Moon Fragrance

今の私をつくる記憶
02



 ふうと一息ついて起き上がる。日も完全に落ちて、虫の鳴く声が聞こえ始めた頃、私はまた外へと出た。向かうのはおとうとおかあのお墓。私はそこに、村を出てからずっと使っていた自分の工具を見せるようにひとつ置いた。
 傷はついているけれど、おとうたちの年季の入った道具とは比べものにならないほど新しく見える。今の私が精一杯やってきた10年近くの軌跡。それでも、まだ足りないんだ。

「おとう。私、おとうに追いつきたい。そして、おとうを超えたいんだ。だから戻ってきたの。諦められなかったよ。だから……たくさんの人に心配かけちゃった。おとうも、おかあも心配したよね。ごめんなさい。私、宙だけじゃないんだ。ここに来るまでに、やりたいなって思ったこと、幾つかできたの。今は夢って言えるのかわからないけれど、叶えばいいって思ってる。記憶もちゃんと取り戻しながら、まずは目の前にあること1個ずつクリアしていきたい。自分に自信持ちたい。勝手に参加しちゃったけど、魔晄エネルギーを使わない新しい飛空艇、飛ばしたいなぁ」
「それがおめえの本音か」
「シド兄! いつの間に!?」

 いきなり後ろから声を掛けられて飛び上がって振り返ると、何故か手に酒瓶とコップを2つ持ったシド兄が立っていた。

「けっ、ぼそぼそぼそぼそとお化けが喋るみてえに外がうるせえから見に来たんだ」
「酒盛り道具を持って?」
「うるせえやい! おいリク。ちょいと酒に付き合え」

 そう言ってシド兄は暗い夜道をスタスタと歩いていってしまう。私、お酒飲めないんだけどなぁ、と思いながらその後ろ姿を追った。
 行き着いたのは神羅26号があったはずの発射台。村に到着して気になってはいたけれど、昼間はなんとなく足が向かなかった。今じゃロケットが照らされていた灯りもなく、ただ暗い空に発射台の影だけが浮かび上がっていた。
 シド兄はすぐ近くの地面にドカリと座って酒瓶の蓋を開けると、2つのコップに並々と注いでいく。

「シド兄、私お酒飲めない」
「あ? 歳だけ大人になって、ガキのまんまかよ」
「そういうシド兄は中年のオッサンみたい」

 ルーとそんなに歳は変わらないはずなんだけどなと思いながら私も腰を下ろした。んだと? と食ってかかりそうになるシド兄を笑いながら、そのまま寝転んで発射台を見上げる。月と星だけが綺麗だった。

「シド兄」
「なんだ」
「心配かけてごめん」
「だーれがおめえみてえなお転婆娘を心配してたって? 寝言は寝て言え」

 そこまで威勢がよかったのに、生きてりゃいんだよと聞こえるか聞こえないくらいの微かな声で呟かれた言葉は、すぐに夜の闇に飲み込まれた。

「おめえんとこの元従業員、全員戻ってきてねえが無事なのか? 専務のオヤジ、くたばってねえだろうな」
「あっちに残ってる皆も元気だよ」
「そうかよ」

 シド兄は呟くと、タバコの煙をくゆらせながら発射台を見上げた。そして1口、お酒の入ったコップに口付けた。

「なくなっちまったなぁ。ロケット」
「寂しい?」
「そりゃおめえだろ。エンジン内部に落書きしてやがったよなぁ」
「え!?」

 なんで、それを……。おとう以外にはバレてないと思ってたのに。あー、シド兄にまでバレてたなんてと、恥ずかしくて立てた足をバタバタとさせた。そんな私を横目で見て、埃が立つだろ暴れんなと笑っている。
 そうだよね。飛ばなくなったロケットを何年も整備してたのはシド兄だ。見つけないはず無いか。

「話せるようになりたいって、誰とだ」
「忘れた!」
「嘘つくんじゃねえよ」

 覚えてる。覚えてるよ。舌っ足らずで口下手だった子供の私が、星に願うように書いた言葉。プレジデントの仕事で何度かここに連れてこられていたルーと、次こそはちゃんと話せるようになりたいって。
 その後、大人になるまで会えなくなるなんて思ってなかったし、覚えてはいたけれどいつの間にか記憶からは薄れていた。こんなところでハッキリと思い出すなんて。

「叶ったか」
「うん」

 叶ったよ。時間が掛かりすぎてあの時の男の子だと気付かないくらいに成長した彼と、叶いすぎじゃないかと思うくらいには。

「シド兄はさあ、宇宙に行けたんでしょ? どんなだった?」
「真っ暗だったぜ。オレ様はよう。この星はとんでもねえくれえ、でけえと思ってた。でもな、真っ暗な空間に浮かんでたこの星は、すげえちっぽけだった」
「そっか」

 この星は、とても大きな空間に浮いているのか。もし今でも宇宙開発が進んでいたら、この星とは違う場所を見つけて、人間とは違う生命を見つけていたんだろうか。シド兄はまだ、宇宙を夢見ているのかな。
 2人揃って無言になる。シド兄が紫煙をくゆらせながらお酒を流し込むと、シド兄にしては珍しく躊躇いがちに口を開いた。

「なあ、リクよぉ。記憶なくしてもこの数ヶ月生きてきておめえは、その記憶を取り戻してえって思ってるか? 大事なもんか? 酷くつれえことならどうする」

 酷くつらいこと。きっと、私がこの村を出て行ったきっかけのことを言っているのかも知れない。別のことかも知れない。それとも、もしかしたら私が知らないシド兄の記憶のことを言っているのかも知れない。

「シド兄ならどう思う?」
「あ? オレ様が聞いて――」
「私はね、どんなにつらくても、そのとき消してしまいたいって思ってたことだとしても、いらない記憶なんてないと思ってる。じゃないと、今の私はいないって言いきれる」

 そうだ。村を出るきっかけになったあの記憶だって、いらない物じゃない。だって、アレがないと私はきっと、どこにもいない。いい記憶なんかじゃない。だけど、駄目にならなかったってことは、強さに変えられてる。

「オレ様はよぅ。消したい記憶なんて、山ほどあらぁ。でもよ、どんだけ自己満足でも記憶がねえと、間違いも正せねえし謝れねえもんなぁ」

 アイツは間違ってなかったんだと呟いた言葉は、きっとシエラお姉ちゃんのことを言っているんだろう。

「おめえの言ってることは正しいと思うぜ。うだうだやってても仕方ねえ」

 シド兄が勢いよく立ち上がって、やるぞー! と大声で叫んだ。何故かその瞬間、頭の中で大勢の笑い合う声が聞こえた気がした。ロケットも見えた気がして目をこする。ロケットの整備をして、一日がかりでエンジンの整備をした日の夜だ。疲れなんて感じなかった。やる気に満ちあふれてた。

「シド兄……」
「なんだ? 呼んだか?」
 
 シド兄たちが乗り込んできて、私はシエラお姉ちゃんにロケットから追い出されて……。涙が一筋こぼれる。
 わんわん泣いた。あの時、ここで。ロケットに向けて駆け出しそうになる私を、ルードさんが腕を掴んで引き留めたんだ。

「シド兄のバカ!」
「お!? てめ、なにを……!」

 いきなり罵倒した私をシド兄が目を白黒させながら、見下ろしている。当たり前だ。普通、こんなことはしない。しないけれど、あの時どうしても言ってやりたかったことを思い出してしまったから。

「私、わたし、心配したんだから! シド兄もシエラお姉ちゃんも、みんな死んじゃうんじゃないかって!!」
「おめえ、もしかして……、思い出したか!?」

 私はあの時と同じようにわんわん泣きながら頷いた。シド兄がへへっと笑いながら、また座った。寝転がったままで顔を覆って泣いている私の頭を、ガシガシと乱暴に撫でる。

「泣くんじゃねえやい。生きてんだろうが」

 言葉はいつもの粗野な感じだけれど、声は優しかった。

「そういう問題じゃない!」
「るせぇ! 生きてりゃいいんだよ! 自分に従って、生きて、やりたいことできりゃあ充分だぜ!」

 シド兄らしい。でも、同感できてしまうくらいには、似ているのかもしれない。
 シド兄が今度こそ帰るつもりで立ち上がった。そして私を見下ろす。

「そういやおめえ、クリフ・リゾートにいたんだってな。神羅の保養地だろ? また戻んのか? それともずっとここにいんのか?」
「ずっとじゃない。戻るよ」
「リクのやりてえこと、か。そりゃ、ここじゃできねえことか?」

 私はその問いに力強く頷いた。1番はあの人の近くにいたい。微かな願いは、彼が近くにいてくれるかわからないけれど小さくてもお店を持てたら……。こんなこと考えたくないけれどもし、断られたら、私はどちらを選ぶんだろうか。

「なにやりてえんだ」
「言わない」
「あ?」
「まだ、1番聞いてほしい人に聞いてもらってない」
「けっ! そうかよ。おめえは――」

 ――諦めんじゃねえぞ。
 風の音や虫の鳴く声に負けるほどの小さな声は聞こえなかった。

「え? なんて言ったの? 聞こえないよ」
 
 私は起き上がって振り返るとシド兄に聞き返した。

「さっさと寝ろっつったんだよ! 寝坊すんじゃねえぞ!」

 叫ぶようにそう言って、シド兄は私のために注いでいたお酒も煽るように飲み干すと、持ってきたものを抱えて家のほうに戻って行ってしまった。私も戻って寝ないと。そういやまだお風呂にも入ってないんだった。工場跡を使っていたおかげか、水もガスも使えるようにしてくれるみたいだし、さっさと入って今日は寝てしまおう。
 明日から本格的に、頑張るんだ。
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