Moon Fragrance

譲れなかった好き
02



「飛空艇の場所まで案内します」

 そう言われて、みんなでぞろぞろと村はずれまで歩いていく。その途中で見えたお墓の前で、手を合わせているおっちゃんを見つけた。
 近くたびに徐々に大きさがわかってきた飛空艇。久しぶりに見たハイウィンドに、大きく息を吸った。
 外から見てもわかる。シド兄がどれだけきっちりと整備していたのかが。長く使われていないのに錆や曇りはボディには見られない。きっと中も、機関も万全の状態だろう。
 この息苦しさは、わくわくしている。震える腕を自分で抱きしめた。これは武者震いだ。もう認めるしかない。
 10年も前に逃げるようにここを出た。誰にも何も告げず、ただ技術を身につけられる場所を探した。その場所がミッドガルの下、スラムだった。建設途中のプレートが落ちたり、誰かが捨てた電化製品だったりの瓦礫の山は、うずたかく積み上げられた宝に見えた。
 転々とスラムを移りながら、いろいろなものを修理してお金をもらってなんとか生きていた。
 5年ほど経ったある時、プレートの上にある大きな会社、神羅カンパニーではインフラや自動車、兵器なども作っていると知った。それだけではないが、技術で大きくなった会社に俄然興味がわいた。その技術を身につけたかった。
 そんなに学があるわけではなかったから、一年かかったが修理してもらったお金を貯め、勉強をし、身なりを整えて入社試験に臨んだ。
 宇宙開発部門に惹かれなかった訳じゃない。でも、薄れていた感情は思い出したくなかった。
 無事に入社し兵器開発部門のメンテナンス課に配属された。初めは兵器かと躊躇いはあったけれど、最新技術の塊だったそれらに兵器としてではなく、ただの機械として見るようになっていった。兵器開発部門なら関わらなくて済むと思ったのに、気がついたら二度と帰らないと決めた故郷にいる。
 ハイウィンドの整備を命じられたとき、太陽の光の差さないスラムでじっとしていればよかったのかと自分を呪った。神羅の技術が知りたいとプレートの上に出てきたのは、やっぱり無意識にソラを求めていたのか。うそぶいていただけだったのだ。
 再認識する。私は、この生まれ育った村でずっと見上げていた、夢見た宙(そら)が、大嫌いで大好きだ……。
 全員で一度、ハイウィンドの中を見て回る。私はシエラお姉ちゃんと2人で機関室などを見て回った。お姉ちゃんから聞く分には、やはり整備など不要そうなほどしっかりと手入れされていた。それでも点検は自分の目でちゃんとする。すべて把握しておかなければ、何かあってからでは遅い。
 一度、降りるらしい社長たちが機関室の前を通ったときに、こちらを向いた彼と目が合った。声には出さなかったけれど、ご苦労と動いた口に嬉しくなった。それを見ていたのかシエラお姉ちゃんが声をかけてきた。

「ねえ、リクちゃん」
「なあに?」
「ルーファウスさんってリクちゃんが小さい頃、よくお父さんに連れられて工場に来てたわよね」
「シエラお姉ちゃん、気づいてたの?」

 驚いた顔でお姉ちゃんの方を向いて聞き返すと、お姉ちゃんはクスクスと笑った。

「気づいたの、ここ2ヶ月くらいの話だよ」
「うそ? あんなに面影残してるのに」
「なんだかまた申し訳なくなってきたなぁ」

 またエンジンの方を向いて、ぼそりとつぶやいた。
 
「そう言うほど興味のなかった相手と、なにがあったの?」
「なにって?」
「だって、なにもなかったらあんな風に口だけでご苦労なんて言わないでしょ?」

 私は今まであったことをほぼ全てシエラお姉ちゃんに白状した。さすがに元許嫁だったって話には驚いていたけれど、整備以外に好きなものが出来たのねと少し不思議な祝われ方をした。リクちゃんとこんな話が出来る日が来るとは思わなかったと笑って、一通りのチェックを終えた。
 終わる頃には太陽は沈んでいた。お姉ちゃんに泊まったらどう? って聞かれたけれど、ずっとほったらかしにしていた家が気になったから断った。でも水道と電気は止まっているだろうから、お風呂だけ借りた。
 家はお姉ちゃんが手入れをしていてくれたらしくて、工場から入れる家の中は綺麗だった。住んでいた頃はなんとも思っていなかったけれど、家の中まで鉄と機械油のニオイがすることに気づいた。なんだか笑えてきて、ふふっと笑って階段を上る。
 自分の部屋も出てきた日のままだった。ベッドまで手入れしてくれて、埃がかぶらないようにビニールをかけてくれていた。そのまま窓を開けて屋根へと上る。屋根の上で三角座りをして空を見上げると、常に魔晄色に照らされたミッドガルとは違って星が綺麗に見えた。ミッドガルの少しじめつくような空気もなく、爽やかな風が心地いい。入浴後の少し火照った体にはちょうどいいけれど、ずっと短パンとTシャツで居たら風邪を引きそうなほど涼しかった。

「リク、危ないぞ」

 下からそう聞こえて見下ろすと、少しラフな格好をしたルーがこちらを見上げていた。

「もう慣れてます。今そっちに……」
「いい。あがってもいいか?」
「あ、どうぞ! シャッター開いてるので、一番奥のドア開けて階段を上ってください。暗いので気をつけて」

 わかったと言ってルーの姿が建物に消えた。外から部屋を覗き込んでいると部屋のドアが開いた。

「落ちないでくれよ?」
「この高さなら痛いで済みます」
「落ちたことがあるのか?」

 怪訝そうな顔をして私を覗き込むルーに、あははと笑って誤魔化した。実際には二度ほど落ちたことがある。夜空を見上げて居るときに、とつぜん曇り始めて雨が降ってきた日と、珍しく雪が降った日の夜だった。単純に足を滑らせたのだ。おとうとおかあにこっぴどく叱られたのは今でも思い出せる。
 ルーがふっと笑って危ないことをする、と言って隣に座ってもいいか? と聞いた。窓をまたいで外に出てくる。長い足を緩く曲げて、一緒に屋根に腰掛けた。
 ルーが着ていた上着を涼しくなってきたからと、私の肩にかけてくれた。ありがとうございますと言えば、優しく微笑んでくれる。

「屋根に登ったのは初めてだ」
「おとなしい子だったんですね」
「そんなことはないが……」

 少し言いよどむ彼をそっと見て、また夜空に視線を戻した。
 
「ここで星を見ていて、よく母に怒られてました」
「大事な娘がこんな危ないことしていたら、それは怒るだろう」

 私の横でルーがクツクツと笑う。

「だが、この星空を見ていたくなるのは納得できる。ミッドガルでは見られない。たまにはこういうのもいいな」
「気に入りました?」
「ああ。リクがいるから余計にな」

 空を見上げていたのに突然の口説き文句に顔を覆って俯き震える。それを見たルーが意地悪そうに笑い声を上げた。

「昼間は助かった。彼女が話の途中でキミを追ったことには驚いたが、断られずに早く話が済んだ」
「気にしないでください。むしろ、忘れてください。恥ずかしいです……」
「いい仕事をしたのに勿体ないな」
「全部、聞こえていたんですよね?」
「彼らも褒めていた」

 軽く相づちを打った彼に、私は静かにため息をついた。

「ここから見えるあの隅にあった椅子で、リクと何度か話したのを覚えている」

 そう懐かしむように言われて自分の部屋の屋根から見える工場の角を見た。今はもうないけれど、従業員の休憩用に置かれていたパイプ椅子。私もあそこで綺麗な男の子と話していたのを覚えている。と言っても、あまり話すのが上手くなかったから、ほとんど彼が喋っていたのだけれど。
 
「覚えていますよ。私、初めて会った日、本当はとても楽しかったんですよ。ルーの帰り際に言いたかったこと、また来てねって言いたかったんです」
「その時も恥ずかしかったか?」
「とっても。だってなんだかシエラお姉ちゃんともシド兄とも雰囲気が違ったので」

 あの頃の私には、ルーはキラキラと輝いて見えていた。自分とは違う、なにか内に秘めたような輝きだった。

「もしだ、もし、工場(ここ)があの頃のままなら、リクは工場を継いでいたのか?」
「……その、つもりでした。でも、そうなら私はルーの許嫁のままで……」
「そうなれば私が出資するだけだ。この工場を再開させたいとは?」
「思いません」
「随分きっぱりと言うな」
「私は技術を身につけ、それを突き詰めたいだけです。経営には向きませんし、昼間のうちの専務との言い合いで十分理解しました。今のままの方が、よっぽど好きなこと出来てます」

 夢だけじゃ、好きなことだけじゃ会社が成り立たないことは身をもって知っている。なら、上に立たなくても好きなことは出来る。
 ルーが小さくそうかと呟いた。リクがそれでいいならと言って静かに私の頭を撫でた。このままでいいのは、ルーと一緒に居たいからでもある。ここを再開させれば、そうも行かなくなるだろう。
 少し冷えたのだろうか、とうとつに鼻がむずむずとし出した。

「くしゅんっ」
「冷えたのか。宿舎に戻ろう」
「あっ、いえ、私今日はここに」
「だが……」

 ルーが顎に手を当てて少し考える。何を言うかと思えば。

「なら私もここに居よう」
「えっ! ダメですよ。こんなところでルーを寝かせるわけには!!」

 あまりに驚いて、少し滑りそうになったところをルーに助けられる。目が言わんこっちゃないと言っている。

「ありがとうござ……なっ!!」

 言い切る前にルーが私を横抱きにして窓を跨いで部屋に戻った。ベッドにかけてあった埃よけのビニールを器用に剥いで、私を横たえる。そのままルーも一緒に横になって、私を抱き枕にするように私の頭と腰に手を回した。

「せめて、布団出しますから」
「1人なら出す気はなかったんだろう? ならこれでいい。朝の片付けも面倒だろうしな」
「でも……」
「いいから寝ろ」

 そう言って、これ以上は黙れと言うように私をきつく抱きしめた。掛け布団や枕どころか、シーツすら敷いていないベッドのマットレスの上で一緒に眠りについた。足も絡ませて私を抱き枕にするルーの体温は心地よく暖かかった。
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