大切な人へ
なんとか作り上げたその日の夜、私は社長室に呼び出された。以前にもらったカードキーで70階の部屋へと向かう。未だに緊張する社長室に恐る恐る足を踏み入れると、社長椅子に腰掛けた彼が私を見て目を細めた。
仕事のように話しかけようとすると、普段の彼が優しくおいでと言った。それに誘われて机の前まで歩いていく。
「そこじゃなくて、隣に」
首をかしげる私にルーがフッと笑った。私は言われたとおりに座る彼の隣まで行くと、腕を引かれて彼の足を跨ぐように向かい合う。
「ルー……ここ、社長室です」
「ああ」
「……どうしたんですか?」
ルーの様子がなんだかおかしい。私の顔をじっと見て、少し儚げな顔をしている。私の頬に手を添えた。
「ルー?」
「……明日は、出社しなくていい」
「え?」
突然言われた言葉に私は耳を疑った。
「あれを使うのは明日だ。何があるかわからないんだろう? 正午までには、ビルから離れた場所にいろ」
「でも――」
「いいな?」
反論しようとする私の頭を引き寄せて口を塞ぐ。離れようとするも力強いルーの腕が私の腰を抱き込んだ。
「んっ、ふ……」
まるでベッドの上で求めるようなキスに自然と声が漏れる。味わうようなそれは、長いあいだ離してくれなかった。頭がくらくらして、既に私はルーの膝の上に座り込んでしまっている。荒い息をしながら私はぼーっとルーの顔を見た。
「守れるな?」
「どうして、ですか……」
「念のためだ。それにリクがここにいたら、無理をしそうだからな」
ゆっくりと首を横に振る私を抱き寄せて耳元で言う。
「言うことを聞いてくれ。誰かに連れて行かせないとならなくなる」
静かで、子供に言い聞かせるような声だった。
「リク。愛している」
なぜそんなことをいつにも増して大真面目に言うのか。甘い声じゃない、優しい顔じゃない。青い瞳が真っ直ぐに、真剣に私を見据えている。前にも感じた言いようのない不安が私の心を捉えた。
「最後みたいに言わないでください。全部終わったら話があるんですよね?」
ルーは頷くと、なにもなければそれでいいのだと言って、また軽く唇に触れた。本当に何かあったときの覚悟だなんて、私は気づかない。言いくるめられたわけじゃないけれど、本当に連れ出されるわけにはいかないと、了承するしかなかった。
後ろ髪を引かれる思いで社長室を後にする。作戦決行は明日。段取り的には指揮は社長であるルーが、伝達はハイデッカー統括、指示はスカーレット統括だった。スイッチを押すのは神羅兵の隊長さんだった。私は……。
私は、避難しなかった。元従業員のみんなは、本社ビルと八番街からは離れるようにと伝えてあって、すでに避難している。私はこっそりと69階に忍び込んだ。シスター・レイの操作パネルは外にある。操作パネルへと続く通路の近くに、使われていない部屋にあって、そこに入った。その部屋にも窓があってシスター・レイを見ることができた。私は自分の目でちゃんと成果を確認したかった。それに本当にもしなにかあるなら、やっぱりここから離れられない。
もうすぐなのか部屋の外が慌ただしい。窓からじっと外を眺める。準備が整ったようで、淡い緑の光が各魔晄炉から吸い上げられて、シスター・レイの方へと集まっていく。いよいよだ。
すべての光がシスター・レイに吸い込まれ、眠らない街、ミッドガルの灯りが全て消えた。ビルは非常電源でエグゼクティブフロアのみ灯りがついていた。そして、エネルギー圧縮の時間を経て、魔晄エネルギーのビームがシスター・レイより放たれた。その反動によってビルの窓ガラスが割れ、外装も幾つか剥がれ落ち、かつシスター・レイの短い支柱も外れて落下した。ここまでは予想通りだった。
あとは北の大空洞まで届けば……。それだけが願いだったのに。また部屋の外が騒がしくなった。射線上にウェポンがいたと聞こえた。それすら貫いたらしいけれど、問題はウェポンが死ぬ間際に放った高密度エネルギーがこちらへと向かってきていることだった。
とっさに窓から離れた場所の机の下に隠れたけれど、爆風で周りのものも吹き飛ばされて私の隠れていた机も軽々と飛んでいった。守るものがなくなった私の上から棚が倒れてくる。
「いっ……」
棚は重く、その下敷きになった私は勢いよく頭を床にぶつけた。辺りから爆発音が次々と聞こえてくる。死を覚悟した。
ルーは大丈夫だろうか。この部屋ですらこの惨状。きっと社長室は……。ぐらぐらズキズキする頭で、なんとかポケットからペンとくしゃくしゃの紙を取り出して書き殴る。どうか彼に届いてほしい。約束を守れなかった、愚かな私の言葉が。
――ルーへ
――あいしています。ごめんなさい。
――リク
徐々に吐き気がしてきた。目眩を伴い、呼吸が荒くなる。少しずつ目の前を闇が支配していき、たった3行書いた直後に私は力尽きた。- 54 -*前 次#
Moon Fragrance