Moon Fragrance

動きはじめる私の世界
02



 ロッジのいつもの部屋に入って、貰った銀粘土を近くにあった机に置いた。そして今日もやるかと大きな機械の前の床に座る。楽しみをひとつ見つけられたからか、確認作業がいつもより早い気がする。
 今日も夢中になっていると、部屋のドアがノックされた。私は振り返らずにどうぞーと声を掛けると、ドアが静かに開いた。靴音をゆっくりと鳴らして歩いてくるのはルーの歩き方だ。

「今日は、ノックしてくださったんですね」

 顔を上げて振り返りながら笑いかけると、ルーもふっと笑った。

「また頭をぶつけたら困るからな」

 もー、気配がいつもないからと考えているのが伝わったのか、くつくつと笑いながら窓際に置いている椅子に腰掛けた。

「今日はどうしたんですか?」

 私はまた機械のほうに顔を向けて作業を再開する。

「リクが思い出したことによって、何も気にすることなく側にいられるからな。4ヶ月余りを埋めなければならない」

 体調も悪いわけではないから側にいたいと思うのは自然だろう、と続けられて慌てて顔を上げそうになって思いとどまる。また頭をぶつけるところだった。それに気付いたルーが笑いを堪えている気配がした。
 慌てるのを知っていて、真っ直ぐな言葉を投げて私で遊ぶのも健在なようだ。

「リク。机の上に置いてあるこれは?」
「ああ、銀細工用の銀粘土です」

 私はちゃんと機械の中から頭を出してから、ルーのほうを向いて答えた。今日、動かなくなっているトラックの修理をしたときにお礼として貰ったんだと話した。

「アクセサリーに使われているものか。なにか作るのか?」
「まだ決めてません。小さな物なら幾つか作れると思いますけど、希望はありますか?」

 そう聞くと、ルーが手を顎に当ててふむと考える仕草をした。そして、いいのか? と聞いた。その問いかけはきっと、私が貰った物なのに自分が頼んでもいいのかということだろう。

「いいですよ」
「頼みたい物が2つある。だが、作るのはもう少し待ってくれ」
「わかりました。なにを作ればいいんですか?」
「それはまだ秘密だ。そのときが来れば、また頼む」

 私は目をパチパチとさせて頷く。欲しいものが2つ。でもそれは今じゃない。一体なんなのだろうと考えていると、なるべく早くはするつもりだと彼は言った。ますますわからなくて首を傾げれば、今は忘れろと言われる。

「作れる物にしてくださいね」
「リクなら大丈夫だ」
「だといいんですけど」

 ふふっと笑って私はまた作業を始める。下の方は問題なさそうだからと、1度頭を出してから寝転がるために機械と反対方向に体を向ける。すると、ずっと私を見ていたらしいルーと目が合って、急に恥ずかしくなった。
 はにかみながら寝転がって、機械の中に頭を突っ込む。こういうときの癖なのかルーに見られているのに足を組んだ。

「昨日と違って、今日は楽しそうだな」
 
 中を探っていると、ルーが静かに口を開いた。そう言う彼もなぜか楽しそうだ。

「わかりますか?」
「ああ。声が弾んでいる」
「さっき、トラックの修理をしたって言ったじゃないですか」

 私、そんなにわかりやすいんだと思いながら先を続ける。

「その後に、違う人にバイクの改造をしてくれないかと頼まれたんです」
「ほう」
「とても大きな剣を背負っている人で、頼まれたバイクも会社の展示室に置いてあったものよりも大きかったんです」
「大きな剣、か」

 そのつぶやきは少し興味を持ったような言い方だった。

「そうなんです! しかも6本に分離できて、そのどれもが重くて驚きました」
「相変わらずのようだ」
「え? 知ってるんですか?」

 私は勢いよく起き上がってルーを見ると、彼がふっと笑った。

「リクの言っている人間が、私の知っている男と一緒ならば、な」
「クラウドさんっていう、金色の髪がチョコボの羽みたいにふわふわした男の人です」
「チョコボの羽、か」

 その男だと言って、もう1度チョコボの羽と呟くとルーはとても可笑しそうに笑い出した。そう思ってしまったから例えたんだけれど、そんなに可笑しかっただろうか。
 そして一頻り笑って落ち着くと、1度だけ戦ったことがあると言った。
 あ、そうか、アバランチのメンバーだから元々は……。え、戦った……?

「戦ったんですか?」
「社長室を手に入れた日に、な」
「社長なのに、ですか?」
「そうだ。なかなか骨のある男だった」

 怪我はなかったんですかと慌てて聞くと、整備場で会った日に怪我をしているように見えたか? と言われた。見えなかったけれどと考えていると、その日より前に私とコンタクトを取っていれば心配してもらえたのかと呟いた。
 もう、この人は……。でもそっか、じゃあ。

「彼らとは、会わないほうがいいですか?」
「確執があるのは我々だけだ。リクが気にする必要はない。それに、楽しいんだろう? なら止める理由もない」
「レノさんにも同じことを言われました」
「誰もが同じこと言うだろうな。だが、私の名前は出さない方がいいだろう」

 わかりましたと言って私はまた作業を再開しようと寝転がろうとしてやめた。ふっと思い出したんだ。1度ロケット村に戻りたいって、言ってもいいのかな。でもルーは星痕だし、考えたくはないけれど私がいない間になにかあれば、私はきっと後悔する。
 また1人で悩み始めた私をルーが仕方ないと言った優しい顔で見ている。

「リクは忙しいな。悩むのは悪くない。が、聞いた方が早いこともある。聞けないことか?」
「あ、いえ……。いずれは、言わないといけないことなんです。でも……」
「でも?」

 黙り込む私を、ルーが静かに促す。

「でも、ルーはきっとやりなさいと言ってくれるはずで……」
「そう思っていながらも、それはリクの中で答えにはなっていないんだろう?」
「はい」

 そして私はまた俯いた。そんな私をルーがおいでと腕を広げながら言う。私は少し悩みながら目をパチパチとさせつつも、ルーの目の前へと立った。ルーがクスリと笑って私の手を引く。

「こればかりはいつも意図が伝わらないな」
 
 そう言った彼は、私を向かい合わせで膝の上に座らせた。なんだか前にもこんなことがあった気がする。戸惑っている私の頭を、髪を梳くようにルーが撫でた。

「なにを悩むことがある」
「……私、今持っているメンテナンスがすべて終わったら、1度ロケット村に戻りたいんです。どうやら、かなりシド兄に心配を掛けているみたいで……」
「ああ、確かにそうすればいいと言うな。だが、なにが心配なんだ」

 そう聞かれて、私は星痕で黒くなっているルーの手を優しく取って両手で包み込んだ。その手は少し冷たくも、しっかりとしていて私の手を軽く握り返してくれた。

「心配なのは、ルーの体です。もし、すぐに帰ってこられない場所で、ルーになにかあったら私……」

 嫌だ。大切な人がまた、私の前からいなくなってしまうことが。もう2度と触れられない場所に行ってしまうことが。
 泣きたくなかったのに、嫌な想像をしたら勝手に涙が一筋流れた。それをルーの空いている手の人差し指の背が優しく拭った。

「リクは、私が死ぬかもしれないと思っているのか」

 直接的な言葉に肩がビクッと跳ねる。堅く目を閉じて、そう思いたくないと思い切り頭を振った。

「私を誰だと思っている。こんなものに負けるほど、私は弱くない」

 わかってる。わかってるけれど……。どんなに調子がよくても、という患者さんがいた。それが怖いんだ。ルーは比較的に他の患者さんよりも痛む頻度が少ない気がする。それでもきっと体を蝕まれていることに変わりはない。
 今は興奮剤を薄めたもので紛らわせることしかできない。この病気は、なに? どうすれば治るの?
 私はルーの手を自分の頬へと当てた。勝手にこぼれ落ちる涙を止めることができず、私はルーのジャケットを濡らしていく。
 私が……。

「代われたらなどと考えるな」

 強くハッキリとした声に驚いて、私は顔を上げる。ルーを見ると、怒っているようではなかった。たぶん、私の悪い思考を止めさせるための言葉だ。
 涙すら止まった私の頬を優しく撫でて、抱き寄せた。

「ならばひとつ、約束をしないか?」
「やくそく、ですか……?」
「どんなときでも私のことを忘れるな。私も、どんなときでもリクを想っていよう」

 ルーの首元にうずめた顔が熱くなるのがわかった。この人は、私の心をくすぐるのが上手いんだ。わかったとしか言えなくなってしまう。我儘なのは私なんだから。それに了承するように頷くと、低い声がいい子だと言った。
 まだ先の話だろうと笑ったルーに、釣られて顔が綻ぶ。私の頬に添えられていた手が引き寄せて、押しつけるように唇が重なった。何も心配することはないと感触を確かめ、残すように私の唇を喰んでいる。
 腰がふわふわとしながら、それに応えるように夢中になっているとノックが聞こえてドアが開いた。慌てて体を離すも、私はルーの上に座っている……。

「リクさん、今日の夕食の相談なんですけど……。し、失礼しました〜!」
「え、ちょ……イリーナさん、まって……!」

 なにが違うのかわからないけど、違うんですと言いたかった言葉は届かずに、イリーナさんは再びドアを閉めてパタパタと走り去る音が聞こえた。
 手で顔を覆って膝の上から降りようとした体を、可笑しそうに笑い声を上げているルーに引き寄せられる。

「当分、邪魔者は来ないだろうな」

 そしてまた唇が重なった。ルーが満足するまで離してもらえないようだ。
 数日間、イリーナさんと顔を合わせるのが恥ずかしすぎて、どうにかなってしまいそうだった。
- 75 -
*前 次#


Moon Fragrance