欠片を集めて
再びトラックに乗り込んで本社ビルの方へと向かう。遠くに見えていたけれど、シスター・レイの主砲が備え付けられているビルは見慣れず異様だった。上層階に位置するエグゼクティブフロアは下から見上げてもわかるほどの酷い有様だ。
シスター・レイから落ちたらしい鉄骨も、その辺りに転がっていた。私は本当に仕事をやり遂げたのだろうかと疑問が残った。
「……置いていくぞ」
「あ、待ってください」
レノさんとルードさんがビルを見上げたままの私を置いて先を歩いていく。イリーナさんがそれを追いかけ、私も小走りで追った。
医療フロアに向かってリストに書かれたものを探す。私は医療機器はよくわからないから、全てに個体番号が書かれていて助かった。
ルードさんが持ってきてくれた発電機を使って、電源の入ったものはとりあえずトラックまで運んでもらった。電源の入らないものは一応、中身を見るために画面を外してみたり、分解してみたりと試してみた。
「ここを代えれば直りそう……」
電源が入らない原因は恐らくシスター・レイを撃ったことによる停電だろう。8機すべての魔晄炉から、ありったけの魔晄エネルギーを吸い上げたと聞いた。
整備場になら部品があるだろうと考えて立ち上がる。レノさんとルードさんは運び出しで忙しいので、念のためにとイリーナさんがついて来てくれた。
久しぶりに入った私の職場。もともと広い整備場は、もっと広く見えた。仕事をしていたときは気にならなかったけれど、静まり返ったこの場所はよく音が響く。ヒールを履いているわけでもないのに、タッタと靴音を鳴らして歩いた。
ここでもなにかあったような気がするのだけれど、頭痛がするような気配はなかった。
細かい整備をしていた整備士の机を確認しながら欲しい部品を探す。イリーナさんにも外してきた部品を渡して、違ってもいいから似たものを探してほしいとお願いした。
「あの、リクさん」
「はい」
遠くの机の方からイリーナさんの声が聞こえた。
「リクさんは、職場に好きな人とかいなかったんですか?」
「へっ!?」
あまりの唐突な質問に変な声を上げてしまう。好きな人なんて、考えたこと……。っ、なんで、ルーファウスさんが浮かんだの? つい最近まで彼のことなど知らなかったのに。
「いたんですね」
「い、いや、いないです。ずっと仕事ばかりで……」
「でも今、思い浮かんだんじゃないですか?」
思い浮かんだ。思い浮かんだけれど、私がルーファウスさんのことを好き……?
そこまで考えた瞬間、顔に熱が上った。大きく頭を横に振って、思考の中から追い出そうと努める。
柔らかい笑みと、優しく響く声。よく磨かれた宝石のように透き通った青い瞳。昨日、額に落とされた一瞬のキス……。ダメだ。追い出そうとすればするほど、頭から離れてくれない。
ヤケになって机を漁った。心臓がうるさい。もうほとんどイリーナさんの言葉は届かなかった。頭の中はもう、余計なことで占められてしまったいたから。
机漁りももう終わりそうで次の机の引き出しをガッと開けたとき、やっと欲しかった部品を見つけた。
「あった……」
「ホントですか! 戻りましょう」
妙に疲れたけれど、私たちは急いで医療フロアへと戻った。このあともまだ科学部門のフロアへと行かなければならない。
床に座ってじっくりと向き合う。この部品で合っているといいんだけれど、外れていたらもっと腰を据えてやるか、諦めるしかない。なにか参考書があれば話は別だけれど、探している暇もないだろう。たぶん私は読み耽ってしまう。
部品をなんとか取り付け終わって、解体したものを組み上げる。発電機に繋いで電源を入れた。
「ついた……!」
「お疲れ様です」
「よし、運ぼう」
「あとは、科学部門だな、と」
修理した機械をルードさんがトラックへと積み込みに行った。科学部門の方はなにがあるか、なにがいるかわからないからレノさんもついて来てくれるらしい。イリーナさんと3人で科学部門のフロアへと向かった。
エレベーターを降りたところから薄暗い。正直言って、少し怖かった。レノさんとイリーナさんの後ろを恐る恐るついていく。指定された部屋の前へとついて、レノさんが確認に行くと部屋の中に入っていった。
「そんなに危険なんですか?」
「まあ、科学部門はいろいろやってますから……」
いろいろ……。そんなふうに濁すようなことをやっているのだろうか。他の部門のことはあまり知らない。特に科学部門がなにをやっているかなんて、まったく。なんだか余計に不安になってきたところにレノさんが戻ってきた。
大丈夫だと合図を送ってきたので、中へと入った。どうやらここは薬品などを扱っていたラボらしい。なにかはわからないけれど、微かに薬品のような化学的なにおいがした。棚の中には多くの薬瓶などが並べられていて、シスター・レイを放ったときの衝撃だろうか幾つか割れて中身がこぼれている物もあった。
物珍しげに辺りを見回していると、レノさんがこれだと指さした。
「随分と大きいですね」
私にはもうなんの機械なのか見ただけではわからない。薬を作るのに必要だと言うからには成分の分離や撹拌、分析などにも使うんだろう。電源を入れてみたけれどついている様子はない。これをここで診るには少々骨が折れそうだ。
「ここで診ないといけませんか?」
「どうしてもいるもんだから、戻ってからでもいいんじゃね?」
「でも、足りない部品はどうするんですか?」
「それは、まぁなんとかします」
作れる物なら作ればいいし、無理ならなにかしらから調達できるはずだ。幸いと言っていいのかわからないけれど、町の方に行けば使えなくなった電化製品も転がっていたし。部品は特に困らないんじゃないかな。
「んじゃ、ルードが戻ってきたらこれも運んじまうか」
レノさんはそう言って、そこらの椅子にドカッと腰掛けた。私はルードさんが戻ってくるまでに、原因を少し探ってみる。これもさっきの機器のように停電が原因ならいいのだけれど、なんせ大きすぎて辿るのが大変そうだ。
手前のパネルを外して、ケータイ端末のライトで中を少し照らしてみる。ここでやると言い出さなくてよかったと思うほどの、基板と配線の量だった。
しばらくするとルードさんが戻ってきて、レノさんと顔を見合わせただけで言葉もなく一緒に運んでいく。作業はこれでおしまいなのでイリーナさんも私もついていく。そして全部の機器をトラックに積み込み終わって、私たちはクリフ・リゾートへと再び2時間掛けて戻った。
タークスの皆さんが、本社ビルから持ってきた機器をロッジ区画のもっと奥にある1番大きなログハウスへと運んでいく。私はそれを普段いるロッジの階段の上で眺めていた。背にあった玄関の扉が静かに開いた。
「おかえり」
「た、ただいま、です……」
振り返るとルーファウスさんが柔和な笑みを浮かべて私を見ていた。朝に寄った自分のアパートと、整備場での出来事を思い出して、顔がボッと熱くなった。
私の、好きな人? 職場に……? ルーファウスさんと会う機会なんて、と考えて確か最後の仕事は社長であるルーファウスさんに頼まれていたと聞いたのを思い出した。そのときなのだろうか。でも、服はどう説明するんだろう。
「リク?」
ぼーっと立ち尽くしていると、ルーファウスさんが心配そうな顔で私の名前を呼んだ。我に返ってルーファウスさんの顔をまじまじと見ると、どんどん恥ずかしさが込み上げてきた。
荷物、そうだ荷物……!
「わ、私、荷物を置いてきます!」
どうにか誤魔化したいと私は自分の顔を両手で覆って、ルーファウスさんの横をすり抜けるようにロッジの中へと入った。そのまま駆け足で階段を上って部屋へと戻る。私の後ろでリビングから顔を出したイリーナさんが、不思議そうに私の名前を呼んだ。それに答えるようにルーファウスさんの可笑しそうな声が聞こえた。
「逃げられてしまった」
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Moon Fragrance