自分を信じる
ロケット村に戻ってきて、秋が来て、冬が来て、春が来た。そしてまた季節が巡り夏が来た。いや、もう秋に差し掛かってきている。運命のあの日と呼ばれた日から、2年が経とうとしていた。
ルーと、あまり連絡は取っていない。あまりというのは、ルーから流れるような綺麗な字で一筆を添えて贈り物が届けられるから。レノさんがいつも広場でクラウドさんに頼んでいたらしい。彼が元気だというのはその贈り物が届けられるときに、元気だと伝えておいてくれとだけ言っていたらしい。
誕生日には珍しい生花のプリザーブドフラワーが。クリスマスには紅茶と綺麗な焼き菓子が贈られてきた。愛しているとの一言がいつも添えられた贈り物。これじゃあまた好きな物が増えてしまう。
私はというと、ミッドガルやジュノンのようなお洒落なお店はここロケット村にはない。なにを返すのか凄く悩んで、いま私にはエンジンや飛空艇を組み立てた際に出てきた廃材の金属でチョコボやサボテンダー、子供の頃によくテレビで見ていた犬のスタンプなどの小さな模型を造って届けてもらった。邪魔にならないだろうかとは考えたけれど、これくらいしかここからプレゼントできるものが思い浮かばなかった。
飛空艇ももうそろそろ完成する。肝心のエンジンは、まだ不調だった。シド兄が考えている出力にまだ届かず、あともう少しの所でいつも通り爆発音をあげて黒い煙を吐いた。バレットさんが油田を見つけてくれたっていうのに。
それになんだかまた、世界が騒がしいようだ。シド兄はなにか知っているらしく、焦っているようにイライラしていた。
ここに来て、何百回と嫌になるほど聞いた爆破音を今日もまた聞いた。
「もー! どうすればいいの!」
ハイウィンドを超えたい。魔晄エネルギーは使えないし、超えなければ新しい飛空艇を造る意味がない。
「リクちゃん、ちょっと休みましょ」
「シエラお姉ちゃん……」
どうやら私にもシド兄のイライラが伝染しているらしく、ここ最近はずっとピリピリしていた。焦れば焦るほどどうすればいいかわからなくなっていく。
「ごめん。シエラお姉ちゃん。頭冷やしてくる」
私は作業帽とゴーグルを取り外して床にパサリと落として工場を出た。肌寒くなり始めているのに言葉通り、外の水道で頭に水を被る。頭を振って乱雑に水気を取り払い、とぼとぼと歩いた。ルーには見せたくない情けない姿だった。
目の端にお墓が映った。それに誘われるように、おとうとおかあのお墓の前に座り込んだ。
「おとうとおかあならどうする?」
返ってくることのない返事に、自分の無力さに悔しさが募る。最近は朝起きるのも億劫だった。また今日もあの爆発音を聞かなければならないのかと思うと、ここに来た日にシド兄が叫んだ鉄くずにしちまうか!? を私まで言ってしまいそうだった。
おとうとおかあはロケットの部品を造るのに、どんなふうに向き合っていたんだろう。失敗なんて数え切れないくらいたくさん繰り返したはずだ。私には、根気が足りていないのかな。
「こんなことじゃ、おとうを超えたいなんて笑われるね」
こんなことでルーに電話したら、呆れられるかな。でも、声が聞きたい。
作業着のポケットからケータイ端末を取り出して見つめる。本社ビルの医療フロアで教えてもらった連絡先。彼からの好意は向けられていたけれど、あのときはまだ、こんなふうになるなんて思っていなかった。
初めての電話は、ルーとすれ違っていて躊躇った。今は、自分が情けなくて躊躇っている。自然と動いた指は彼の電話番号をタップしていて、掛けてしまった直後に慌てて切った。
こんなことをしていてもやらなければ仕方がないと立ち上がったとき、彼から折り返しの電話が掛かってきた。出る決心がつかなくて、2コール3コールと電話が鳴り続ける。1度切れて、また掛かってきた。私はそれに恐る恐る出て耳に当てた。
『リク……?』
ずっと聞きたかった声だ。低く、優しい大好きな声が私の名前を呼んでいる。電話口で無言になる私を、ルーはもう1度静かに呼んだ。
『なにかあったのか?』
「るー、ごめっ……まちがって……、ひっく……」
暖かい声にいろんな想いが込み上げてきて、自然と涙がこぼれ落ちる。止まらなくて嗚咽を漏らしながら、間違って押してしまったのだと嘘をついた。けれどルーはどうして私が電話を掛けたのかわかっているだろう。
『泣いているのか。私の恋人は、可愛いくらいに泣き虫だ。キミの仕事は専門外だが、話してみるか?』
鼻をスンスン言わせながら、言葉が出てこない私をまた優しく呼ぶ。でもそれは、小さな魔法のように私の言葉を引き出した。
「どう、すればいいか……。ずっと、上手くいかなくて、みんな焦ってて……」
涙声を聞いているのもつらいだろうに、ルーは言葉を挟まずにめちゃくちゃになっている拙い話を静かに聞いてくれた。
「わたし、自分がっ、情けなくて……」
『遠いと抱きしめてやれないのが難点だな』
電話越しにもルーがふっと笑ったのがわかった。
『リク。見当違いのアドバイスをしていたなら申し訳ない。だが、キミが子供のころ、親父さんはどうしていた? キミはちゃんと背中を見て育っているはずだ。新しいものは、目の前にしかないか? 立ち止まったなら、たまには振り返るのも悪くはない』
「ふりかえる……?」
『リクが私に贈ってくれた可愛い置物は、なにからできている? キミはなにから新しいものを作りだした?』
廃材……、古い物……。遠くにあるハイウィンドが目に留まった。古い、次の飛空艇の前身となるハイウィンド……。構造書は頭に全て入っている。だから全部知っているつもりでいた、構造も変わるからと真剣に見ていない。
完全に頭が冷えた。私は思い上がっていた。そうだ、おとうも知っているはずの知識を、何度も確認していた。知っているからと、知識と技術があるからと、なんでも最初からできるわけじゃない。目の前の物だけじゃなくて、たまには振り返ればヒントがあるかも……。
「ルー!」
『ん?』
「ありがとう!」
『ああ。やはりその声がいい』
さっきまでべそべそと泣いていたのに、元気になってしまった。焦っていたイライラも、もう消えてなくなっていた。
『リク?』
「なあに?」
『私が年寄りになる前に帰ってきてくれ』
笑いながらそう言った言葉に、私も釣られて笑いながらわかったと返す。久しぶりに聞いた声は元気そうでよかった。
『またなにかあれば、躊躇わずに掛けてくるといい。答えられるかわからないが、話くらいなら聞いてやろう』
「うん、そうする。ありがとう。またルーに助けてもらっちゃった」
『助けるとはまた違う。大切な者の力にはなりたいだろう』
「え、あ……」
真っ直ぐな言葉も久しぶりに聞いて、今度は恥ずかしくて顔が火照る。ルーが電話越しに慌てている私を笑って、ふうと一息ついた。
「なにかお礼がしたいな」
『言っただろう。年寄りになる前に帰ってきてくれと。それだけでいい』
愛していると続いた言葉がくすぐったくて、ふふっと笑う。私もその言葉に愛していますと返して、電話を切った。
大切な者の力になりたい。うん。私がルーの恋人になってから、ずっと私を突き動かしていたものだ。やろう。ルーの言ったとおり、年寄りになる前に納得して帰らなくちゃ。
ケータイ端末をポケットにしまって、私はもう使われることのないハイウィンドのほうへと向かった。
あまり電力を消費しないように非常用の電源を入れてハイウィンドを起動させる。昇降タラップを稼働させて乗り込むと、静かな唸りが体に響いてきた。記憶がない私には初めて乗ったようなものなのに、そんな気がしないのは体は記憶しているんだろうか。まずは機関室へと向かった。
「リクちゃん?」
タービンを覗き込んでいると、言わずにここに来たのにシエラお姉ちゃんが機関室の外にいた。
「シエラお姉ちゃん」
「戻ってこないと思ったら、どうしたの?」
「なにかヒントがないかなって」
「手伝ってもいい?」
「ありがとう」
構造書で知っていても、シエラお姉ちゃんと2人で改めて自分の目で確認していく。集中して見ていると、ふと機関室の出入り口が気になってそちらを見た。
――ご苦労。
声が聞こえたわけじゃなかった。なんだかそう言ってもらったことがあるような、そうんな気がする。
「ねえ、シエラお姉ちゃん。前にも、ここで話した?」
「ええ。神羅の人たちがハイウィンドを借りに来た日に」
なにか思い出したの? と聞かれた言葉になんとなくと答えた。でもまだハッキリとしない。
「リクちゃん、ルーファウスさんにご苦労って言ってもらってたわね」
ご苦労って、今見えた気がしたのは本当にあったことだったんだ。もしかしたらハイウィンドの中を少し見て回ったら、他になにか思い出すかも。でも今は、こっちに集中しよう。せっかくまた、手を引いてもらったんだから。
それから毎日、私たちはエンジンの改良作業を終えてからハイウィンドへと向かった。また少しずつ焦り始めたころ、シエラお姉ちゃんが思いついた。
「ねえ、リクちゃん! ここ」
「そっか、エンジンばかり気にしてたから」
「ちょっと重くなっちゃうけど、これなら強度を優先させましょう」
もう今日の作業は終わっているのに、2人で頷きあって工場へと戻る。エンジンだけでどうにかすることを考えていた。タービンへの接続や、吸気、排気も調整して空気の送り方や燃焼のさせ方も調整すればなんとかなる。
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Moon Fragrance