Moon Fragrance

今の私をつくる記憶
01



 中から爆発したような音と聞き慣れた声の悪態が聞こえてきた。

「だー! くっそ、ホントに鉄くずにしちまうか!?」
「駄目だよ。シド兄」
「んあ? リクじゃねえか!」

 私の声を聞いたシド兄が顔を上げてキョロキョロしたあと、出入り口に立っている私を見つけて大きな声を出した。周りにいた作業員たちもリクさんだ、お嬢さんだと口々に言いながら集まってきた。うちにいた従業員の人の顔もちらほら見られる。ミッドガルからここへ戻ってきていたらしい。
 私は作業用のベンチに置かれている爆発音を出した原因であろうものに近づいて周りから眺めて見た。

「おめえ、無事だったか」
「なんとか、ね」
「おい、おめえら休憩すっか」

 そう叫ぶと周りにいた作業員達が腰を落ち着けた。シド兄が頭をガシガシ掻いたあと、咥えていたタバコに火をつける。そのままドカリとその場にあぐらをかいて座り込んだ。私はまだ眺めたままシド兄に聞いた。

「ねえ、これなに?」
「なにって、エンジンだ」

 なんの? と聞くと、シド兄が新しいおもちゃで遊ぶ子供のようにへへっと笑った。

「新型の飛空艇のだ」
「試作はこれだけ?」
「いんや。オレ様のガレージにもいくつかある」

 何やら造っているらしいとは飛空艇のことだったのか。本当にタークスの情報網には驚かされる。
 あと私はひとつ気になったことを聞いた。天井の一部が補修されているのだ。それを見上げながら指さした。

「あの跡、なに?」
「あ? ああ、悪いな。バレットだ。修理はさせたが、ま、ドシロートだからな」

 バレットさんの右腕の銃を思い出して、あれはやっぱり本物だったかと思う。あの豪快な人だ、なにか感情に触れてぶっ放したんだろう。

「雨漏りがしなけりゃいいよ」

 とりあえず荷物を置いてくると言い残して、工場の奥にある家に続くドアをくぐって階段を上がった。自室だった部屋に入ってリュックを下ろす。出て行ったあの日からなにも変わっていない。ベッドに埃が被らないようにビニールが掛かっているのはシエラお姉ちゃんがやってくれたんだろうか。
 中から作業着と帽子、ゴーグルを取り出して着替えてまた工場へと戻った。完全に作業する格好で戻ってきた私を見て、シド兄が驚いた声を上げた。

「なんだおめえ。手伝うってえのか」
「楽しそうじゃん」
「知ってやがったのか?」
「なにか造ってるとだけね」

 シド兄がそれを聞いただけで興味を無くしたのかふーんと鼻を鳴らすと、膝をぱんっと叩いて立ち上がった。作業を再開するらしい。

「おいリク。おめえ、星痕は」
「ない」
「ならいい。参加する前にシエラんとこ行ってこい」

 そう言ったシド兄の声は何故か躊躇いがちだった。わかったと言って私は1度工場を出てシド兄の家へと向かった。ドアを開けるとシド兄だと思ったらしいシエラお姉ちゃんは私を見て目を丸くしていた。

「久しぶり。シエラお姉ちゃん」
「リクちゃん!」

 大きな声で私の名前を呼んだシエラお姉ちゃんの目には涙が溜まりだしていた。そして私に駆け寄って思いっきり抱きしめる。無事でよかったと涙声で言うシエラお姉ちゃんにもたくさん心配を掛けてしまったと申し訳なく思った。

「シドがね、夜になるといつもリクちゃんは大丈夫なんだろうなって呟くの。シスター・レイの移設のあと、今までどこにいたの?」
「クリフ・リゾート。タークスの人たちに助けられたの」

 よかったと呟いたシエラお姉ちゃんの手が目に入ると、よく見知った黒い痕ができていた。顔を上げてシエラお姉ちゃんを見ると、その手をさっと隠した。

「シエラお姉ちゃんも、星痕なの?」
「も、って? まさかリクちゃんも?」

 慌て出すシエラお姉ちゃんに違うよと落ち着けるように告げる。それを聞いてほっとした顔と悲しみの混ざった目で微笑んだ。
 誰か近くにいる人が星痕なのねと言ったシエラお姉ちゃんに、誤魔化すように笑って返すしかなかった。別にどうこうなることはないだろうけれど、あまり名前を出さないほうがいいと言われているから。でもきっと、私のその反応で誰が星痕を患っているかは気付いているだろう。

「いつまでここにいるの?」
「とりあえずは、自分が納得するまで、かな」
「その人は大丈夫なの?」
「うん。逆に1度村に戻らないとって思ってた私の背中を押してもらっちゃった」
「大切にしてもらってるのね」

 そう言ったシエラお姉ちゃんの顔は何故か自分のことのように嬉しそうで、私は口をパクパクとさせる。変に照れてパタパタと顔を手で扇ぐ私を、シエラお姉ちゃんがクスッと笑った。
 そう言うお姉ちゃんはどうなの? と聞き返すと、今度はお姉ちゃんが慌て始めた。でもそれだけで、昔みたいに荒い言葉でこき使われているわけじゃないみたいだ。なにがあったのかは、ここにいる間に聞いていけばいい。

「リクちゃん、もう工場に戻る?」
「うん」
「一緒に行きましょう。シドにお昼届けなきゃ」

 それじゃあ行こうかと私たちはシド兄の家を出て工場へと戻る。シド兄にお弁当を渡して、たくさんあるからと私もおにぎりを貰って食べた。シド兄はお弁当をガツガツとかき込んでさっさと食べ終わると、ああでもないこうでもないとブツブツ言いながらスパナでコンコンとエンジンを叩いている。
 そして試しにスイッチを入れたのか、モーターが回る音が聞こえた。

「ねえ、2人とも。ちょっと話があるんだけど」
「あ? なんだ?」
「どうしたの?」

 もっと静かな場所で言えばよかったのに、子供の頃から聞いているカンカンと響く金属の音が緊張を和らげる気がして、記憶が無いことを話すことに決めた。どうせ黙っていてもどこかで齟齬が発生してバレるんだ。その時は今話すよりももっと心配を掛けるだろう。

「私、シスター・レイの件で、そこから数ヶ月遡って記憶がないんだ」
「リクちゃん?」
「んだとぉ!?」

 シエラお姉ちゃんは戸惑っていたようだけれど、大声を上げてシド兄が大声を上げた瞬間、本日2度目の爆発音を聞いた。エンジンからはプスプスと黒い煙が上がっている。タイミングは完全に最悪だった。

「やっぱあんとき、おめえのことハイウィンドに乗せてりゃよかったんだ!」
「違うよ。あれでよかったの。じゃないと私、今シド兄のことすっごく恨んでると思う」

 私は立ち上がって暴発したエンジンの修正を手伝いながらこれまでのこと、少しずつだけれどなにを思いだしたのかを話していく。シド兄はまだ納得がいっていないらしく、難しい顔でエンジンと睨めっこしている。
 そして集中が途切れてしまったのか、クソッタレと汚い言葉を吐いてゴーグルを投げ捨てて工場を出て行ってしまった。それだけ心配を掛けていたということだろう。

「リクちゃん」
「わかってる。でも今は……」
「やらないとなにも進まないものね」

 今度はシド兄に変わってシエラお姉ちゃんが作業を再開する。とりあえず爆発した原因を取り除いて、近くに幾つも置いてある部品に取り替える。これが幾つも用意されているということは、ここが一番の原因なんだろう。
 もうみんな試しているんだろうけれど、外側を開けたまま出力を変えたり回転速度を変えてみたりと試していく。1度は自分の目でも確かめないといけない。
 そういえば、燃料はなにを積むつもりなんだろう。魔晄はもう使えない。技術的にも、星のためにも。

「ねえ、シエラお姉ちゃん。新しい飛空艇の燃料にはなにを積むの?」
「石油よ」
「石油?」

 そっか。石油か。確か石油は魔晄をエネルギー源として確立される少し前に見つけられた物だ。魔晄のせいで、使われることはほとんど無かったけれど。

「もう魔晄を使うわけにはいかないから」
「そうだね。見つけたの?」
「ううん。バレットさんが油田を探しに行ってくれてるわ」

 聞いていると石油が出てくる場所はロケット村から東に行った先に1カ所見つけたらしい。そこでシエラお姉ちゃんが汲み上げ作業をしていたけれど、世界をなんとか一周できる程度汲み上げられただけですぐに枯れてしまったという。
 油田がちゃんと見つかれば飛空艇だけじゃなく、他のエネルギー源として再び電気が灯り、この不安だらけの世界に希望の光が差すだろう。今度は星の命を削らない生き方で。

「だめかー」

 夕方過ぎ、ここに着いてからもう何度聞いたかわからない爆発音を合図に今日はお開きになった。

「リクちゃん、ちゃんと技術を磨いてきたのね。覚えていないみたいだけれど、ロケットのときもハイウィンドのときも、今も。ちゃんと見てて思ったわ」
「これしか取り柄がないからね」
「そんなことないわ。ふふ、どうする? 晩ご飯食べていく?」

 私はシエラお姉ちゃんの提案に首を横に振った。私もだけど、シド兄もまだ気まずいだろうし。
 なにかあったらちゃんと言ってねと言われて頷いた。シエラお姉ちゃんはニコッと笑ったあと、工場を出て行った。私も1度家の中へと戻って作業着を脱ぐ。あとだと面倒になるだろうからまずはベッドの準備をして、休憩のためにちょっとだけ横になった。
 ここに来てからまだ数時間だというのに、毎日一緒にいたからか彼の低い声と温もりが既に恋しくなっていた。でもそんなことで連絡は取らないと決めている。自分が鈍ってしまわないように。
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