Moon Fragrance

欠片を集めて
01



 朝になって目を覚ます。今日もまた、夢の中であの声が聞こえた。そのおかげか朝は少し幸せな気分で目が覚めることができる。大きく息を吸って、余韻に浸った。
 ほんの数分ぼーっとしたのち、出かける準備をしないといけないのだと思い出す。キルミスター先生に本社ビルにある医療機器を診てほしいと言われていた。
 ルーファウスさんが許可したなら診るしかない。でも私は今、機械整備よりも自分の家の方が気になっていた。
 とりあえず着替えて、リビングへ向かった。中へ入ると視線が集まるのは、慣れない。

「リクさん、おはようございます!」
「おはようございます」
「おはよう、リク」
「おはようございます」

 イリーナさんの挨拶は元気をもらえるし、ルーファウスさんの挨拶は気恥ずかしくなるけど心地いい。さっき起きたときのように朝から幸せな気持ちになることに気づく。

「どうした?」
「い、いえ」

 じっとルーファウスさんを見つめていたことに気づいて慌てて首を横に振った。ルーファウスさんが目を細めたからドキッとする。顔を逸らしてしまった。
 胸がざわざわするのと同時に、リビングにいるみんなの空気が少し妙なものに変わる。ルーファウスさんだけは変わらず私を見ていた。

「リクさん、あ、朝ごはんどうしますかっ!」

 イリーナさんが空気を変えるように大きめの声を出して我に返った。
 え、あ、え? ご飯、どうしよう。タークスのみなさんは滅多に朝食を取ってない。だから夕食は準備しても朝食は作らないし、私も食べない。

「え、あぁ、私は、べ……」
「食べなさい」

 ルーファウスさんは、私がまともに食事を取っていないのを知っているといった顔をしている。
 最近、いろいろありすぎて確かにいつもより食べる量は少ない。でも、もともとそんなに食べる習慣もなかった。仕事中も軽食くらいしか取らないのに、言われてしまえば従うしかない、気がする。

「わ、わかりました」
「準備しますね」
「自分で……」
「いいからいいから」

 イリーナさんに背中を押されてキッチンカウンターの席に座らされる。その横からツォンさんに書類を渡された。

「少しいいですか」
「はい」
「これが今日、お願いしたい医療機器のリストです」

 わかりましたとそれを受け取る。そのリストを眺め見るけど、ふと気になって顔を上げた。なんと言おうか迷ってツォンさんの顔をまじまじと見てしまう。

「なんでしょう」
「……医療機器は専門外なんですけど、手をつけられない場合は……、どうすれば……」
「それなら気にしなくて大丈夫です。直せない場合は仕方がないと。ただ薬を量産するためにどうしてもこの機器だけはなんとかしてほしいそうです」

 ツォンさんが指さした行を見る。大体のものは医務室付近に置かれていたけれど、それが設置されている階数を見て驚く。科学部門……。
 神羅カンパニーの科学者以外は立ち寄ることを許されてない。入社時にもそのフロアには立ち寄るなと言われていたし、もちろん立ち寄ったことも、なんならカードキーだって許可されていなかった。

「どうやって科学フロアに……?」
「イリーナだけではなく、レノとルードも同行します」

 ああ、なるほど。タークスの人たちは入れるのか。ついこのあいだ、諜報などを仕事にいている部署だとツォンさんに教えられた。社内では比較的、いろんな部署に出入りできていたらしい。
 少し濁されたような気がするけれど仕方がない。私はただの整備士だから。それもなんだか前に違う人から聞いた気がするけれど、やっぱり頭の中では気がするに留まるだけだった。
 レノさんとルードさんは、医療機器をトラックに運び込むための力仕事要員としてついて来てくれるらしい。
 まぁ、やるだけやるかと思って、イリーナさんが運んできてくれた朝食に手をつけた。ご飯を食べながらリストを眺めている私を見て、後ろの方でルーファウスさんが行儀が悪いなと笑っていた。
 食べ終わったあと、準備をして大型トラックに乗りこむと4人で本社ビルへと向かう。

「あの。話を聞く限り、本社ビルはボロボロだと聞いたんですけど、通電しているんですか?」
「……かろうじて、な」
「かろうじて……」
「階段、登りたくねえか?」
「そりゃあ、もう」

 窓の外を眺めながら、あの階数は階段では登りたくないなと思った。それをレノさんがハハッと軽く笑い飛ばす。
 2時間ほど経ってトラックは弐番街へと着いた。ミッドガルに来たのは、伍番街の社宅で過ごした以来だった。やっぱりカームやクリフ・リゾートなどの外に比べたら、ミッドガルの荒れかたは酷かった。
 私の住んでいた社宅アパートもかろうじて何処が何処だったか判別できるものの、半壊に近かった。目をパチパチとさせながら、自分の家だった建物を見つめる。
 なにがあったのかを自分の目で見られなかったのは、少し残念だと思った。それは不謹慎な意味じゃない。星が自分自身を守ったのだとみんなが言う。
 そして、人間に罰を与えたのだと。それならば見ておくべき事象だったのではないだろうか。

「よく半壊で耐えましたねー」
「弐番街だからかなり古い建物に入るだろここ」

 中心となる零番街から壱、弐と順に作られていっているミッドガル。本社を除いては先に作られた数字の小さいほうが建造年数が長い。だからそのぶん家賃も安いのだけれど、イリーナさんとレノさんの言うとおり建造年数が長いこのアパートが半壊で耐えているのが不思議だった。

「部屋はどこだ?」
「1階の右から2番目です」
「安全確認すっから、先に中に入るぞ、と」
「お願いします……」

 レノさんに鍵を渡すと、彼は玄関ドアのノブに手を掛けた。鍵を回して、錠は開いたけれどちょっとしかドアが開かない。どうやら建物が崩壊しかけているせいでドアの立て付けが悪くなっているらしい。

「あー、姉ちゃん、なにか盗られたら困るもんあるか?」

 そう聞かれて少し考える。おかあの指輪は目が覚めたときから何故かもうすでにペンダントとして私の首から掛かっているし、クレジットやキャッシュカードの類いは社員だったので携帯端末が担っている。
 本当にいるものなら持って行けばいいし、特にないかな。

「ない、です。たぶん」
「ならいいよな」

 レノさんはルードさんを見ながら言った。ルードさんが、一仕事だと言わんばかりに指の関節をポキポキと鳴らす。
 なにをするのかと見ていると、若干開いた隙間にルードさんが手を差し込んで聞いたことのない音を立ててドアが外れた。それを唖然として見つめる。
 素直な感想は、ドアって工具もなしに外れるんだ……、だった。

「リクさん?」
「あ、い、いえ……。驚いただけです」
「ルード先輩は力自慢ですから」

 それにしても、素手でここまで……。
 レノさんとルードさんが確認のために中へと入っていった。数分したのちに出てくる。揺れなどで少し荒れてはいるものの、特に問題はないとのことで改めて私も久しぶりの家へと入った。
 レノさんとルードさんは外で待機、なにかあったときのためにイリーナさんが一緒に入ってくれた。
 中に入ると確かに小物などは倒れたり、散乱したりしていた。基本的には土足で入るので、足を怪我することはなさそうだ。これを見る限り、おかあの指輪が自分の首から提げられていてよかったと思った。
 とりあえず、衣服が欲しいとクローゼットへと向かう。引き出しを開けてどれを持ち出そうか考えると、見たことのない服が数着出てきた。そのどれもが、その、私が自分で買うようなものじゃない。
 デコルテラインの見える服。胸元、とまではいかないけれど、ニットもTシャツもブラウスも、首下が見える服なんて自分では買わない。お洒落とは縁遠いものしか着ないのに、これは一体……。
 その見覚えのない服を見つめていると、不思議に思ったようでイリーナさんが声を掛けてきた。

「どうしたんですか?」
「いえ、この服……」
「可愛い服ですね! リクさん、よく似合ったんじゃないですか?」
「自分で買った覚えがないんです」
「じゃあ、誰かの好みで買ったのか、もしかしてプレゼント?」
「え……、え? こんな服を、プレゼントされる……?」

 デコルテラインが見える服をプレゼントするって、どんな状況……? しかも自分で買うにしてもワンショルダーだなんて、誰のために……?
 混乱しているとイリーナさんが、意味ありげにあーと呟いた。なんだか心当たりがあるみたいだけれど、教えてくれなさそうだ。
 手触りもいいので、高いものには違いなさそう。一瞬、ルーファウスさんの顔が思い浮かんだけれど、まさか。まさか、そんなことあり得ない。社長であるルーファウスさんと、なんの接点もなさそうな平社員である整備士の私。そんな関係になるなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ない。
 カームに運ばれ、守られ、そして一緒に伍番街に移ったあとクリフ・リゾートまで移動させられた。本来、この状況だっておかしいはずなのに……。
 イリーナさんが言うことのどちらかが正しいとして、私にはそうするような相手がいた?
 そこからルーファウスさんの姿が頭を離れなくなった。言い聞かせるように自分にも聞こえるか聞こえないかの声で違うと呟いたけれど、心臓はドクンと跳ねたし頭はズキズキし始めた。また嫌な感覚だと考えていたら、玄関の方から早くしろと声が聞こえた。
 念のためにその服と、当たり障りのないいつものパーカーやTシャツ、替えの下着をリュックに詰めた。
 そしてベッドの方を向くと、実家に置いてきたはずの工具が入った革製の腰袋。おとうのものだ。ロケットに関する仕事もしたからと聞いてはいたから、そのときに持って帰ってきたのかな。置いていくわけにはいかないのでそれは腰に巻く。
 あとは。ベッドのサイドボードに置いてあった、読み返しすぎて表紙が外れそうなほどボロボロになった本。職場の机の引き出しに入れていたはずなのに、これもなぜここにあるのかがわからない。
 ――なあリク、大人になったらキミのことを迎えにくる。待っててくれ

「うっ……」
「リクさん!」

 これも大事なものだと本を手に取ったら、頭の中に声が響いた。強く痛んだ頭を押さえて蹲ると、イリーナさんが大きな声を上げた。それを聞いたのか、レノさんとルードさんがなにかあったのかと駆け込んできた。

「どうした!」
「あ、リクさんが……」
「だいじょうぶ、です。もう治まりました」

 本を持って立ち上がる。ちょっと目眩がしたけれど、問題なかった。本も鞄に丁寧にしまい込んで、3人に行きましょうと声を掛けた。みんなが少し心配そうな顔をしていたけれど、私自身ではどうしようもないから肩を竦める。
 みんなが渋々といった様子で、行くかと部屋を出た。最後に私は部屋を見渡したけれど、もう特に必要なものはなさそうだ。火事場泥棒的な人に盗られても、困ることはないだろう。

「ありがとうございました」
「……気にするな」

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