大切な人へ
ぐっすりと眠ってすっきりと目が覚める。早い時間に寝てよかった。さあ、今日から気を張らないと。
私が向かうのは本社じゃない。ジュノンでもなく、八番街にある神羅カンパニーの下請けだった鉄工所。ただここも、時代の波について行けず廃れてしまった場所だった。機械だけがまだ新しく見えるのが、ここ数年まで稼働していた証拠だ。
工場内の灯りをつけて、使えるかどうかを確認しながら1台ずつ電源を入れていく。すべての機械が唸りを上げてスタンバイ状態になった。問題なく使えそうだ。あとは、皆が来てくれるのを待つのみ。
「おい、リク!」
「みんな……!」
後ろから声を掛けられて振り返ると専務のおっちゃんだけではなく、ずっと悩んでいた他の元従業員の皆もいた。来てくれた。よかった……。これで、支柱はなんとかなる。
「ありがとうございます!」
「水くさいこと言うんじゃねえよ。頑固なおやっさんが、頑固な娘に代わっただけだ」
他の皆も口々にあとは任せろと言ってくれた。まずは予定地の幅と砲身を支える高さを確認する。そこからは早かった。班で分けて、昼夜交代で製鉄と鉄工を行っていく。兵器や武器のスクラップを溶かしていくのに、材料には困らなかった。
みんなに少しは寝ろと言われたけれど、そういうわけにはいかなかった。こちら側のスケジュールの確認、行程の確認、時間が空けば手伝い。そして、解体班との連携と進捗の確認。魔晄関係の方はこちらから連絡を取らなくてもリーブ統括が随一、報告を上げてくれるのでとてもありがたかった。
どれだけ頑張っても3日に1.5脚。リーブ統括から送られてきた全体像の設計図を見ると、ギリギリの日数だった。
最近、意識がふっと飛ぶ。ここの工場にある事務所で設計図や書類を見ながら、気づいたら机に突っ伏して寝ている。それをみんなが知っているから、ラインから追い出されるようになった。この状態なら事故を起こすかもしれない、なんて当たり前のことだった。迷惑を掛けることになるので、甘えさせてもらって事務所のソファーで仮眠を取ることにした。
ソファーの肘掛けを枕代わりに。横になっているのになぜか足を組んで寝ていた。たぶん眠りが浅いせいだろう。腕を目の上に置いて、うつらうつらしていると事務所のドアの方でクスッと笑う声が聞こえた。近づいてくる足音とソファーの背もたれがギシリと軋んだ音に意識が浮上して目を開ける。目の前に背もたれの方から私を覗き込むルーの整った顔が映って驚いた。青い瞳が細まって私を見下ろしている。
「すまない。起こしたな」
「いえ、最近寝ていないのが癖になってしまったのかどうも眠りが浅くて……」
「無理をさせているな」
「気にしないでください、と言いたいところなんですけど、今回ばかりはキツすぎます」
「ああ。これが終われば、なんでも我儘を聞いてやる」
「約束、ですよ」
わかった、と私の頭を撫でながら応えてくれた声は、心地のいい低さと甘さだった。
ルーがこちら側へと回ってきて、座らせてくれと言ったから体を起こす。そのままルーが腰掛けて、上体を起こした私を抱き寄せて膝に寝かせた。驚いて目をパチパチさせる私をニヤリと見て、大きな華奢な手で私の目を塞いだ。そしてまた、優しくもう片方の手で私の頭を撫でてくれる。
「寝ちゃいますよ?」
「かまわん。キミの従業員たちが、リクに寝てほしいと言っていたからな」
「私、みんなに迷惑掛けてます」
「よく褒めていたが?」
「わたしは、まだ……がんばらないと……」
呼吸がゆっくりになってきて、少しずつ意識が沈んでいく。遠くでまずは寝ろと聞こえた声に安心感を覚えた。首元から伝わってくる温もりに、眠りが深くなる。最初はあんなに緊張していたのに、いつの間にかルーは私にとっての安らぎになっていたみたいだ。
久しぶりに夢を見た。事務所の外から聞こえてくる金属音と、ルーの優しい手が思い出させたのかもしれない。熱を出したときの温かくて優しいおかあの手。その時だけは工場には行かず、ずっと側で看病してくれていた。いつもは自分の部屋で1人なのに、寂しくないようにとおかあのベッドで寝かせてくれた。
『リク、好きなことをするのはいいけれど、ちゃんと自分と相談しなさい。あなたは、みんなの先も視ないと行けないのだから』
あの時も今のように、何日か無理をしていた記憶がある。家のこと、技術を学ぶのが楽しくて寝る間を惜しんでいたはずだ。今回は熱を出していないにしろ、私は子供の頃から変わらないんだろう。そしてたぶん、これから先もこんなふうにたまに無理をして、たまにでいいから大切な人が側にいてくれたら、幸せに生きていけるに違いない。そのために私は、頑張らないと。
『早く、元気になって』
起きなければ。ずっと寝ているわけにはいかない。私も、手伝わないと……。これが終わったら、どんな我儘を言おうか。
(うみ、行きたいなぁ)
深呼吸するように大きく息を吸うと、自然と目が開いた。今までずっとぼーっとしていた感じが、スッキリとしている。綺麗な瞳と目が合う。
「よく眠れたようだな」
「ありがとうございます。あの……、どれくらい寝ていましたか?」
「4時間ほどだ」
「ご、ごめんなさい!」
結構な時間、寝てしまったと驚いて勢いよく起き上がる。それを見てルーが微かに笑っていた。
「すみません。疲れましたよね?」
「大丈夫だ。これくらいじゃ疲れない」
「で、ですけど……」
「このために来たからな」
その言葉を聞いて頭に疑問符が浮かぶ。このためにっていうことは、私が寝ていないのを知って……?
「進捗具合を見に来たんじゃ……?」
「それもあるが、リクが寝ていないから事故が起きる前になんとかしてくれと連絡が社に入った」
「ごめんなさい……。私、やっぱりみんなに迷惑を掛けてましたね」
ルーが私の頭を引き寄せてこめかみに口づける。
「違う。キミがこうするだろうと予測はできたのに、無理をさせたのは私だ。そしてリクにも、他の従業員や社員たちにも迷惑を掛けているのは我々だ。リクが気にすることじゃない」
有無を言わせないようにいいな? と言った言葉は、これ以上私に罪悪感を抱かせないようにするためのものだった。ありがとうございますと言うと、礼を言われるようなことはこれまで何1つしていないと苦笑いした。
「ルーも、無理しないでくださいね」
「ああ、そうだな」
彼の言葉がいまいち信用できずに見つめてしまう。大丈夫だと言って私の髪をガシガシと撫でた。
私は立ち上がってもう一度お礼を言う。
「仕事、してきますね」
「待て」
「はい……?」
「リク。話がある。すべて終わったら、聞いてくれるか?」
社長としてではない仕事とは違うあまりにも真剣な目で、そう、あの雨の日と同じ目で私を見ていた。透き通った青い瞳はずっと変わらない、宝石のようだ。私はしっかりと頷き返す。それに満足したのか、彼も微笑んでくれた。
私は事務所を出て、従業員たちのところへと戻る。
「みんなごめん! ありがとう!」
「おう。お前が倒れちゃ意味ねえからな。あと一息だ。やっちまおう」
「わかった」
製造ラインへ向かう前に彼の方を振り返ると、わかりにくいけれど微かに頷いてくれた。頑張らないと。
専務のおっちゃんが言ったとおり、本当にもう一息だった。支柱は一脚できあがるごとに八番街の方へと運んでいて、最後の一脚ができあがったのは次の日の昼だった。それも八番街の方へと運び込み、空輸してきたシスター・レイの砲身や使える土台と魔晄の吸い上げ機構を同時に組み上げていった。言ってくれていたとおり、そちらの統率はリーブ統括が行ってくれていた。驚くほどに完璧でなんだか申し訳なくなった。
それからまた数日。本当に突貫工事でできあがったシスター・レイ。考えていたとおり本来のシスター・レイよりも砲身が長くなり、私には強度が心許なく見えた。魔晄炉から伸びる8本の管。吸い上げられた魔晄エネルギーはシスター・レイ内に収束され、圧縮される。うまくいくかはわからなかった。
8機の魔晄炉からすべての魔晄エネルギーを吸い上げるため、一度撃てば1週間近くは使用不可になる。だから試射はできない。これがちゃんと動くかどうかは、もう祈るしかないのだ。暴発しないことも含めて。- 53 -*前 次#
Moon Fragrance