守りたいもの
カツンカツンとハイウィンドの床を鳴らして足音が近づいてくる。このままブリッジに逃げ込んでしまおうか考えて、足を動かそうとするとバインダーを引ったくられた。
「リクじゃねえか。生きてたのかお前……」
「……誰かと間違えていませんか」
目の前に来た相手になおも顔を見せまいと反対側に背ける。それをグイッと腕を掴まれシド兄の方を向かされた。
「んなわけあるか! ガキの頃から見てるお前の顔見間違えるかよ!!」
「やめろ」
力強く掴まれた腕が痛くて顔を歪ませると、社長が私とシド兄の間に割って入る。シド兄の腕を掴み、私を引き寄せる社長の顔はシド兄を睨みつけていた。それを見てシド兄が眉をひそめた。
「あ? リク、お前まさかルーファウスの女か!?」
「言い方!!! シド兄、ほんっとデリカシーないんだから!! シエラお姉ちゃんよく一緒にいるよ……」
「なっ! シエラは、それはあいつのせいで……」
「まだ言うのそれ? あとシド兄、船内禁煙だから」
私の低い声にシド兄がうぐっと言葉を飲み込んだ。バツが悪そうに頭をガシガシかいて、タバコを靴の裏で揉み消すと思い出したように声を張り上げる。
「っんなこたぁどうでもいいんだよ! お前今まで何してた!」
「どうだっていいでしょ!」
「んだと!? シエラも専務のオヤジも、村の連中もお前のこと心配してたんだぞ!」
一向に終わりそうにない言い合いに、社長が頭を抱えてため息をついた。
「お2人さんそのへんに……」
「「外野は黙ってろ!」」
「はいな……」
声の主が誰かわからなかったけど、シド兄と声を揃えて告げる。
まだやいやいと言い合い続ける私たちを皆が半笑いで見ていた。
「シド兄だって村出てってなにしてたの!」
「あ? お前には関係――」
北の大空洞を少し離れて光の柱の広がりが収まった時、ハイウィンドがいきなり減速を始めてよろけた。これは操縦で意図的に減速をかけたものじゃない。
「え……」
「ああ?」
「オーバーヒート……」
「みてえだな。できんだろ? 手伝え」
「言われなくても」
シド兄がブリッジに速力を落とせと通信を入れた。そのまま聞き入れられて、機関の音が大人しくなる。
すみません行ってきますと社長に伝えて、シド兄と2人で機関室へと向かった。その後ろを社長が静かについてきた。
ここで初めて気絶している女性がいることに気づく。右腕が銃になっている大きな男の人に抱えられていた。少しぎょっとしたけど、階段を上ったすぐの部屋に仮眠室があることを伝えた。見かけによらず、普通にありがとよと返ってきて驚く。
機関室に入ると熱気がもわっと溢れ出してくる。それだけでじっとりと汗ばんだ。ツナギの上半分を脱いで袖を腰に結ぶ。空調を切り替えて熱を外に排出させる。
逃げるまではよかったけれど、限界を持続させすぎたようだ。熱にやられそうなところを手分けして点検していく。
「リク、そっちはどうだ?」
「焼けてるところはない」
「こっちもだ。てか、なんでルーファウスまでついてきてんだよ」
シド兄がジロリとドアに寄りかかっているルーを見た。
「キミが彼女に手をあげたら困るからな」
「んなこたぁしねえよ。ったくよ。リク、これに乗ってるってことは村には寄ったんだろ?」
「うん」
「村の連中には会ったのか?」
手を休めずに点検を進める。少し熱が収まってきて、今度は軍手を嵌めて自分の手で確認していった。
「会ったよ。シエラお姉ちゃんは泣きそうだったし、専務のおっちゃんとは言い合いした」
「さっきも思ったが声の小さかったお前が言い合い?」
「もともとあの村で育ったし、スラムにだって何年もいた。ガサツにならないわけがないよ」
「それがなんで神羅にいる。神羅の技術員になりたかったのか?」
当たり前だがみんな同じことを聞く。それだけ心配させてた証拠だ。
「違うよ。神羅カンパニーに入ったのはここ4年くらいの話。ただ最新技術を身につけたかっただけ」
「けっ、そこだけは昔のまんまかよ」
「当たり前じゃん。そのために村を出たんだから」
「お前それ、社長である自分の男の前でよく言えるな」
「もう気づいてるよ」
私の仕事を何度か見てる。いや、子供の頃から知られてる。機械バカでそのために入社してきたって気付かないほうがおかしい。
シド兄がじとっとルーを見やった。彼は口をニヤリとさせて鼻で笑っただけだった。
「それで? なんでまたルーファウスの女になった。ヒラヒラのぺーぺーだろ」
「だーかーらー、言い方! もう絶対シド兄には話さない!!」
「まあオレ様にはどーでもいいけどよぉ。ルーファウス」
「なんだ」
噛み付くようなシド兄の声にルーが静かに返事をする。まるでなにを言われるかわかっているようだ。
「こいつ泣かしたらぶん殴るからな」
「肝に命じておこう」
「なに言ってるの!」
社長がそんなことするわけないでしょとバインダーでバシバシ叩く。それを受けながらシド兄が安心したように笑っていた。
「逆にシエラお姉ちゃん泣かしたら私がシド兄ぶん殴ってやる……!」
「舌ったらずだったチビ助が言うようになりやがって。終わりだ終わり! 速力を通常に戻せって言ってこい」
わかったよと言って機関室の扉付近の通信機器からブリッジにそう伝える。シド兄は空調を元に戻して、調子が戻ったハイウィンドに満足したようだった。
ブリッジに戻るねと伝えると、シド兄がひどく真剣な声で待てと言った。どうしたの? と聞くと、その場で座り込んで胡座をかいて両膝に手を乗せた。頭を下げるようなそれは謝罪の姿だ。
「リク。オレ様んこと思いっきりぶん殴れ」
「はあ!?」
いきなり何を言い出すんだ。私はもちろんだがルーも怪訝な顔をしている。
「あんなことになったのも、お前が村を出て行ったのも、全部オレ様のせいだ。生きて会えたんだ、お前にぶん殴られなけりゃ気が済まねえ」
「やだよ。痛いもん。それに、私にはシド兄を殴る理由なんてない」
シド兄は、な! っと言葉にならない声を上げて私を見上げた。
「みーんな自分責めてるけど、誰も悪くないじゃん。皆やらなきゃいけないことやっただけだよ。結果がどうであっても、私はもう後悔してない。だから、殴ってやんない」
しゃがんでシド兄と視線を合わせると、にっと笑った。私が笑っていられる理由が、隣にいてくれるから。それだけでいい。
「どうしてもって言うなら、シエラお姉ちゃんに殴ってもらったら? 絶対しないだろうけど。じゃあね、艇長」
あははと笑って立ち上がる。社長に行きましょうと言ってブリッジへと向かった。
「おやっさんに似た目だ。いい女になりやがって。あの2人が見たらなんて言うんだろうなぁ」
聞こえはしなかったけれど、後ろでシド兄が何かを呟いた声がした。
あと数十分でジュノンへ着く。なんだか慌ただしかった数日が終わって、それ以上に怒涛の日々が流れていくことになった。- 36 -*前 次#
Moon Fragrance