Moon Fragrance

拭えない警戒心
01



 なにも情報がわからないまま、1ヶ月半がすぎた。体の痛みはなくなって私はタークスのみなさんの食事を作りながら、家事をしてなにかの役には立てばいいと思いながら置いてもらっていた。それ以外は基本的にずっと部屋にこもっていた。
 やはり頭にかかったモヤは、なにかをする気を起こさせてくれない。相変わらず思い出せないまま無駄な時間を過ごしていた。そして、ルーファウスさん無事なのかなと、あのとき、もし私がなにかしていれば、こんなことにはならなかったのではと考えると、日に日に眠れなくなっていった。
 今、各地で病気が流行っているらしい。体が酷く痛み、膿のような黒い液体が体から出てくるのだという。それで亡くなっている人も大勢いるという話だった。感染るという噂もあったけれど、毎日外で情報収集しているタークスのみなさんにはそんな兆候は見られなかった。1ヶ月半も経っているんだ。感染っているならとっくに感染っている。
 そんなある日だった。レノさんが無理矢理に私を部屋から引きずり出した。ルードさんは手荒にするなと言いつつも止める様子はなく、神羅の倉庫まで連れて来られる。目の前にはヘリが数機鎮座していた。

「仕事だぞ、と」

 私にヘリの整備をしてくれということらしい。私は俯いてしまう。大好きなはずの機械いじりを、したくない。それにヘリなんてと考えて、頭がズキンと痛んだ。デジャヴと言うのだろうか。何か見えた気がした。
 頭を押さえながら顔を一瞬しかめて黙り込む私を、レノさんが大丈夫かと覗き込んだ。

「大丈夫、です。なんだか少し……」
「なにか思い出したか?」
「思い出した……? なんだか、前にもこんなことがあったような気がしただけです」
「そうか。早く思い出してほしいけどよ、無理はすんな。社長はただアンタに笑ってほしいんだ。いつまでもうじうじ塞ぎ込んでんじゃないぞ、と」
「……同感だ」

 ルーファウスさんが、なぜ私に笑ってほしいと思うことがあるのだろうか。社長と平社員、掃いて捨てるほどいた大勢のうちの1人なのに。あのとき隠れていろと言ったのも、私が足手まといになるからだ。
 レノさんにヘリの方に向かってトンと背中を押された。

「考えてねえで動いちまえよ。そういう奴だと思ってたんだけどよぉ」
「わかり、ました……」

 腑には落ちないけれど、仕方なく取りかかろうと目の前のヘリを見つめて溜め息をひとつついた。
 倉庫に置いてある工具を借りて、丁寧に診ていく。言われた通り、塞ぎ込んでいるよりはいいかもしれない。乗り気でないのは一貫していたけれど、目の前に集中することで少し楽になった。
 1人でヘリの点検をするのは大変だった。診ることができて1日に1機。乗ればすぐに点検しろと言われる。私に悩む時間を与えないようにしているみたいだった。
 レノさんは電磁ロッドも診ろと言って、私はなにかにつけて手を動かし続けさせられた。それが整備の不要そうなものであっても。
 気がつけばあれから3ヶ月が経っていた。ルーファウスさんの消息がまったく掴めなかったのに、突然彼の居場所を知っている医者だという人が現れて彼の情報を出し始めたらしい。その医者の名前はキルミスターと言った。
 ルーファウスさんの居場所を教える条件に、謎の病の痛みを抑えるのだという興奮剤の確保と、彼の患者を収容できる場所を用意しろというのがキルミスターの言い分だった。
 キルミスターの動向を監視するために、クリフ・リゾートという神羅カンパニーの社員の保養所として開発されたロッジへと私も一緒に移動させられた。そこにはキルミスター先生の患者さんたちも集められた。
 いろいろな物の整備に加えて、その患者さんたちの看病も仕事に加わる。なにかを考える暇は本当になくなった。噂のようにその病気が感染る様子はなく、私は元気だった。
 ここへ来て3日目。森の中に隠すように置いていたヘリの整備を頼まれて、その場所へ向かう。

「あのー」

 誰にも見られないように気をつけていたつもりだったのに、整備に取りかかろうとすると後ろから知らない男の人に話しかけられた。私は驚いて勢いよく振り返る。

「なんですか……?」
「すみません。あなたが森に入ってくのが気になって。女性1人で何かあったら危ないと思ったのでつい……」

 警戒しないでもらえるとなんて言うけれど、無理に決まっている。私の後ろには隠しているはずのヘリがあって、私は今1人だ。助けを叫んだところで、ロッジには聞こえないだろう。どうすればいい。走って森を抜けるにしても足場が悪すぎる。

「あ、あの! そうだ、名前。フィルって言います! 怪しい者じゃなくて本当に、僕はなにもするつもりはなくて……」
「だったら忘れて、ここから離れてロッジに戻ってください。今ならタークスの人たちには黙っておきます」

 フィルと名乗った彼は少ししょんぼりしたように、わかりましたと答えて来た道を戻っていった。
 黙っておくなんて言ったけれど、ヘリの場所を移さないと。キーはタークスの誰かが持っている。たとえ動かせなくても、壊されたりなにかあったりしては困る。
 とりあえず、気になるところはないかチェックだけして森を抜けた。今日は確かツォンさんがいたはずだ。
 ロッジに入ってツォンさんを探すと、キッチンカウンターのところに腰掛けて電話をかけていた。それが終わるのを待つとこちらを向いてくれる。

「どうした?」
「あの、すみません。ヘリの場所を見られました」
「誰にだ」
「フィルという男の人です。ブラウンの短髪で、ヘーゼルカラーの目。背丈は……ツォンさんより少し低いくらいの」
「わかった。気をつけておく」

 ツォンさんはなんでもないようにそう言ったけれど、ルーファウスさんを探すだけでも難航しているのに私は仕事を増やしてしまった。

「ごめんなさい」
「謝るなら、社長のためになにかひとつでも思い出してやってほしい。その方が喜ぶ」
「どうしてですか? 私は別にルーファウスさんとは、仕事以外で関わりないはずですよね」
「だからといって心配していないわけじゃない」

 わからない。みんな口を揃えて、ルーファウスさんが私のことを心配していると言う。どこにそんな自信があるのか、わからない。言うなれば私は駒で、きっと整備ができるから重宝されているだけ。少しの心配はするかもしれないけれど、口を揃えて言うことなのかな。
 どちらかと言えば、私なんかよりルーファウスさんを、彼は彼自身を心配するべきだ。私の記憶がないことで、ルーファウスさんになんの支障があるのだろう。

「鈍すぎる」

 首を傾げるとツォンさんは、頭を抱えて言った。鈍すぎるとは、なにが?

「もういい」

 笑って言われ、いまいち腑に落ちず私はまた外に出た。今日は夕方頃、夕食を準備するまではなにもすることはない。ロッジの玄関の階段に座って、ぼーっと空を見上げる。
 あんなことを思ったけれど、ルーファウスさんは本当に大丈夫なのかな。彼の怪我は私より酷かった。車椅子がないと移動が困難なほどに。
 別にルーファウスさんのことをなんとも思っていなかった訳じゃなくて、心がざわざわするから……。悲鳴をあげそうになるから。あの悲しげに揺れたなんでも見透かすような、綺麗な青い瞳は心臓に悪かった。その感覚は、以前にもどこかで感じたような気がした。

「さっきはすみませんでした」
 
 そう声をかけられて私は思考を現実に戻された。声のした方を見ると、先ほどフィルと名乗った男の人だった。

「神羅の人ですか?」
「……そう、です」

 警戒心がどうも拭えない。ロッジの中にはツォンさんがいる。なにかあれば呼べばいい。

「黒いスーツの人たちとは違うんですよね?」
「はい。私は整備士なので」
「ああ。よかった。彼ら、少し怖くて」

 まぁそれは、否定しない。私も最初は怖いと思ったし。

「よかったら名前を教えてもらえませんか? あの変な病気で弟が死んでしまって、話し相手が欲しかったんです」

 どうしたらいいんだろう。私には判断がつかない。押し黙ると、ダメですか? と自信なさげに聞かれる。

「……マックハインです」

 ファーストネームではなく、ファミリーネームを答える。あれ? なんだかこれも……。

 ――名前を教えてくれ
 ――ファーストネームだ
 ――キミの口から聞きたい

「うっ……」

 また頭がズキンと痛んだ。今のは、誰の声?

「大丈夫ですか?」

 突然、頭を押さえて呻いた私をフィルさんが心配そうに見ている。小さな声で大丈夫ですと答えて、息をついた。
 中に戻りますと答えて立ち上がると、ポツポツと雨が降り始めてくる。そこで別れて、ロッジの中へと入った。その雨は次第に雨足を強めていった。
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