守りたいもの
北の大空洞の帰り、問題なのは光の柱や巨大なモンスターだけではなかった。空に大きな火球が、隕石が現れたのだ。社長達はあれをメテオと呼んだ。古代種の知識が封印していた最強の黒魔法、メテオ。それが少しずつ近づいてきている。社長達が対策を考えているところで、何もすることのない私はハイウィンドの整備を続けていた。
壊れたカメラは付け替えたし、あんなものが迫ってきているのだからこの先ハイウィンドを使うかなんてわからないけれど、それでも万全と言えるようにチェックした。
そして聞いてしまったのだ。夕暮れ時、もうそろそろ戻ろうと考えたところで。
ハイウィンドの中で見かけた、右腕が銃の男の人と気絶していた女の人が目を覚まし次第、処刑されるのだと。
「バレットさんとティファさんが処刑されることが決まりました。どないかして助けにいかなあきません」
ハイウィンドの影の方で聞き慣れない口調が聞こえて気になってしまった。よく聞くと、ハイウィンドの中で私とシド兄を仲裁しようとした声だ。
姿を見ると、そう言えばいたなと思った。デブモーグリに乗った、冠と赤いマントを身につけた猫……。え!?
「意見をあげたのはガハハとキャハハやけど、それを決めたのはるーふぁ……」
「猫が喋ってる!?」
「!?」
私も驚きで声を上げたが、その猫は私がいたことに驚いて下のデブモーグリごと転んだ。北の大空洞で一緒に乗ってきた人もいたが、お構いなしにその猫を拾い上げてしげしげと見る。
正面を向けたり、背中の方を見たり下から覗き込んだり。
「ロボットじゃ、ない……?」
私がその猫を逆さまにしたところで、猫が悲鳴を上げた。
「お嬢さん、そろそろやめてください! ボクはロボットとちゃいます!」
「あ、ごめん……」
向き合わせるように地面に立たせると、その猫はパンパンと体を払った。
そして恭しくお辞儀をする。
「ボク、ケット・シー言います。以後よろしゅう。マックハインさん、いやリクさん」
そう自己紹介のあと私の名前を呼んで、手すら自由に動くらしい人差し指を口元に当てて内緒のポーズをとった。
喋る猫に最近見たこのポーズ……、この猫には名乗ってない私のファミリーネーム……もしかして……。
――もし喋る猫を見かけたらよろしくお願いします。
1人の統括の言葉を思い出した。
「リクさん、気づきはったみたいやね」
「申し訳ありません!」
帽子を脱いでガバッと腰を折る。気づかなかったとは言え、なんてことを……。
「かまへんかまへん。ボクはボクやし。で、聞いたんです? さっきの話」
さっきの話とは、処刑と言っていたことだろうか。私は恐る恐る、頷いた。
「あんましリクさんには聞かせたくなかったんやけどなぁ。こんな時間まで、まだ整備しとるとは思ってませんでしたわ」
さっき少しだけ聞こえた社長の名前が引っ掛かった。
「あの、本当ですか? 社長が2人の処刑を決めたって……」
かなり絶望的な顔をしていたらしい、目の前のケット・シーや、他の人達まで私を見て哀れみの目を向けていた。シド兄はまだ整備中なのか、ここにはいない。それでよかった。今の私を見たら宣言通りきっとルーをぶん殴りに行くだろう。
頭が真っ白で自分が何を考えているのかわからない。どういう感情なのかわからない涙が一筋、頬をつたった。
ケット・シーがあわあわと口元に手を当てている。
「リクさん、泣かんといて! ボクらが助けだします! 大丈夫ですから、なんも心配せんといてください」
そう言われたもののショックが隠しきれない。悟られないようにして欲しいと言われたけれど、あまり自信がない。もう何を話していたのかも覚えてないし、気づいたらホテルに戻ってツナギと帽子だけ脱いで、ベッドでぼんやりと天井を眺めていた。
議題に上げたのはスカーレット統括とハイデッカーだけど、処刑を決定したのはルー……。世界を恐怖に陥れた者として処刑する。本当の原因は違うところにあるはずなのに、1度混乱した世界中の人達を落ち着かせるためには最適ではあるのだろう。それで問題解決になるわけではないのは彼もわかっているはずだ。
あの隕石を、世界中に飛び去った巨大モンスター達をどうにかできるのは誰? アバランチの彼らは、星を救うためにセフィロスを追って旅をしていたのだと言う。そして彼らだけで北の大空洞にたどり着いた。彼らなら止められるのだろうか。
神羅の技術を甘く見ているわけじゃない。だけど、これだけの様々な要因を一気に打破出来るのかはわからない。今、私がやりたいことはなに? 私は……。
電気もつけなかった部屋は夕日が沈んで真っ暗だ。外の港や兵器、要塞を照らす灯りだけが差し込んできている。そんな部屋にルーが戻ってきて、ぼーっと天井を眺めるだけの私を見て驚いた。
何かあったのかと私を覗き込むルーの顔はとても心配そうだ。
「いろいろあったので少し疲れたみたいです」
「あまり無理はするな」
はい、と静かに返事をしてルーの顔へと両手を伸ばす。そのまま綺麗な顔を包み込んでそっと引き寄せた。何をしようとしているのか分かったようで、ルーは静かに目を閉じた。私も目を閉じてそのまま優しく口付ける。香ってくる彼自身の香りに胸のざわつきが凪いでいく。落ち着きを取り戻していく。どちらともなく体を重ねた。溶けていくような微睡の中で、私は決意した。
きっと陣頭をとるのはスカーレット統括だ。ああいったことが好きな人だ。直接的に手を下すのはこの人でなくとも……。私は、私のやりたいことは、彼を、ルーを人殺しにしたくないということだけだ。
私の様子がおかしいと感じ取っているのか、心配そうに熱い瞳が揺れる。
「なにを考えている?」
「……っ、外の、メテオが、気になっているだけです」
「怖いか?」
「少し。本当はずっと一緒にいたいですけれど、出来ないので今だけ……!」
「わかった。夜だけは溺れろ」
ルーの熱の籠もった声が私を満たしていく。信じてもらえてよかった。これが最後になるかもしれない。覚えておこう、身体に刻み込んでおこうと求められるままについて行った。
社長室で遠くを見ながら話していたルーに、自分だけは味方でいようと誓ったのに。私はあなたの手を離してしまう。きっとここにも会社にもいられない、もしかしたら……。悲しいけれど、これでいいんだ。
2人で疲れてそのまま眠りについた。朝起きた時には、立て込んでいるから先に出ると書き置きだけでルーはいなかった。
シャワー浴びて気分をスッキリさせる。ツナギ着て、帽子をかぶって。ハイウィンドのところへ行けば、彼らはいるだろうか。
頭の中でハイウィンドの仕様書を確認しつつ、座り込みながらぼーっとした時間が流れる。内心、息が詰まりそうなほど緊張している。すると後ろから、相変わらずデブモーグリに乗ったケット・シーが来た。
「リクさん大丈夫ですか? なんや思いつめた顔してはるけど」
「あの、ケット・シー、さん……」
中身が上司であることを知ってしまったので、なんて呼べばいいのかわからない。敬称をつけた私を笑いながら、さんはいりませんわと言った。
「で、どないしたんです? 話せることならいくらでも聞きます」
「……私、手伝えませんか?」
「自分が何言ってるんか分かっとるんですか!?」
ケット・シーが驚いてデブモーグリごと飛び上がりながら大きな声を上げた。
「わかってます。あの人に対する裏切りだってことは。でもそれ以上にこのまま見過ごすことはできません」
「リクさん」
ケット・シーは本物の猫のように手で顔をゴシゴシと擦った。
「間接的にでも彼が人殺しになることは堪えられません。それで何かが解決するとも思えませんし。私がやめてほしいと話しても、社長という立場として、聞き入れてはくれないでしょう。それに……」
私は空に浮かぶ大きな隕石を見上げる。
「皆さんならあのメテオを、世界中に飛び去った巨大モンスター達をどうにか出来るんじゃないかと思いました」
「なぜそう思わはったんです?」
「わかりません。でも皆さんは星を救うという大きすぎる漠然とした目標で、北の大空洞にいるセフィロスにたどり着きました」
アバランチと名乗る彼らは星を救うという目標以外に、何を思いながら旅をして来たのだろう。星を救うには少ないんじゃないかと思う人数で、ずっと旅を続けていた。
何が彼らの始まりだったのかは知らない。どういう経緯であまりにも共通点のなさそうな、あのメンバーが集まったかなんて想像できない。仕事を増やされたときは、彼らに対して悪態すらつきそうになった。
「皆さんがどんな風に旅をしてきたかなんてわかりかせん。本当になんとなくなんです。なんとなく、皆さんならどうにか出来るんじゃないかと思いました」
「リクさん」
「神羅の技術を信じていない訳じゃありません。たった数年ですけど、素晴らしい最新技術を見てきました。私はエンジニアです。本来は数値ばかり気にしてます。それでもたまには感覚に頼ることだってあります」
そう言って自分の手のひらを見る。
「いま、その感覚に頼るべきなんだと思いました。というか、勘か……」
「わかりました。そない言うてくれるんやったら、そのあとボクらと一緒に来ませんか? シドさんが、リクさんが整備士としてこのハイウィンドに乗ってくれるなら心強いって言うてましたわ」
私はケット・シーを見る。彼の顔からは何も読み取れないけれど、言ってることは本当なんだろう。嬉しい申し出だけれど、私は首を横に振った。ケット・シーの細い目がうっすらと開かれる。
「なんでですか! ここにいたらリクさんはもしかしたら……!」
あ、いやでも、リクさんには甘いか……ともごもご言いながら、また猫のように顔をゴシゴシと擦った。
「いいんです。覚悟はできてます。最後に逃げてしまったら意味がないので。どんな結末になっても私は後悔しません」
「あまり納得はしたないんやけど、リクさんがそう言うなら……ボクはもう何も言えませんわ」
しょんぼりとしたあと、ケット・シーはよろしゅう頼みますと言って、デブモーグリごと頭を下げた。
最後に、ホンマに大切なんやね、ルーファウスが羨ましいわと言われた言葉に、くすぐったい気持ちでふふっと笑い返した。
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Moon Fragrance