固い約束
4日も仕事を休んでしまったのは初めてだった。あの仕事量で熱を出したのことも初めてだったから、もしかしたら完全に記憶がなかったときになにも手に着かなかった反動で体にとっては意外と無理をしていたのかもしれない。1人で生活をしているわけじゃないので、いろんな人に迷惑をかけてしまった。
でも元気になった私のルーティーンは変わらない。医療機器の修理がなくなっただけで今日も広場へと行く。クラウドさんにもおっちゃんたちにも迷惑をかけてしまったので、謝らないと。もしかしたらもう改造は終わっているかもしれない。
「もう大丈夫だな」
「うん。ふふっ、ありがとう」
「ああ」
ルーが確認のためか朝の準備の前に私をぎゅっと抱きしめてくれる。額をこつんと合わせて、優しく微笑んだ。
敬語のほうもまだ少し出そうになるけれど、たった1日でかなり矯正させられた。です、ますを使うたびに言い直しさせられたのだ。期限を設けるとは一体なんだったのかと思うくらいにはスパルタで、今日はもう許してほしいと顔を隠した布団まで引っぺがされた。そのおかげと言うのか、そのせいと言うのかわからないけれど随分と恥ずかしさはマシになった。
「今日からまた広場に行くのか?」
「そのつもりだよ。心配?」
「少しな。無理はするな」
「もう元気だよ」
それが心配なんだとルーが笑った。それに私がくすりと笑い返すと、さらりと私の髪を梳いて着替えてくると部屋を出て行った。
私も着替えて1階のリビングへと向かう。タークスの皆さんはもう揃っていて、それぞれに元気になってよかったと言ってくれた。
「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
たまにはこういうこともあるし、医療機器の修理も終わってこちらも助かったから気にするなとツォンさんが珍しく笑った。
そして今日もいつも通り患者さんたちの所を回り、昼前に広場のほうへと行く。休んでしまって約束はしていなかったのに、どこかソワソワとした様子でクラウドさんが既に待っていた。
「お出迎えだぞ、と」
「……ティファとマリンが、心配していた。大丈夫なのか」
「はい! ごめんなさい。作業中断しちゃって……」
「いや……」
「心配してたのはアンタだろ。素直じゃねえな」
レノさんが揶揄うようにそう言うと、クラウドさんがムッとして顔を逸らした。
「ありがとうございます」
少し居心地が悪そうだったけれど、クラウドさんが頷いた。
私がいなくても記念碑は問題なかったようで、周りをちょっと確認したあとにクラウドさんとセブンス・ヘブンへと向かった。お店に着くと、マリンちゃんがお店の前で待っていて、私を見つけると駆け寄って抱きついてきた。
「リクお姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「うん。もう平気だよ。心配かけてごめんね」
私を見上げて問い掛けてくるマリンちゃんが可愛くて思わず笑顔になる。
マリンちゃんと手を繋いでお店に入ってティファさんと幾つか言葉を交わしていると、おっちゃんたちもいつの間にか集まっていた。
「リク、お前やっぱり熱があったんじゃねえか」
「へへっ、ごめんね。朝は熱がなかったから大丈夫だと思ってたんだけど」
「うちの頭(かしら)が戻ってきたことだし、仕上げやっちまうか」
「頭って……。でも、あれ? もう終わってると思ってたんだけど」
私がそう言うと、みんなが一斉にクラウドさんを見た。ティファさんとマリンちゃんまで。なにかあったのかと首を傾げると、ティファさんが口を開いた。
「クラウドがね、リクさんに頼んだことだから、最後の仕上げはリクさんにやってもらいたいって」
「ティファ、言わなくても……」
「言わなくても誰かが言っただろうよ」
おっちゃんにそう言われて、クラウドさんが大きな溜め息をついて切り替えた。申し訳ないけれど、それに笑ってしまう。
技術者としてそう言ってもらえるのは、本当にありがたいことだ。今日で終わりなら気合いを入れよう。
「よし、やっちゃおうか」
「おう!」
おっちゃんたちに頼んでいたバイクの大きさに見合ったエンジンと、その排気量に合わせたマフラーを換装していく。操縦時のバランスのためにまだ剣を収納して走るのは待ってもらっていた。
傷をつけないように注意して取り替えたあと、最終チェックとして1つ1つの部分を確認していく。おっちゃんにリストを見てもらいながらチェックマークをつけてもらう。
「うん。全部、大丈夫だね。クラウドさん、お待たせしました」
「助かった」
「剣も全て収納して、試運転してきてもらっていいですか?」
クラウドさんが頷いて、剣の収納機構を開く。取り出したりしまったりしやすいように、ちゃんと収納部分がせり出してくる。それを満足そうに見て1本1本、わくわくしているような面持ちでしまっていく。それを見ながら、おとうがどんな気持ちで人から修理を請け負っていたのかがわかった。お客さんのこの顔が見たいからだ。
「行ってくる」
「気をつけて」
クラウドさんがアクセルを捻って1度エンジンをふかしたあと、走り出す。エンジンの音も問題なかったし、走りも順調なようだ。どこまで行ったのか2、30分後に戻ってきたクラウドさんは満足そうな顔をしていた。
「大丈夫そうですね」
「ああ。快適だった。収納も問題ない」
それならよかったと伝えると、改造代はどうすればいいと聞かれた。私はティファさんたちに飲食代をタダにしてもらっているから断って、おっちゃんたちに渡してくれないかと言った。それに私はルーの元でお世話になっているから問題ない。欲しい物も特にはないし。
「リク、いいのか?」
「いいよ。昼食も作ってもらってたし、作業も楽しかったし」
「お前、商売にならねえぞ」
「商売するつもりないよ」
さて、そろそろ広場に戻らないとと考えていると、クラウドさんが思ってもなかった提案をした。
「あんたも後ろに乗るか?」
「いいんですか?」
「送るついでだ」
「ありがとうございます!」
嬉しくて大きな声が出ると、クラウドさんが珍しく笑った。後ろに跨がろうと思って車体に近づくと、自分が乗り込むにはかなり大きい。足が着かないだろうなと考えていると、クラウドさんが1人くらいなら支えられると言った。
それならと遠慮なく後ろに乗らせてもらった。私は初めて跨がったから今知ったのだけれど、サスペンションも大丈夫そうだ。
「つかまれ」
「ど、どこに、ですか?」
「肩か腰だ」
「失礼します」
それならと、私は恐る恐る肩に手を置かせてもらった。おっちゃんたちにまたねと手を振ると、行くぞと言ったクラウドさんがアクセルを回した。エンジンの回る音がして、振動とともにゆっくりと車体が動き出す。
「あんた、バイクは好きか?」
「初めて乗りましたけど、嫌いじゃないです」
「なら少し走ろう」
そう言ったクラウドさんは広場へ向かう道から外れて、街の外へと向かう道を走っていく。
街の外へ出ると人もいなくなるから、走る速度が上がった。車と違って何も遮る物がないから風で目が開けづらいけれど、体に当たる風圧は心地よかった。
「代金は本当によかったのか?」
風を切る音に負けないように、クラウドさんが大きめの声でそう聞いた。私も大きい声を出す。
「はい! 私は今回の楽しさと、クラウドさんの嬉しそうな顔で満足してます」
「そう、か」
「でもどうして、完成を待っててくれたんですか? 確かに頼まれたのは私ですけど、おっちゃんたちでもよかったんじゃ」
そう聞くと、クラウドさんが後ろに乗っている私をチラッと見て、少し居心地が悪そうにまた前を向いた。ここ数ヶ月でクラウドさんがかなり恥ずかしがりだということがわかった。
控えめになった声は少し聞き取りづらかったけれど、それでも話してくれた。
「あんたがバイクの改造を請け負ってくれたとき、世界で1つの物に自分が関われたら誇らしくないかと嬉しそうに言ったあんたに、最後まで任せたいと思った」
「私、ずっと父の背中を追いかけてきたんです。経営は下手くそでしたけど、どんな気持ちで仕事をしていたのかわかりました。ありがとうございます!」
「商売するつもりはないと言っていたが、修理の店を開けばいい」
え、お店? ずっと鉄工場に捕らわれていたけど、お店……。私にできるだろうか。私は怖い。失敗してしまうことが。
子供だった私には、なんの前触れもなく工場が潰れたように感じていた。村を飛び出してスラムで壊れた物を修理しながらその日暮らしをして、ちゃんと勉強をして神羅カンパニーに入社して、少しずつ私の知らない所で経営に綻びが出ていたことに気づき始めた。
お店、会社を持つということは一筋縄ではいかない。
「できるでしょうか」
ポツリと出た言葉は、背中を押してほしかったんだろうか。今、こんなにたくさんの夢を抱えてもいいんだろうか。欲張りすぎてはいないだろうか。
「何かを新しく始めるには勇気がいる。だが、俺はあんたが改造してくれたこのバイクでデリバリーの仕事をしている。もしあんたが店をやるなら、得意先にもするし宣伝もする」
あんたはたくさんの人間に信頼されている。そう続いた言葉にほんの少し勇気をもらった気がした。
もっと考えたら、もっともっと足踏みするかな。でも、それをするには、最初の1歩を踏み出すにはちゃんと考えなければいけないことだ。お店を開くにも、入り用だ。
悩み始めて無言になった私を邪魔することなく、クラウドさんが運転するバイクは街の方へと戻ってきていた。着いたと言われたときにはいつの間にか広場だった。
「ありがとうございます」
「お、やっと戻ってきたか」
「お待たせしました」
バイクから降りると、広場ではレノさんが待ちかねたように近寄ってきた。約束の時間、ちょっと過ぎちゃった。でも、バイクに乗るのは楽しかったな。
もう戻らないといけないから、もう1度クラウドさんにお礼を言うと今度は恥ずかしがらずに真っ直ぐと伝えてくれた。
「広場でエンジニアのあんたを偶然見つけただけだったが、あんたに頼んでよかった」
「私も請け負ってよかったです。あ! そうだ。今度、1度ロケット村に戻る予定なんです。シド兄に会うことがあったら、自慢しておいてください」
「あんたの最初の依頼か。わかった」
言葉もデリバリーに入るんだと可笑しくなってしまう。お互いに頑張れればいいと話して、レノさんに連れられて私たちはそこで別れた。
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Moon Fragrance