Moon Fragrance

自分を信じる
02



 1度、シド兄の家へと向かってシド兄を呼び出した。

「シド兄!」
「なんだ!? あっち!」

 椅子に座ってゆったりとお茶を飲んでいたシド兄は私の声に驚いて飛び上がった。どうやら飲んでいたお茶がかかったらしく、あたふたしている。

「ごめん。でもエンジンなんとかなるかも! 手伝って!」
「ホントか! よ〜し、オレ様もいっちょやってやるぜ!」

 3人で気合いを入れてエンジンへ向かう。シド兄に経緯を話しながら、シエラお姉ちゃんとの考えを照らし合わせて進めていく。
 まずは明日やろうと決めていた爆発した部分を取り除いて、新しいものへと換える。

「エンジンの装甲はどうする? 計算上だともう少し薄くできる。でも調整するのはかなり――」
「リク。おまえがやれ」
「へ!?」
「シド兄のほうが確実――」
「おやっさん超えてえんだろ。だったらやりやがれ」

 技術に関しちゃ逃げる男じゃなかったと言われたらやるしかない。でもエンジンは1番肝心な部分だ。少し怖じ気づいている私がいる。

「おやっさんの言葉思い出せ」
「職人なら技術と指先に命を賭けろ……」
「そうだ。技術に命を賭けてもいいと思ったから村出てったんだろ。今までやってきたこと見せてみろよ」
「わかった。やる」

 逃げないって決めた。あのときに。
 あのとき、って……? ハイウィンドの整備のために村に戻ってきたときだ。逃げていたことから目を反らせなくなって、自分の誇りに賭けてやると決めた。

「っ……」
「おい、リク!」
「リクちゃん!」

 私は頭を抑えてふらっとよろける。それをシエラお姉ちゃんが支えてくれた。
 北の大空洞に行った。セフィロスを追いかけるために。その途中でタイニー・ブロンコを見つけて、社長であるルーの前で失敗もした。ハイウィンドの中でシド兄たちに会って……、確かにティファさんたちもいたし、処刑ってそうか。あの後、ジュノンで……。

「大丈夫! 思い出しただけ! シド兄、やっぱりあのとき、私はハイウィンドに乗らなくてよかったよ」

 私は私に従っただけだ。後悔してない。やれる。

「炉に薪をくべよう。新しくエンジン装甲を打ち直す」
「本当に大丈夫なんだな?」

 それに強く頷き返すと、わかったと言って落ち着いている炉の火を入れ直した。
 まだ電気のついている工場が気になったのか、他の従業員たちがどうしたと戻ってくる。わけを話すと、もう遅い時間なのに皆がやる気になって工場内に金属音がひっきりなしに響いた。
 夜が明けてもそれは変わりなく、できたものから順にエンジンの形へと作り替えていく。本来は空へ飛ばせるものだ。強度のためと言っても軽い方がいいのは事実。あとは、ギリギリまで削る。

「ねえ、静かにならなくていい。そのまま作業続けてて。そっちのほうが落ち着く」
「わあった」

 私はエンジンの前で集中するために目を瞑る。自分の指先がわかるギリギリの厚さの違いは10?。おとうがわかる厚さは3?。そこまでいける? 少しでも他の場所と厚さが変われば歪みになって、亀裂が入り事故に繋がる。
 1度、内部を触って厚さのずれを確かめる。分厚くなっている所を一削り。ここが今までの私の限界。これを誤差にしてはいけない。
 ――人の命を乗せるものにたったの誤差なんて存在しねえ。

「わかってる。おとう」

 グラインダーを当てすぎてはいけない。だからといって当てるのが軽すぎても修正が難しくなるだけ。次、1度で決めないといけない。また目を瞑って指先に全神経を集中させる。ぼやあっと、猫背で機械に向かうおとうの背中が見えた気がした。
 わかる。少しの引っかかりが、少しの膨らみが。今までの私の限界を超えた、僅かな厚さが。
 ――キミならできる。
 ヘリのときに聞いたルーの声だ。やれるよ。大丈夫。やらないと、納得してあなたの所へ帰れない。

「これだ」

 ほんの一瞬、グラインダーを触れさせただけ。飛び散る火花も微かなものだった。最後に全体を触って確認する。誤差は感じない。

「シド兄、できた! 次!」
「おう!」

 飛空艇のエンジンは大きなものが2機。シド兄はできた1機を新しい飛空艇へと運び出していく。単体で起動させても意味がないから、飛空艇に取り付けて確認する。だからもう1機もやってしまう。

「シエラお姉ちゃん、こっちもできた!」
「これも運び出しちゃいましょう」
「接続は任せていい?」
「もちろん」

 気がつけばお昼も過ぎている。集中しすぎて目もしょぼしょぼするし、頭の中もぼんやりしていた。このまま手伝えば、私自身が事故を起こしそうだ。シド兄たちも、ある程度の接続は済ませて最終確認の前に一休みするらしい。私もそれまで自分の部屋で寝ることに決めた。
 夕方頃に目を覚まして飛空艇へと集合する。

「おいシエラ、リク。失敗すれば機体も損傷する。信じていいんだな」

 私とシエラお姉ちゃんは顔を見合わせてニコッと笑ったあと、シド兄に向き直った。そして答えた言葉は揃っていた。

「もちろん」
「やるぞ。出力あげろ!」

 シド兄の合図を元に、機関が唸りを上げて徐々にエンジンの回転数が上がっていく。あともう少しでこれまでのエンジンの限界値に届く。もちろんと答えたものの緊張しているのは変わらない。みんなが固唾を呑んで見守っていると、予定値に達した。そのまま10分間この状態を保たなければならない。
 その10分がとても長く感じた。誰も言葉を発しない。ただただ、モニターに映った数値を見続ける。あと3分、2分、1分……。

「よっしゃあ!」
「やったー!」

 そこにいた全員が大きな声を上げて作業帽を上へと放り投げた。たくさんの帽子が宙を舞って落ちてくる。私とシエラお姉ちゃんは抱き合ってきゃあきゃあ言ってるし、シド兄も勢いで私たちに抱きついてきたけど慌てて離れていた。
 みんな疲れているはずなのにその日は日付が変わってもお祭り騒ぎで、なんなら作業に参加していない村のお爺ちゃんやお婆ちゃんまで騒いでいた。
 あとはプロペラを取り付けて飛行テストをすればいい。それで新しい飛空艇は完成だ。

「名前どうするよ」
「シエラ号」
「リクちゃん!?」
「だって、新しいエンジンの調整方法を見つけたのはシエラお姉ちゃんだよ」

 エンジンの肝心な最終調整をしたのはリクちゃんなのにと言いながら、シエラお姉ちゃんが恥ずかしそうにしている。シド兄はそうかと言いながらなにかを考えていた。

「リク、おめえまた願い事書いてけよ」
「いいの?」
「また叶うかもよ」

 それじゃあ遠慮なくと、蓋を閉めて溶接してしまえば見えなくなる所に走り書く。
 ――あなたの夢も叶え。
 私の夢だけじゃない。失われた技術でできあがった飛空艇シエラ号を作り上げられた私たちのように、誰かの夢も叶えばいい。

「なんて書いたの?」
「内緒!」

 これがバレるのは、遠い未来。この技術が本当に過去のものになったとき。
 シエラお姉ちゃんにふふっと笑いかけて、今日はもう休むことにした。明日からは少し楽になるだろうと思いながら、存分に寝た。寝過ぎてしまった。勝手に上がり込んできたシド兄に叩き起こされるまで。

「おめえも、まーた世界が騒がしいのはなんとなくわかってんな? 明後日、ミッドガル方面へ行く。おめえはどうする」
「どうするって……」

 悩んで俯いてしまう私にシド兄が続けた。

「まだ自分に納得できねえか?」
「わかんないよね。目標はもういないんだよ」
「おめえの自信はあれじゃ足りねえか?」

 シド兄は窓から見えるシエラ号を指さした。

「おめえはよぅ、最後にはやるくせに悩みすぎなんだよ。そんなことじゃ気付いたらババアになっておっ死(ち)んじまってるぜ。クラウドのバイクも改造したんだってな。自分の足で進めてんじゃねえか」
「シド兄……」
「おめえの姿におやっさんの姿が重なったって誰もが言ってるぜ。ちったぁ自分のこと信じてやれ。明朝だ。遅れんじゃねえぞ」

 そう言い残してシド兄は出て行ってしまった。
 自分のことを信じる……。いつかは、忘れないといけないこともある。それは今なのかもしれない。最後にはやるくせに悩みすぎ、か。
 わかったよ、シド兄。今度は逃げるために村を出るんじゃない。ちゃんと自分の足で立っていこう。
 次の朝早く、荷物をまとめて家を出た。生まれたときから過ごしてきた家を。まずはお墓に寄っておとう達に会いにいく。
 
「おとう、おかあ。今度こそちゃんと、いってきます!」

 これ以上の言葉はもういらない気がした。戻らないなんて意地は張らず、次は里帰りとして戻ってこよう。持てる限りのいい報告をたくさん抱えて。肌寒く感じる季節になってきたのに、少し暖かみを帯びた風が私の横を吹き抜けていった。
 そして言われたとおりにシエラ号へと向かう。昇降タラップのところでシド兄が仁王立ちで待っていた。

「来たか。まだ悩んでるかと思ったが、いい顔じゃねえか。あっちに着くまで頼んだぜ。整備士長殿」
「わかったよ。艇長」

 私は見送りに来てくれていたシエラお姉ちゃんのほうを振り向く。

「シエラお姉ちゃん、星痕、負けないでね」
「大丈夫よ。リクちゃん、いってらっしゃい」
「いってきます!」

 私はにっこりと笑ってシエラお姉ちゃんに応える。そしてシド兄と2人でシエラ号へと乗り込んだ。まずは各地にいるシド兄の仲間たちを拾って回るらしい。
 短い旅路はとても賑やかになった。
 
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