Moon Fragrance

譲れなかった好き
01



「リク」
「んん……」
「そろそろ起きろ」

 重い瞼を開けるとルーが寝転がり、肘を突いて頭を支え私を見ていた。まだ寝ぼけているのか、私の部屋ともルーの家とも違うと考えて、ジュノンの支社ホテルなのだと思い出す。
 ぼーっと瞬きを繰り返していると二度寝するなよ? と言って私の頬を指でくすぐる。
 変わらず腰は重く気怠い。

「おはよう、ございます」
「ああ、おはよう」
「ルーは元気、ですね……」
「体力が違う」

 そう言ってルーがおかしそうに笑った。

「二度寝しないうちに支度しよう」
「はい」

 何も考えずにのそりと起き上がると、はらりと肩から掛け布団が滑り落ちる。それを見ていたルーが、いい眺めだなと言って頭が覚醒した。
 布団を掻き集める様に体に纏わせて、その中で下着を身につけていく。それを見ながら彼は器用だと言って笑っていた。
 あとは短パンと汚れてもいいTシャツを身につけて、ツナギを着る。顔を洗いに洗面所へ行って戻ってくると、ルーが頼んでおいてくれたのか朝食が来ていた。
 コーヒーを飲みながらトーストとスクランブルエッグ、少しのサラダを食べる。ルーのお家に居候させてもらっていた以来のゆっくりとした朝食だった。
 忘れ物はないかと確認して、船着き場へと向かった。
 巡航船に乗り込み、そこで初めてスカーレット統括、ハイデッカー、宝条統括に会った。やっぱりハイデッカーが私を睨んでくることに、もはや感動すら覚えて笑えてきた。
 彼らは操舵室へと。ここでもまだやることのない私はデッキでぼーっと海を眺めていた。海も久しぶりに見たのだ。潮の匂いと風に吹かれながら見ていると、遠くの方で魚が跳ねたり鳥の群れが通りすぎたりしていった。
 どれくらいの時間乗っていたのか、デッキの壁にもたれて三角座りで居眠りしていた。一応、仕事中のはずだったのに船の揺れが心地よかった。ふっと気づいて、んっと鼻から声を漏らして目を開けると、視界の端に真っ黒な足が映った。見上げると赤い髪が眩しかった。

「お! 起きたか」
「すみませっ……」
「ハイデッカーが睨んでたぞ、と。あんま社長に心配かけんな」
「は、はい……」
「ま、俺にはかんけーねーけどよ。もうすぐコスタに着くぞ、と」

 社長の命令かはわからないけれど、どうやら居眠りしている私の盾になってくれたいた様だった。
 太陽の光が刺すように眩しいコスタ・デル・ソルに着くと、すぐに来たヘリに乗り込む。ここでも2機に分けて乗り込んだ。護衛のために兵士もいるから1機じゃヘリが足りないらしい。
 エアコンは効いているはずだけど、コスタ付近は熱帯なのか飛び立つと暑さが際立った。空の上から眺めた海は光を反射してとてもキラキラと白く輝いていた。

「今度ちゃんと連れてきてやる」

 ずっと外を眺めている私を見てルーがそう言った。

「ほんとですか! ありがとうございます」

 嬉しくて思わず大きな声が出てしまった。その恥ずかしさを誤魔化すように、私はまた窓の外を眺めた。
 そして2時間ほどが経ち、私たちはロケット村付近の平原に降り立った。また腰を掴んで降ろしてくれそうになったけど、他の統括の目があるから手を取るだけにしてもらった。

「大丈夫か?」

 あまりにも体がガチガチなのが分かったのだろう、小さくルーがそう聞いた。私は無言でこくんと頷いた。
 それでも緊張して足が竦む。誰かが引っ越してきたりしていない限り、村の人間はみんな私を知っている。村を出た時とあまり身長も見た目も変わっていないから、絶対に気づかれるだろう。
 ルー、いや社長たちが揃って歩き出したから心の準備も出来ていないのについていくしかない。それでも止まりがちになる足に、少しずつ遅れが出てくる。

「いっ……!?」

 いきなりバシンと背中に衝撃が走った。何をするのかと非難の目を向けるとレノさんが口パクで頑張れよ、と言ってくれる。その横でルードさんもサングラスのブリッジに指を置き力強く頷いてくれた。
 昨日知り合ったばかりなのに、汲み取ってくれる2人に緊張が少し和らいだ。ぎこちない笑みを返して、前を見据えて遅れを取り戻す。
 社長が先行してシド兄の家へと向かうが、やはりパルマーさんに聞いた通りシド兄はいないようだった。シエラお姉ちゃんが受け答えしているが、後ろの方で小さくなっている私にはまだ気づいていないようだ。

「リク? リクじゃないか!」

 しまった。息を潜めて影を薄くしていたがやっぱり気づかれたか。顔を隠すようにチラッと声のした方を見ると、うちの鉄工所にいた専務のおっちゃんだった。

「え? リクちゃん?」

 小さくシエラお姉ちゃんの声も聞こえたが、専務のおっちゃんに耳を掴まれ、手入れはされているのかまだ原形を留めているうち元工場へと引っ張っていかれる。

「痛いってば! おっちゃん!」
「こっちへ来い! この馬鹿娘!!」

 統括陣も兵士の人たちも、なんだなんだとこちらを見ている。ルーのあんなに驚いた顔なんて初めて見たけど、ルードさんに目配せして私たちを観察させる。人混みの隙間から見えたシエラお姉ちゃんは今にも泣きそうだった。

「そこに座れ!」
「おっちゃん、さすがに社長たちが見てるから……」
「しのごの言わずに、さっさと座れ!」

 工場のシャッターを開けて、すぐ入った場所で正座させられる。数年ぶりに入った工場は染み付いた鉄と機械油のニオイに混じって、埃のニオイがする。
 職場とは違う懐かしいニオイに私は大きくため息をついた。

「心配かけさせやがって! 何も言わずに村を出て行ったと思ったら、いきなり戻って来て何してた!!」
「……」
「リク!」

 またひとつ小さくため息をついて、ふて腐れたように仕方なく話し出す。

「……ミッドガル付近をうろうろしてた」
「付近をうろうろしてたなら、なんで神羅の奴らについて来た」
「今は神羅カンパニーで整備士やってる……」
「あ? お前のおやっさんの会社をダメにしたのは……!」

 専務のおっちゃんの言いたいことはわかる。わかるけれど、そんな理由で技術を磨くことをやめたくない。

「傾いたロケット見ながら、こんな技術の死んだところでぼーっと死んでくよりいいでしょ!」

 もう売り言葉に買い言葉だ。両親だけじゃない、専務のおっちゃんだけじゃない、うちにいた社員みんなが、うちの鉄工所のことを大切に思ってたのは知ってるし、熱心に仕事に打ち込んでいたこともちゃんと知ってる。

「リクお前!」
「計画がなくなったとき、みんな抜け殻だったじゃん! 工場のラインだって止まった! おとうは全部捨てた、ここも、私も、技術も! あの時に、私の好きだったものはここにはもうなかった!」
「それは……」
「私が好きだったのは必死に仕事してる皆と、一日中鳴り止むことのなかった工場の音! 毎日毎日、二度と飛ばない傾いたロケットをバカみたいに整備してたシド兄の方がよっぽどいい生き方してる!」

 おっちゃんがぐっと言い詰まった。
 経営の話が絡んできたら、こんなことただのバカが言うことだって理解してる。だから鉄工所は潰れたし、好きなものを追えないと悟った私はここを出た。
 
「うちの社員だったおっちゃん達がどう思ってるかなんて知らない。でも私は何も恨んでない! 神羅もロケットもシド兄もシエラお姉ちゃんも。言いたいことはわかるけど、押しつけないで!」

 そこまで言い切って、酸欠で頭がクラクラした。興奮したのも相まって、肩で息をする。やっぱり大声は出すものじゃない。

「リクちゃん!」

 後ろから私を呼ぶ大きな声が聞こえて、勢いよく抱きつかれた。だんだんと痺れてきている足が痛い。

「おじさん、リクちゃんに言いたかったのそんなことじゃないでしょ! リクちゃんも落ち着いて……!」

 シエラお姉ちゃんがおっちゃんを見上げて抗議の声を上げる。シャッターが開いてるのを忘れてた。外まで丸聞こえだったのだろう。

「よかった……無事でいてくれて……」

 心配かけてたのは知ってる。きっとこうなることもわかってた。だから戻るつもりなんてなかったのに。技術を身につけたいのは本当だけど、食べるところも寝るところも一切考えていなかった。あの頃は、野垂れ死ぬ気で出てったんだ。ずっとここに帰らず、死んだって思われてる方がまだ心は楽だった。

「ごめんね。私のせいで……」

 ほら。そうやってシエラお姉ちゃんは自分を責める。
 神羅26号が飛ばなかったのは、シエラお姉ちゃんが発射時まで酸素ボンベの調整をしていたからだ。それを知ったシド兄がロケット発射直前にエンジンの緊急停止ボタンを押した。
 シエラお姉ちゃんは自分のせいで、シド兄の、皆の夢を壊したんだと責めるけれど、シド兄の安全のためにやったことだし、シド兄だってシエラお姉ちゃんのためにエンジンを止めたのだ。
 責められるわけがないし、責める気もない。だって私だってきっと……。

「シエラお姉ちゃん、私、なんとも思ってないよ。シエラお姉ちゃんがやったことは何も間違ってない。きっとおとうも、私も、同じことする」
「リクちゃん……」
「もう謝るのやめてよ。私、仕事で来たんだ。シエラお姉ちゃん、まだ社長たちとの話、終わってないんでしょ?」

 そう言いながら私は立ち上がって膝についた埃を払う。慣れない正座に足がしびれて力が入れづらい。

「シド兄が整備していたハイウィンド、貸して」

 そう言って専務のおっちゃんを見据えた。どちらかと言えば、言うべきなのはシエラお姉ちゃんの方なんだけど……。

「工場の音に負ける声しか出せなかったチビっちぇえのが、聞いたこともねえ大きな声出して、おやっさんと同じ目をしてやがる。シドにはなんとか言っといてやる」
「そうですね。ハイウィンド、どうぞ持って行ってください」
「いいの?」
「ええ。リクちゃんの頼みだもの」
「ありがとう」

 そこまで言って安心して私はしゃがみ込んだ。足が痺れて……。

「うぅー足が……」
「痺れたのか? ほんと締まらないチビだな」
「誰がチビだ、あんたのせいだろおっさん!」
「そんだけ威勢よく言えりゃ、上等よ」

 そう言いながら、専務のおっちゃんが豪快にハハハと笑った。いや、本当に締まらない……。
 外の方で意外と早く借りられたわね、と役に立つことは立つと統括2人の声が聞こえた。全部筒抜けだったことが恥ずかしい。

「ま、いなくなった時は肝が冷えたが、リクが無事でよかったよ。これでおやっさんの墓にも顔向けできる。お前も後で行っとけよ」

 そうして私のすぐ横を通り抜けて、おっちゃんは工場を出て行った。

「リクちゃん立てる?」
「うん。平気」

 それでもまだ少しピリピリしてるけど、シエラお姉ちゃんに支えてもらって立ち上がる。その場で軽く足踏みしてなんとか痺れは治まった。
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