相手に敬称をとるのはなかなかに難しい。僅かに戸惑っていると、ルードさんがまあ無理にとは言わないと譲歩してくれた。
 
「ヘリの操縦も彼らがする」
「タークスってなんでもできるんですね」
「できることだけだぞ、と」
「は、はぁ。あの、ほかの統括方は?」
「ここから乗るのは私たちだけだ」

 そう言って微かに笑った。

「少し安心したか?」
「ちょっとだけ……」

 レノさんが、そろそろ行くぞ、と、と言ってヘリポートの方へ向かった。ルーと私もそれに続くが、ヘリポートに出る前に足を止めてしまう。今日も風は強そうだ。
 ほら、と言ってルーが手を差し出してくれる。レノさんとルードさんがいるから躊躇ったけれど、安心には代えられない。ありがたく手を握らせてもらう。
 相変わらずの強い風に吹かれながらヘリに乗ると、中から見ていたらしいレノさんが、イチャイチャするなよと茶化してきた。怖かっただけです! と言ったことを後悔した。ケラケラと笑い出すレノさんにムッとして席に着いた。
 プロペラと空を切る轟音に包まれて機体が飛び立つ。強い風に少し機体が揺れたが、初めて乗ったヘリにわくわくして窓から外を眺めた。
 扉、いや鉄の壁があるだけで、飛んでいるというのに怖さが少しマシになるのは不思議だ。いつも以上にミッドガルの遠い街並みを見ながら、大きな会社が遠ざかっていった。

「どうした?」
「なにが、ですか?」
「そわそわしている」

 あ、そんなに態度に出てたのかなぁ。外を眺めていたという気持ちと、早く書類を仕上げなければならないという気持ちがせめぎ合っている。

「実は、まだ書類仕事が終わってないんです」
「やればいい」
「でも、外も見ていたくて……」

 そう言うとルーがおかしそうに笑った。

「まだヘリに乗る機会はあるし、これからハイウィンドにも乗るんだ」

 そう言われて、そうだったと思い出した。結局、私はソラが……、と考えてやめた。
 断りを入れてパソコンを取り出す。画面にかじりつき、キーボードをタイプした。目の前から視線を感じはしたが、顔は上げなかった。最後の一枚を書き終えたときにジュノンのヘリポート上空付近へと着いた。そこで初めてルーが窓に肘をついてずっと私を見ていたことに気づく。

「あ、あの……」
「仕事をしているのを近くで見られるのはいいな」

 そう言われて画面を閉じたパソコンで顔を隠した。笑った気配がしたがまだプロペラの音が大きくて、それ以上は分からなかった。
 機体が静かにヘリポートへと着陸する。降りるときにエスコートと言うより、腰のあたりを掴まれて子供を高いところから下ろすように降ろしてもらった。
 そのままルーは支社へと向かい、私はレノさんに案内されて先にホテルに通された。小さな一人部屋かと思ったけれど、案内されたのはエグゼクティブスイートでルーもここに泊まるらしいと聞いた。それがいいのか悪いのか分からないけれど、落ち着かないことに変わりはなかった。
 出来上がった報告書をメールで課長に送り、少し手持ち無沙汰になりながらルーの帰りを待つ。ベッドの座り心地が意外とよくて、行儀が悪いが座って跳ねるように少しはしゃいでいるとルーが戻ってきて見られてしまった。
 ドアの前で笑いをこらえる彼を見て、俯いて両手で顔を覆った。

「忘れてください」
「無理だろう。可愛いことをしているのは誰だ?」

 ん? と言いながら私の少し離れたところに腰掛けた気配がする。そのまま私の膝を枕にするように横になった。

「る、ルー、な……」
「可愛い恋人が恥ずかしがって俯いているからな」

 顔を見るにはこうするしかないと言われ、膝枕をしているので足をばたつかせたい衝動を抑える。顔を覆ってじっとしているのをいいことに、ルーが私の体の方を向けて顔をお腹付近に近づけた。
 指の隙間からその整った顔を見ると目を瞑って、今にも眠りそうな彼がいた。疲れているのだろう。少し気持ちが落ち着いて、そのままそっとしておくことにした。
 柔らかく髪を撫でたらふっと笑っただけで何も言わなかった。しばらく優しく撫でていると静かな寝息が聞こえてくる。一時間はそうしていたか、目を覚ましたルーが慌てて体を起こした。

「すまない」
「いいですよ。疲れてたんですね」
「最近、少しだけな。心地よかった」
「ふふっ、それはよかったです」

 ちょうどいい時間だから食事にしようとルームサービスを頼んだ。外に食事に行くよりもここのホテルの方が美味しいらしい。食べ比べなどしていないからわからないけれど、彼が言うからにはそうなのだろう。

「リク、これを」

 そう言って手渡されたのは革紐だった。お母さんの指輪を持ってきたんだろう? と言われて合点がいった。

「寝るつもりはなかったんだが、うっかり昼寝をして渡すのが遅れてしまった」
「ありがとうございます」

 受け取ってポケットに入れたハンカチの中から2本のリングを取り出して、革紐に通した。それを首からかける。これならなくす心配もないだろう。
 一緒の部屋だからまさかとは思ったけれど、その後はもう考えたとおりだった。シャワーを浴びたら流されてそのまま2人でベッドに沈み込む。明日はちゃんと起こしてやると言われて、日付が変わるまで離してもらえず、気づいたら眠っていて朝だった。
 明日は巡航船に乗ってコスタ・デル・ソル、そして故郷であるロケット村へと行く日だ。不安が少しずつ大きくなっていく気がした。
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