Moon Fragrance

星降る夜の事件
03



―――※―――※―――


 リビングでタークスによる報告が終わってすぐにレノが声を上げた。その声はとても不服そうだった。

「なあ、社長。なんで言っちまわねえんだよ。さっきだってよ――」
「なんだ見ていたのか」
「当たり前だぞ、と。社長になんかあったらどうすんだ……」

 オレはふぅと小さく息を吐いた。レノの言わんとしていることはわからなくもない。オレも言えるものなら伝えてしまいたいし、回りくどいことなどせずにさっさと触れたい。だが時折、頭を押さえながら顔を顰めているというのが気になった。

「リクの中では、私はまだ社長にすらなっていない。なにか片鱗はあるようだが、頭痛が伴っているんだろう?」
「言って思い出させちまったら、頭痛もなくなんだろ」

 間違ってはいないだろうが、レノは元も子もないことを言う。
 あの日、彼女は69階にいた。リクのことだ、恐らくシスター・レイの成果が気になったのだろう。ならウェポンの攻撃を目の当たりにしているはずだ。それを思い出したことによって、あの頭痛がなにかの障害に繋がれば……。そうでなくとも無理矢理に思い出して心が悲鳴を上げ、もっと酷いことになればリク自身が今以上に苦しむことになる。それは避けたい。

「記憶喪失の原因が頭を打っただけではないとしたら?」
「どういうことだ?」
「……恐怖」

 訳がわからないという顔をしたレノにルードがオレの考えを的確に答えた。

「そういうことだ。最後に見たのはウェポンの攻撃だろう。思い出そうとするのと同時に、頭痛が思い出させまいとしていると考えれば、それはなにか。あの時点での最後の記憶は恐怖だ」
「社長は心苦しいでしょうが、無理矢理に思い出させることは……」
「ああ」
「げっ、主任まで言うのかよぉ」

 話は終いだと言ってオレは部屋に戻ることにした。後ろでレノがまだ不満そうにしているのに苦笑いが漏れる。
 あれでもリクを心配しているのは間違いないだろう。あのフィルという男が、リクに妙な近づき方をしていると情報を上げてきたのもレノだからな。

「先輩、社長が決めたことですから」
「なんでだよ。ありゃもう社長に惚れてんだろ。ヤっちまっても……」
「先輩、サイテー!!」
「うっせー。それにしたって甘やかしすぎだっつーの」

 2階に上がってもまだレノとイリーナの声が聞こえてくる。まったく声の大きい奴らだ。
 リクの部屋のドアをノックする。起きていれば言葉を交わせばいいし、寝ていればそっと入る。この時間帯のリクは、基本的に考えながら寝入ってしまっている。どうやら今日もそうらしい。
 部屋に入ると、ベッドの上に丸くなって寒そうに寝ているリクがいた。今日も掛け布団をしていないのかと、掛けてやりながら思わず笑みがこぼれる。
 ツォンが69階でリクを見つけた。オレの状況を知らせようと、出社していないはずのリクに電話を掛けた。が、彼女は出なかった。
 なにかあったのかとGPSを見れば、本社からその電波が発せられていた。カードキーの入室記録を検索すると69階の部屋にいることがわかったらしい。その部屋にツォンが向かうと、棚の下敷きになって気を失っているリクがいたのだという。

「本当に無茶をする」

 そっと頬を撫でた。本来なら気にせずこの腕に掻き抱きたい。唇を重ねたい。甘い声を聴きたい。どれだけ我慢しているのだと、笑い出しそうになるのを堪えた。
 惚れてる、か。思い出してほしいのはやまやまだが、なにも元のリクでなければならない理由はない。負担を掛けずに確実にこちらを振り向いてくれさえすればいい。嬉しいことに、なにか思うところはあるようだからな。
 それに甘やかしすぎと言われるのも無理はないな。記憶を失くしてから、以前のリクからは考えられないほど大人しかった。部屋から出てこないこともある。自発的になにもしなくなっていた。それならば、やりたいと彼女が自分で思ったのなら、やらせてやったほうがいいだろう。
 部屋に隠れていろと言ったあの日も、素直に言うことを聞いたのはきっとそのせいだろう。以前のリクなら、確実になにかしようとしていたに違いない。リクになにもなくてよかったとは思ってはいるが、少し寂しくもあるな。
 まさかあの男が玄関のすぐ近くで行動に移すとは考えが甘かったが、あらかじめロッジの近くにいろと言っておいて正解だった。気づかなければどうなっていたか。
 ツォンがリクとともに見つけた走り書きをポケットから取り出す。先日の洞穴での1件で文字が滲んでしまったものの、捨てることなど到底できなかった。

「オレもだ。愛している。リク」

 リクがもぞりと動いて寝返りをうった。どんな夢を見ているのか、顔が綻んでいる。オレに向けられたものではないのだろうが、少しばかり満たされてリクの頭を一撫ですると部屋を出た。
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