Moon Fragrance

思わぬ再会
02



 仕事なのにウキウキしている気持ちを抑えながら、航空士が見ているレーダーやエンジンの状態が映し出されているコンピュータをのぞき見た。数値的には問題はないようだ。
 社長たちを邪魔しないように静かにブリッジを出て、機関室へと向かう。機関室も特に異音などはなくこちらも大丈夫そうだった。これだけいい状態を保っているのは、やはりシド兄がちゃんと整備してきたからだ。
 各部位を点検して回りながら、全て問題ないと判断してブリッジへと戻る。社長と統括たちはどうやらオペレーションルームに行ったようでクルーしか残っていなかった。
 もう1時間半くらいは乗っているだろうか、横の窓から見えるのは海ばかりだ。景色も見つつ時計を確認しながら航路を確認していると、ブリッジの扉がプシューっと開いた。社長が私の横へと来て一緒に窓の外を眺めた。

「順調か?」
「はい、機関も航路も問題はありません」
「それならいい」

 クルーという人目があるからか、社長という野心的な表情を崩さない彼。事務的な会話をしていると、窓の向こう側の景色が少しずつ白みを帯びてきた。海面も心なしか荒くなってきている気がする。アイシクルエリアに入ったみたいだ。どす黒く見える海に、雪が積もっている陸地。その狭間に場違いなほどのピンクの物体が見えた。あれはどう見ても景色の一部じゃ無い。ポケットに持っていたおとうの特殊な拡大鏡を取り出してかけると、望遠モードに切り替える。ヘリの修理の時にも使ったが、遠近を光学で切り替えるおとうが作ったこの世に一つの拡大鏡だ。もう一度、そのピンクの物体を見てみると複葉機だ。

「マックハイン?」
「タイニー・ブロンコ……」

 ちょっと失礼します、と言って社長の横を通り抜けコンピュータの前へと行く。

「ごめん、ちょっと貸して」

 申し訳ないが、間を分け入るように航空士2人の間に入りキーをタイプする。2人は、は、はいと少し情けない声で横にずれた。外につけられたカメラを操作して、見つけた場所へと向けてモニターを確認する。

「やっぱりタイニー・ブロンコだ」
「クラウドたちはいるのか?」
「クラウド……?」

 誰のことだと思って社長を見ると、アバランチだと言われた。辺りを見回すようにカメラを操作してみるが人影は見つからない。

「周りには誰もいないようです」

 そうか、と言った社長の顔は眉間にしわが寄っていた。その時、ザッと音が鳴りモニターにノイズが走る。何事かと思いモニターを見ると、そのままブツリと映像が途切れた。
 うそ……。やってしまった……。

「なにが起こった」
「外部カメラがアイシクルエリアの外気温に耐えられなかったようです。申し訳ありません。私の不備です」

 高度もその高さの気温も考慮して元々あった物で問題ないと判断したのだけれど、カメラが古すぎたのか数値並みの強度が失われていたようだ。離着陸や運航には問題ないが、大失態である。
 社長の方へ向き直り頭を下げた。社長としての表情は崩さなかったけれど、特別怒っているようには見えなかった。それでも胸にずしりと落ちてきた重さは、私のショックの表れだった。ここの仕事に私を選んでくれた彼に完璧な姿は見せられなかった。

「カメラの故障で運航に支障が出ることはありません。ご安心ください」

 北の大空洞への用が終われば、そのままジュノンへ戻る予定だ。早急に付け替えなければ。
 これは仕事だ。極めて冷静に伝えると、社長はそれならいいと答えて押し黙った。
 ありがとうと航空士2人に声をかけてコンピュータの前を離れる。
 北上するごとに徐々に風が強くなって来た。緩やかに静かに飛んでいたハイウィンドも少し揺れが目立つようになっている。外は相当寒いだろう……。

「うおっと……」

 一際強い風が吹き付けて、機体が大きく揺れて近くにあった手すりに掴まった。
 飛空艇自体は問題ないだろうけれど、乗り物酔いするタイプじゃなくてよかった。近くにいたクルーが大丈夫ですか? と聞いてくれて、軽く大丈夫と答えた。
 もうすぐ北の大空洞へと着く時に、統括たちがブリッジへと戻ってきた。ルードさんに見張られて宝条統括もいる。いきなり会社からいなくなってしまったので、そのせいで見張り役がついているらしい。
 少しずつ大きな穴が見えてきた。

「ついに見つけたな」
「キャハハハ! ほんと、すっごいわね……」
「まさにプレジデントが探し求めた約束の地!!」
「だが、手に入れるのは私だ。悪いな、親父」

 大空洞を見ながらそれぞれに言いたいことを言う彼らに不安と薄寒さを感じたけれど、1番不気味だったのは私の近くにいた宝条統括だった。

「クックックッ……。あの場所は誰のものにもならん。……リユニオンの終着点。……みんな集まれ、か」

 リユニオンとは一体なんなのか。聞いたことのない単語に顔を顰めてしまう。

「セフィロス……会えるのかな?」

 セフィロス……。つい先日、社長室で聞いたばかりの名前に言い知れない不安が蘇った。しかも宝条統括が口にしたことによって、その不安は余計に増幅された。
 空洞の真上へと来て降りる準備を始める。ギリギリの所までしか寄せられず、完全に着陸とはいかなかったので昇降タラップを使う。飛んでいても、エレベーターのような台が上下するのでこれで降りられる。
 ハッチを開けると、氷つきそうな程の冷気が勢いよく流れ込んできた。社長室のヘリポートとは比べ物にならないほどの強い風が、轟々と音を立て吹き荒れている。せめて防寒のアウターでも羽織っておけばよかった。顔にあたる冷たい風が痛い。
 社長たちが降りるときに、彼にキミも来るか? と聞かれたが首を振った。外に出て何かできることがあるとは思えなかった。
 それでも外の様子は気になるもので、オペレーションルームとブリッジを繋ぐ廊下の小窓から下を覗き見る。ブリッジの大きな窓から見ればいいと思うかもしれないけれど、クルーがギリギリの人数のため、ハッチの開け閉めにここで待機しなければならなかった。蒼い氷が地面だけではなく、壁としても鎮座している。風はなさそうだが、色味からして下も相当寒いだろう。
 3、40分は経った頃かな。焦ったように戻ると言う合図が来て昇降タラップを下ろすと、社長達だけではなく見知らぬ人たちが大慌てで大勢乗り込んできた。何事かと思っていると、ハイデッカーが通信機でブリッジのパイロットに大急ぎでこの場を離れろと喚き出した。
 パイロットが指示通りハイウィンドを急上昇させて、その後ここから離れるために急加速させた。ドタドタとハイデッカーがブリッジへと走っていく。なんなのよ! と叫びながらスカーレット統括はオペレーションルームへと消えていき、宝条統括はとても可笑しそうに笑い声を上げ続けていた。
 急激にかかった重力加速度に抗えず、手すりを掴むが壁に大きく頭をぶつける。

「……っ」

 頭がくらっとして星が散った。痛みにしゃがみ込む私を心配したのか、社長が普段のように優しく大丈夫か? と心配して立たせてくれた。大丈夫ですと頷き返すが、小窓からチラッと見えた影に目を疑った。
 巨大な光の柱と共に、見たことないほど大きなモンスターが飛び出して来たのだ。光の柱は周りを呑み込むように広がってくる。
 あれに呑みこまれたらまずいと反射的に感じ取って、通信機をブリッジに繋いだ。

「もっと機関の回転あげて!!!」

 悲鳴にも似た声で叫んだ。

「で、ですが……」
「死ぬより修理の方がマシでしょ!」
「……機関の使用率90%を超えているんです。これ以上は……!」

 あちらもイレギュラーに慌てているのがわかる。まだ悩んでいるようだ。使用率を100%に近づければ、それだけ負担が大きくなるのはわかっている。でも今はそんな場合じゃない。

「ハイウィンドの機関はそんなにヤワじゃない!」
「ハイウィンドの機関はそんなにヤワじゃねえ!」
「ん?」
「あ?」
 
 私とまったく同じセリフを叫ぶ男の声。
 奥から聞こえてきた、子供の頃から聞いていた声に思考と動作が止まった。通信機からは、はいぃ……と情けない声が聞こえて来たが、もうどうでもよかった。
 あちらの声の主も何か変だと気づいた様子だ。
 社長が目の前にいたので、避けて覗くように恐る恐る声のした方を見る。社長が何をしているんだという顔でこちらを見ているけれど、私の意識はもうその向こう側だった。
 タイニー・ブロンコとアバランチと一緒にロケット村から出て行ったと聞いていたシド兄がそこにいた。バッチリと目が合う。
 ブリッジでアバランチがいるかも知れないと聞いた時はまさかと思ったけれど、こんな風にシド兄に再会するとは全く思っていなかった。
 私はとっさに社長の陰に隠れた。腰に下げてたバインダーで苦し紛れに顔を隠す。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、うそだ……」

 小さく呪文のようにそう繰り返す私を、社長が呆れ混じりの笑い顔で見ていた。 
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