星降る夜の事件
あれから、ルーファウスさんが牽制とも取れる言葉をフィルさんにした日から、それでもフィルさんは私をロッジまで迎えに来た。
おはようから始まって、他愛のないことを喋って、患者さんたちの包帯替えを手伝ってくれて、ロッジの前でまた別れる。そんな日が数日続いていた。
このクリフ・リゾートに来てからはかなりの日数が経っていて、比較的元気な患者さんとも少し会話をするようになっている。ルーファウスさんとレノさんに、フィルさんには気をつけろと言われて余計に警戒心が増してしまった分、患者さんと会話をすることの方が気が安らぐようになってしまった。
「いつも、ありがとうございます」
「気にしないでください。他にできることありませんから」
この患者さんは、コスモキャニオンで天文学者をしていたのだという。カームで目を覚ましたときに、医者の先生から聞いた。私が記憶を失くす前、この星にメテオという大きな隕石が近づいていたらしいことを。
3ヶ月以上経った今でもあまりピンとは来ないのだけれど、そのメテオを見るにはミッドガル付近が1番近くて、コスモキャニオンから出てきたら巻き込まれてしまったそうだ。
「あなたはずっとミッドガルに住んでいるの?」
「いいえ、4年くらいです」
「なら出身はどこなの?」
「ロケット村です」
私がそう言うと天文学者さんの目が輝いた。
話を聞いていると、あの傾いていたロケットを何度も見に来たのだという。建造前からずっと。そしてこの人も、あのロケットが飛ぶことを夢見て宇宙に思いを馳せていたらしい。
聞いていると違和感がある。ロケットが飛んだこともカームで聞いてはいたけれど、あの錆びだらけだったロケットが飛ぶところの想像がつかなかった。その仕事に私も関わっていたとも聞いたのに。
「コスモキャニオンで見上げる夜空も素敵だったけれど、ロケット村で神羅26号と一緒に見る夜空も素敵でした。ロケット村出身のあなたがエンジニアってことは、ロケットに夢見てたんですよね」
「まあ、そうですね。いろいろありすぎて、わからなくなっちゃいましたけど」
「でも、神羅26号が飛んだとき、心が躍ったんじゃないですか?」
黙り込んでしまった私を見て天文学者さんは不思議そうな顔をした。
私はもう宙と関わりたくなくて。ロケットのことなんてどうでも、よくて……。私は逃げ出したのに。
――人間が宇宙に行くためじゃなくても、神羅26号が飛ぶことが嬉しいんです。そして、その手伝いができることが。
――わかりました。やります。やらせてください。
体がぐらっと揺れた。暗い視界に声が聞こえた。少しばかり弾んだ声。間違えるはずがない、今のは、私の声?
詰まった息が漏れた。天文学者さんが心配そうな目で私を見ていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません、ちょっと……目眩がしただけです。もう平気です」
「ならいいけれど。そうだ。ねえあなた、星を見るのは好き?」
いきなりそう聞かれて、子供の頃を思い出した。家の屋根に登って夜空を見上げていた。周りに灯りなんてなくて、ミッドガルなんかよりもたくさんの星が見えていた。ここ数年、そんなことはしていない。
意図的に避けていた宙。どういう心境の変化なのだろう。
「星を見るのは、好きです」
「よかった。今日は流星群が見られる日なんです。ちょっと首が痛いかもしれませんけど、深夜から明け方にかけて真上の方を眺めていたら見えるはずです。今日は晴れですから、見るのに絶好です」
「わかりました。見てみます」
そう答えると、天文学者さんは嬉しそうに頷いた。
「もし願いがあるなら、叶うといいですね」
願い、か。私の願いはなんなのだろう。悩んだあと、そうですねと答えて会話を終えた。
立ち上がって戻ろうとすると、フィルさんが近づいてくる。
「楽しそうでしたね。なんの話をしてたんですか?」
「天文学者さんだそうで、星のことを少し……」
「へー。今度、僕も聞いてみようかな。ここのリゾート地って、綺麗に星が見えますよね」
「そう、なんですね……」
知らなかったと思ってフィルさんの顔をまじまじと見てしまう。フィルさんが恥ずかしそうに頬を掻いていたけれど、私、目が覚めた日からもそんなに宙を見上げていなかったんだと思った。
伍番街の社宅でも、ここに来てからも患者さんの様子見と整備で連れ出される以外は私は基本的に引きこもっていた。夜はただ膝を抱えてベッドに座り込んでいつの間にか眠っていたし。宙を見上げようなどとも考えていなかった。
「戻りましょうか」
「あ、はい」
はっと我に返って、フィルさんに続いてロッジを出る。なんだかフィルさんの歩調がいつもよりゆっくりな気がした。話していることはいつものように取り留めのないことだけれど、どうしたんだろう。
私たちがいるロッジに着いても、なにか話したそうにしていたけれど私は中からツォンさんに呼ばれてその場を後にした。
リビングへ行くと、ツォンさんとイリーナさんがいた。
「なにか?」
「ああ、急で申し訳ないが、キルミスターが君に本社にある医療機器の修理を頼みたいと言ってきた」
「あー……、この前書類を預かった日に言われました」
「修理できるかできないかを判断してこちらに運び込む予定だ」
「明日、私が護衛につきます。頼まれてもらえますか?」
イリーナさんがいつものように元気にそう聞いてくる。それに少し和んで、ダメ元で聞いてしまった。ミッドガルに戻れるなら、自分の家がどうなっているのかも知りたかった。
「なら、1度自分の住んでたアパートにも寄りたいんですけれど」
「いいだろう」
あまりにも二つ返事で許可をもらえて、驚いてしまう。本当にいいのかと勢いづけて聞き返すと、ツォンさんが一瞬笑った。イリーナさんが理由を答えてくれる。
「社長はリクさんがそう言うと思って既に許可を貰ってます。そのための護衛ですから」
「ありがとう、ございます……」
「これがリストだ。よろしく頼む」
「はい」
話は以上だと言われて、私は部屋に戻る。家がどんな状態かわからないけれど、戻れることにウキウキした。着替えとかも持ってこられるかな。
今日はイリーナさんと夕食を作ってみんなで食べたあと、心躍らせながら明日の準備をする。ほんの少し家に戻れるだけで、モヤモヤしていた気持ちがちょっと晴れた気がした。その気持ちのまま、素直に宙を見上げられると思った。
あの天文学者さんに教えてもらった流星群。ちゃんと流れ星を見ることができるかな。
時計の針が0時を回った頃、部屋を出て階下へと降りる。部屋の窓からも外を見てみたけれど、真上を見るには屋根が邪魔だった。でも、フィルさんも言っていた通り、無数の星が綺麗に見えた。子供の頃、屋根に登って見上げた星空のように。
階段を静かに下りていると、リビングから灯りが見えた。小さな声だったけれど、リビングの外まで話し声が聞こえてきた。いつもの定期報告をしているようだった。
階段を降りきると、リビングからレノさんが顔を出した。
「悪い子発見だぞ、と」
「あ、ええと……」
見つかってしまった。妙に子供扱いされていると思って、なんて言えばいいか迷っていると落ち着いた声が聞こえた。
「どこへ行くんだ?」
「流星を見に、玄関のすぐ外に……」
「流星? 部屋ではだめなのか?」
そう問われて、部屋だと屋根のせいで見えなかったことと、今日は流星群が見える日だと患者の天文学者さんに教えてもらったことを全部話した。
ルーファウスさんは考えるように一瞬目線を横にずらした。
「少しだけ、なら。ロッジのすぐ近くにいなさい。叫べば声が聞こえる場所に」
「ありがとうございます!」
いいと言ってもらえたことが嬉しくて思わず声が大きくなってしまった。それにルーファウスさんが優しくふっと笑った。
レノさんがルーファウスさんに、甘いと言っていたけれど早く外に出たくて気にならなかった。
玄関を開けて外に出る。どこなら見えるかと外の階段を下りて、踊り場の辺りが屋根が邪魔せず見えることに気づいた。上を見るならちょうどよく寝転がることもできる。ここならルーファウスさんが言ったとおり、なにかあったとき叫べば聞こえるはず。
というか、こんな時間に叫ぶようなことってあるかな。他のロッジは患者さんがいるからもう電気が消えていて、恐らくみんな寝てしまっている。灯りが消えているのは星を見上げるのに邪魔しなくてありがたかった。
誰もいないから気にせず踊り場に横になる。もう既にたくさんの星が輝いていて、ミッドガルだと恐らくプラネタリウムでしか見られない光景だと思った。ミッドガルはミッドガルで夜景は綺麗なのだけれど。
「あ!」
まだ数分も経っていないのに、いくつか星が尾を引いて流れていった。
願いがあるなら、叶えばいいですねと天文学者さんに言われたことを思い出す。願い。願い……、なんだろう。記憶が戻ること? 本当に大事なことってあったのかな。だったらその記憶が戻ってほしいな。
そう考えると、タイミングよく星がひとつ、ふたつとまた流れた。こんなに頻繁に流れるのを見たのは初めてかもしれない。
- 61 -*前 次#
Moon Fragrance