小さな1歩
あれからまた1、2ヶ月ほど経った。医療機器の修理もあともうちょっとで終わりそうだし、クラウドさんのバイクも仕上げに入っている。でも今日はなんだか、朝からぼーっとしている気がする。体もふわふわしている感じがするけれど、たまにはこういうこともあるだろうと気にしなかった。朝起きてなにかおかしいと思ったらしいルーも、それ以外は普段通りの私を見つめて口を開こうとしてやめた。
いつも通り1度、患者さんたちのロッジを回って、昼前には街の広場へと行く。そこまでは一連の流れなので、雑だけれどレノさんも患者さんたちの包帯替えなども手伝ってくれる。送り迎えだけではなく、完全に護衛としてつけられてしまった。
最初はなんで俺までなんて言っていたのに、元々はとても面倒見がいいからか最近では比較的元気な子供たちに気に入られていつも囲まれて一緒に騒いでいた。
広場についてからはいつも通りだ。ある程度、記念碑建造の様子を見ていると、クラウドさんが迎えに来る。そしてセブンス・ヘブンへと行って、メンバーが続々と集まりだすとバイクの改造の作業を始める。
ティファさんは私が来るときは軽食を用意してくれているし、バレットさんも手伝ってくれていたけれど、できあがったバイク楽しみにしてるぜと言い残し、唐突に旅に出てしまった。大きな笑い声がひとつ減って、少し寂しい気がした。
マリンちゃんも初めは寂しそうにしていたけれど、人が多くなって楽しいのか少し慣れてきたようで最近はずっと私たちの作業を見ている。
「おっちゃん、剣の収納、最後のひとつできた」
「わかった。持ってこい」
言われた通りにそれを持って立ち上がろうとすると、ふらっとよろけた。
「……おい」
それを近くで見ていたクラウドさんが支えてくれた。私は彼を見上げて目をパチパチとさせる。
「ありがとうございます。ちょっと立ちくらみがしただけなんで、大丈夫ですよ」
「リク。熱があんじゃないのか?」
「ないよ。本当に立ちくらみしただけだから大丈夫!」
なんだか自分に言い聞かせている感じもするけれど、もし本当に熱があったとしてそれを認識してしまったら動けなくなる気がするからこれでいい。
改めてできあがった収納部分を持っておっちゃんの所へ行って手渡す。私の今日の作業はこれでタイムアップだ。いつも通りクラウドさんに広場へと送ってもらって、レノさんと合流してクリフ・リゾートへと戻る。
戻る間のトラックの中で寝てしまって、ついてからレノさんに起こされた。
「おい、姉ちゃん。着いたぞ、と」
「あ……、ありがとうございます」
「アンタ、休んだほうがいいんじゃねえか?」
なんだかさっきより体が怠い気がする。寝るんじゃなかったと思いながら、大丈夫ですと返した。
「社長はどうか知らねえけど、俺は、言ったからな?」
「はい……」
休みたくない。医療機器のほうは本当にあともうちょっとなんだ。やっと原因を突き止められた。あれができあがれば、持っている作業がひとつ減って楽になる。そしてルーも必要としている星痕の苦痛を和らげる薬も量産しやすくなる。一日でも早くさっさと仕上げてしまいたい。
その後にしっかり休めばいいんだ、なんて思ったのがバカだった。
いつものように機械に頭を突っ込んで、少し朦朧としてきた意識で原因の部品を取り外していく。
「ここを、これに換えて……」
いつになくカチャカチャと音を立てて、なんとか調達できた部品を取り付けた。最後に蓋を閉めて電源が入るかを確認する。
大きな機械は静かな電子音を立てて起動した。
「やった……」
やっとだ。慣れない機械に手間取りすぎて、かなりの時間を要してしまった。あとは報告して、キルミスター先生に確認してもらえれば終わりだ。でもその前に流石に休まないと……。
そう思いながら、私はその場で修理し終わった達成感に寝転がってしまう。気持ちが落ち着いたら部屋に戻ろうと思っていたのに、私はその場で気を失うように眠ってしまった。
「リク!」
意識の奥底で慌てた声が聞こえたけれど、私は目を開けられなかった。なんだか体が浮いているみたいにふわふわする。体の芯は寒いけれど、なぜか暖かい。少しずつ浅い眠りが覚醒へと近づいてくる。
「……さむい」
自然と口からポツリと言葉が漏れて、目を覚ました。頭がぼーっとして体が思うように動かない。泣いているわけじゃないのに視界が少し滲んでいる。また目を閉じて、寒くて震える体をさすろうとして、身じろぐと静かな低い声が聞こえた。
「リク……?」
呼びかけられて目を開けてもぼんやりとしていてよくわからない。自然と目が閉じて凍えているような小刻みの息をする。
心配そうに大丈夫かと聞こえた声は、とても優しくて安心する。
「さむい、よ……」
なんだか子供の頃の懐かしい感じを思い出して、甘えたような声が出る。
「ふっ、誰と間違えているんだ?」
微かな笑い声と共に聞こえた言葉に両親ではなく、今1番大好きな人なんだとわかってまた眠りに落ちていく。私を包み込むように力の籠もった腕はとても暖かかった。
ぼわぼわ響きながらカンカンと聞き慣れた金属を打つ音が聞こえてくる。これは、夢……?
目の前をみんなが、私の実家の工場にいた元従業員の人たちがせわしなく動き回っている。その中で私は事務所らしき部屋のソファーに横になって眠っていた。こんなことをしている場合ではないと焦りながら。
――無理をさせているな。
頭に響いた声は心配そうだった。夢じゃない。これは私の記憶だ。八番街にある鉄工所で、シスター・レイ移設の脚組を造っていたときの。
――話がある。すべて終わったら、聞いてくれるか?
とても真剣なこの言葉も、あのときに交わしたことだったのか。
愛しい人の膝に頭を預けて、綺麗な手が私の頭を優しく撫でている。確かあのとき、これが終われば、なんでも我儘を聞いてやるって。嬉しかったなぁ。なにがいいって思ったんだっけ。ああ、そうだ。
「うみ、行きたいなぁ」
自分の寝言が微かに聞こえて目を覚ます。朝になって体調の悪い私には、太陽の光は刺さるように眩しかった。目だけで辺りを見渡す。どうやら与えられている部屋のベッドの上にいるようで、さっきまで作業部屋にいたはずなのにと思いながらも、ガンガンと重く痛む頭は働かなかった。
隣にはいつもみたいに私を抱きしめて寝ている、ルーがいた。喉が渇いていて、けほっとひとつ咳が出るとルーが薄らと目を開けた。
「リク?」
「ごめんなさい、おこし――」
「体調は」
「へ?」
謝ろうとして遮られた言葉に首を傾げると、ルーが呆れた顔で溜め息をついた。
「作業部屋で倒れていた」
「倒れて? 寝てただけです……」
それと医療機器の修理が終わりましたと報告すると、彼がまた大きな溜め息をついた。
「それはわかった。助かる。だが、熱を出してあんなところで気を失っているのは、寝ていたとは言わん」
「ごめんなさい……」
子供を叱るような口調に謝ることしかできない。
「朝は熱がなかったようだったから、なにも言わなかったが……」
ルーと喋っている間にも咳が出る。挙げ句の果てにくしゃみまで出て頭にズンと響いた。完全に風邪をひいてしまったみたいだ。
「あの……、るー」
「なんだ?」
「迷惑を掛けておいて申し訳ないんですけど、うつしたくないので……」
「私の心配など――」
するなと言いかける言葉を遮って、できないと告げる。私はただの風邪だ。そんなことを考えていても、咳が出て鼻をズビズビと言わせている。そのせいでうつって、ルーになにかあれば私は私を許せない。それこそ全てを投げ出してしまうくらいには。私が悪いのに。
ルーが少し沈黙して、仕方なさそうにわかったと呟いた。そして彼の体温が離れる。
「イリーナを呼んでこよう」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
そう言った声は固かった。少し、怒ってる……?
私の頭をさらりと撫でて部屋を出て行こうとする。その後ろ姿を見て私は何故か、あ……と声を漏らした。それに振り返ったルーが、ん? と聞き返した。
「あの、話ってなんですか?」
「話?」
「すべて終わったら聞いてくれるか? って、八番街の工場で……」
それを聞いたルーの目が見開かれたあと、少しだけ嬉しそうに目を細めた。でも、まだそのときではないと言い残して静かに出て行ってしまった。
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Moon Fragrance