Moon Fragrance

私が私であるために
02



「さて、ここからだが、本当にいいのか?」
「というと?」
「リクの感情が、一番揺れ動く話だ。私はそのとき、キミを酷く傷つけた。そしてリクも、私を傷つけたと思っている」

 ルーのあまりの真剣な重い口調に一瞬戸惑った。けれど、聞かなければ意味がないんだ。それでも私たちが今一緒にいるのは、それを乗り越えたからなんだろう。そう、思いたい。

「……教えて、ください」
「わかった」

 自分でも声が震えていると思った。安心させようとしてくれているのか、私を抱きしめているルーの腕に力が入った。

「私は、ハイウィンドに乗り合わせたアバランチの主犯メンバーを処刑しようとした」

 それを聞いて、私は弾けるように顔を上げた。そんな私をルーが心配そうに見た。

「頭痛は?」
「ありません」

 処刑……。あの時、バレットさんが言ったことだ。ルーが決めて、私がそれを助けたってことは私、ルーを、裏切った……?
 心臓がドクドクと激しく脈打ってる。頭の中が真っ白になった。自分のことだ、思い出せなくてもなにを考えていたか手に取るようにわかる。
 つい先日も、フィルさんの一件の時にレノさんが社長に言われてるから殺しはしないと聞いた。そのとき、妙に安心したのはきっと同じ理由だろう。
 黙って顔を見つめたままの私の額にルーが唇を当てて言った。

「リクが今日会ったと言った二人だ。世界を恐怖に陥れた者として処刑するつもりだった。リクはそれを阻止した」
「私は、ルーにやめるように言ったんですか?」
「言わなかった。だが、そう聞く今のリクも、言わずに行動しただろうな。なぜだかわかっているんだろう?」
「恋人である私のそのお願いは、私情に入るから……」

 ルーが静かな声でその通りだと言った。
 彼は仕事に関して私情を挟む人じゃない。言ってもなにも変わらないと私は思ったんだろう。そしてルーが言うように、今の私もきっとそのときと同じことをする。
 その行動を起こした理由は、ルーが――。

「私が間接的にでも人殺しにならないように。そしてリクは、ハイウィンドを彼らに渡した」

 私の考えていたことを言うようにルーが続けた。
 息が苦しくなった。大きく息を吸って、自分を落ち着けようとした。ルーがそんな私の名前を心配そうに呼んだ。
 どうしてそんなことをした私を今でも側に置いて、愛してるなんて言ってくれるんだろう。

「はじめ、私はリクを誤解していた。その行動自体に私は怒ってなどいなかった。なにか理由があるはずで、どんな処分でも受け入れると自分を蔑ろにしてまで彼らを庇うことが許せなかった。それが、彼らをただ助けるためではなく、私のためだと知ったとき、キミを手放してやれなくなった」
「私がまた、同じことをするかもしれないのに、ですか?」
「それはきっと私のためだと言い切れる。リクの行動理由は不特定多数のためじゃない。自分の仕事に対する誇りと、絶対的信頼を寄せている人間に限られていると、キミと一緒にいるようになって気付いた。あまり人に興味がないのは自分でもわかってるんじゃないのか?」

 私は俯いて小さく頷いた。そしてなにも言えないんだ。整備場の事件も仕事道具を嫌がらせに使われたから腹が立った。ヘリの修繕もルーが乗るかもしれないと考えて奮い立ったし、女だからできないと決めつけられたことにも仕方ないと思いつつプライドが許せなかった。
 秘書さんに水を掛けられたときだって、ルーが仕事に私情を挟む人ではなく社内で起きたことは社長として処理するとわかっていたから、腹は立ったけど些細なことだとなにも望まなかった。
 絶対的信頼を寄せている人間に対する行動。でも裏を返せば、自分のためでもある。今だってルーの隣にいたい、自分のためだ。

「自分が、可愛いだけですよ……」

 そうだ。だから私は、人に興味が、ない。

「それでいい」
「え……」
「心揺らいで、深く傷つき自分が駄目になるくらいなら、それでいい。私だって変わらないさ。私は、私のためにリクが欲しい。今だって世界のためと言っておきながら、自分の欲のためでもある。行動原理などそんなものだ。結果、自分のためであっても、そこに誰かのためも含まれているのなら、立派だと思うが」

 その言葉は慰めではなく、ルーの声から本心なのだとわかった。途中で挟まれた欲しいの言葉にはドキッとしたけれど、彼らしいと思った。

「でも、それで、どうしてルーが私を傷つけたんですか?」
「……あまり言いたくはないが、私はリクを何度も乱暴に抱いた。その件に関してでなくとも、謝ればそれでいいと思っていたんだがな」
「私、謝りましたか……?」
「いや。理由を知って自分を殴りたくなっただけだった。キミのご両親のお墓に手を合わせ、リクを大切にすると誓ったばかりだったんだがな」

 おとうとおかあの前で、そんなことを思ってくれていたんだ。とても心が温かくなる。
 しかもルーのほうが本当に忘れてしまいたいといったように話したことに、笑っちゃいけないのに笑ってしまった。

「笑い事じゃない。手放す気は毛頭なかったが、あれでよくリクが今も側にいてくれていると思っている」
「ルーのためだと思ってしたことだから、ですよ」

 ルーにも空気を切り替えたいと思うことがあるらしく、この話を早く終わらせたいというように次だと言った。
 私に神羅26号の整備を頼んだこと。ヒュージマテリアという通常のマテリアの300倍以上のエネルギーを持っているとされているものをロケットに積んで、メテオにぶつけて壊すつもりだったらしい。そしてそれは、メテオの表面を削っただけで失敗に終わった。

「一つの手段だ。気に病む必要はない」
「わかり、ました」

 そのあとは、シスター・レイのことだった。すぐに手段を切り替えなければならないほど、時間が限られていたようだ。実弾砲であるシスター・レイをジュノンから八番街に移設し、全ての魔晄炉からエネルギーを吸い上げて発射する魔晄キャノンに改造する作業を短期間で行った。他の部門の手も借りて、その工期内になんとか仕上げたのだと。昼間におっちゃんから聞いたそのままだった。

「リクからも忠告は受けていて、それでも私がやれと命令した。キミ達の仕事が杜撰だったと思わないでくれ」
「だから、私が目を覚ました日に、先生達が仕事をやり遂げたと言ってくれたんですね」
「リクなら気にするだろうからな」

 本来は北の大空洞に現れたバリアだけではなく、セフィロスも打ち抜くつもりだったらしい。でもそれは、バリアを破るだけに留まった。一つだけ成果を上げたとすれば、その射線上にいた巨大モンスターであるウェポンを貫いたことだった。

「そしてそのウェポンは神羅ビルに向かって――」
「っ……」
「リク!」

 ルーの言葉の途中で頭がずきんと痛んだ。なにかが遮るように続きが聞こえなくなって、頭の中にノイズが走った。いつもみたいになにか見えたり、聞こえたりすることはなかっく、ただ頭だけがズキズキと痛んで耳鳴りと吐き気がした。
 なぜか、怖いという感情が頭を占めた。その恐怖は、なにに対してなのかわからなかった。ただ頭の中を一瞬よぎった。死ぬかもしれないと。会えなくなるかもしれないと。
 ルーのジャケットをぎゅっと握ってその痛みに耐える。ルーが心配そうに私をキツく抱きしめて、落ち着けるように背中をさすってくれた。私は声を絞り出して話を続けてほしいと頼んだ。

「駄目だ。体調が悪くなれば話はやめると約束したはずだ」
「だいじょ……」
「リク」

 子供を諭すように名前を呼ばれて、諦めるしかなかった。

「ルー」
「どうした?」
「わからないんです。わからないのに、なぜか怖くて……」
「大丈夫だ。ちゃんといる。リクも、私も生きている」

 ルーのその口ぶりは、私がなにを怖がっているのかをわかっているようだった。でもきっとそれがなんなのか、今のこの状態じゃ話してもらえないんだろう。
 だけど、生きている、その言葉を聞いてとても安心した。そのせいなのか訳もなく涙が流れ出す。次から次へとあふれて、こぼれ落ちていった。ルーに体を預けて、落ち着くまで泣いた。
 ルーは私が泣き止むまでずっと、なにも言わず抱きしめて静かに背中をさすってくれていた。暖かく大きな手に包まれて、いつもこの手に守られ導かれてきたのだと、もっと愛しく、恋しくなった。
 
「話してくださって、ありがとうございました」
「かまわない。私は、リクがリクらしくなって少し安心した」
「そんなに違いましたか?」
「随分と大人しかった」

 そう言って微笑む彼の顔は、安心した、というよりは満足そうだった。
 もう体調は大丈夫そうだなと確認して、立ち上がりながら私も立たせてくれる。気分も問題なさそうなら夕食にしようと、私の手を引いて歩き出した。ルーは本当に、私の手が機械油で汚れているなんて気にしていないようだ。離さないと言うようにギュッと私の手を握って先を歩いて行く。

「いつか」
「ん?」
「いつか、ルーのことも聞かせてください」

 振り返った彼がふっと笑って、そのうちなと静かに言った。私は、私の知らないあなたを知りたい。
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