Moon Fragrance

いつかみたゆめ
01



 新しい飛空艇、シエラ号に乗って1年半ぶりくらいに街のほうへと戻ってきた。途中でバレットさん、ユフィさん、レッドXIIIさん? とWROの仕事で忙しいらしいリーブさんの代わりにケット・シーを乗せて。

「街がすごく成長してる」
「せやけど今は……」

 街は驚くほど発展し、建物が増えて街らしくなっていた。でもそんな近づいて見た街の中で、ケット・シーが言い淀んだように見たこともない大きな獣が逃げ惑う住人たちを追い立てていた。

「なに、あれ……」

 まるで猛獣のようだった。時には人に食らいつき、黒い煙のように霧散したかと思えば、違う場所で再び猛獣の形をとる。私は見ていられずに窓から目を逸らした。
 その逸らした目の端で、眩い光が空に向かって伸びていった。その元の方向を見ると、白い布を頭から被って車椅子に乗った人と、面影が英雄と謳われたセフィロスに似た銀髪の青年がいた。布で顔は見えないけれど、あの車椅子は……。

「ルー!」

 何をするつもりなの? まさかルーたちまで巻き込まれていたなんて。食い入るように見ていると、シエラ号が大きく揺れた。
 光の放たれた空には雲が渦巻き、稲妻が走る。その雲は徐々に形を変え、巨大な異形を生み出していった。
 召喚獣なんて初めて見た。神話の中だけだと思っていたのに、本当にこんなものがいるなんて……。それを、ルーと一緒にいる青年が喚び出したの?
 その召喚獣の姿は頭の中にある何かに似ていた。

「いっ……」

 頭の中にノイズが走った。それを堪えるように手すりを握り込む。
 私の後ろではみんなが降りる準備をしている。シエラ号の大きな窓を振り返ると、舞い降りてきた召喚獣が広場の真ん中にある記念碑へと陣取った。その姿を見て、頭がずきずきと痛みだす。

「どうしたリク……!」

 召喚獣の口に光が集まっていく。振り返ったシド兄が、心配そうに私に声をかけた。

「だい、じょうぶ……」

 召喚獣が吐き出した光の球は記念碑へと打ち込まれ、爆風が広場を駆け抜けた。
 北の大空洞や、ジュノンで見たウェポンを思い出した。吐き気まで襲ってくる。怖い……、やだ……。
 発作のような荒い息を繰り返して、それでも窓から視線を逸らすことができない。掠れる声をなんとか絞り出して、みんなに聞いた。

「まって……っ、あれと、戦うの……?」
「決まってんじゃねえか」
「助けねえとな」
「リクさんはここで待っとってや」
「心配いらないよ」
「平気平気!」
「ユフィさんとレッドさんまで?」
「さん、なんてよしてよ! じゃね!」

 みんな思い思いに話しながらシエラ号を降りていく。嘘でしょ……。

「リク。心配すんな。オレ様たちは1度世界を救ってるんだぜ。ちゃんと戻ってきて送り届けてやっからな」

 他の乗組員に私を任せて、シド兄まで降りていった。

「シド兄、みんな……」

 体全体を預けるように窓に寄りかかって地上を見る。さっきまでここにいたアバランチの人たちが、それぞれの特技を活かして召喚獣を相手にしている。
 召喚獣がまた光の球を吐いた。それは作りかけのビルの鉄骨や建物を薙ぎ払っていく。

「ここは……ど、こ……?」

 神羅カンパニーの本社ビルの中にいるような錯覚に陥った。
 召喚獣が暴れ回るたびに、鉄骨が崩れ落ちていく。そして再び放たれた光の球は鉄骨の重要な支柱に当たって、大きく崩れた。それは、2年前のあの日に重なった。
 北の大空洞へと向かって放たれた魔晄キャノンのビーム。その反動に耐えられず、ガラガラと落ちていくシスター・レイの支柱。あの時それは射線上にいたウェポンを貫き、一矢報いんとしたウェポンが最後に放った無数の高エネルギー弾がこちらに向かってくる。
 私は本社の69階にいた。シスター・レイの成果も、前日に話したルーの言葉も全てが気になっていた。私は自分のプライドに抗えず、愛する人の覚悟に従えなかった。
 光の球がいくつもこちらへと向かってくる。爆風が部屋の中の物を吹き飛ばし、聞いたことのない轟音が辺りを包む。そして倒れてきた棚に押し倒されて、頭を床に強打して意識を失ったんだ。

「いや……。いやぁああああっ!」

 全部思い出した。津波のように押し寄せてくる恐怖に叫び声をあげて、私は意識を手放した。
 目を覚ますと、ふかふかのベッドの上に寝かされている。それに気付いたらしいマリンちゃんと知らない男の子が私に近づいてきた。

「とーちゃんたちが連れてきてくれたの。リクお姉ちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫。ありがとう」

 私は頭を抑えながら体を起こした。まだ少し痛んだけれど、シエラ号の中で感じた言い知れない恐怖は消えていた。また心配掛けてしまった。
 マリンちゃんの後ろで男の子が遠慮がちに私を見ている。
 
「初めましてだね。リクっていうの」
「デンゼル……」
「よろしく」

 私がそう言うと、デンゼル君はニコッと笑ってよろしくと返してくれた。

「マリンちゃん、ここは?」

 私は部屋を見渡してマリンちゃんに聞いた。

「お店の2階だよ」
「マリンちゃんたちにも迷惑掛けちゃったね」
「ううん。リクお姉ちゃんとまた話せて嬉しいよ。だから気にしないで」

 セブンス・ヘブンでマリンちゃんとデンゼルくんと話ながら待っていると、マリンちゃんが突然、窓を振り向いて誰かに語りかけるようにお姉ちゃん? と呟いた。誰のことだろうと思っていると、まるでタイミングを見計らったように雨が降り出した。しとしとと降り続ける雨が不安なのか、マリンちゃんとデンゼル君は手を繋いで窓の外をずっと眺めていた。
 するとお店の電話が鳴り始める。その電話に出たデンゼル君が、マリンちゃんに笑いかけて行こうと言った。
 
「リクお姉ちゃん。大好きな人のところへ戻ってあげて」
「え、でも、マリンちゃんたちは大丈夫?」
「お花のお姉ちゃんがいるから大丈夫。またね」

 そう言ってマリンちゃんとデンゼル君はお店の外へと出て行く。一緒に置かれていた荷物を持って私も続いてお店を出ると、たくさんの子供たちが同じ場所へと駆けていく。みんななにかをわかっているかのように、街の外れの方へと。
 雨上がりの世界はとても優しく、慈愛に満ちているようで、まるで世界が包み込まれているような感じさえした。
 
「リクお姉ちゃん、またね!」
 
 そう言って私の返事も待たずにマリンちゃんはデンゼルくんの手を引いて駆けていってしまった。
 “大好きな人”のところに戻るにも私1人じゃロッジには戻れないし、どうすればいいか考えて、シエラ号の中からルーを見かけた広場の方へと足を向けた。
 少し先の建物の上に、尻尾のように束ねられた目立つ赤色が見えた。レノさんだ。私がその建物に近づくと、彼らが気づいてくれた。そこにはなぜか怪我をしているツォンさんとイリーナさんの姿もあった。
 
「リクさん!」
 
 大きな声で嬉しそうに呼んでくれたのはイリーナさんだった。
 
「リク、なぜここに……」

 私を認めたルーが珍しく戸惑った声を上げた。そしてしっかりとした足取りで、みんなを引き連れてビルから下りてきた。久しぶりに会えた彼に嬉しくてにやけそうになる顔を引き締めて、ムッとした顔を作る。

「ロッジで、私のこと待ってるって、言ったのに……」
 
 そう口に出すと、今度はいろんな気持ちが込み上げてきた。街に出てきて、レノさんたちも近くにいたとはいえ、たった1人で召喚獣を喚び出すような人と一緒にいるなんて。
 少しずつ虚勢が崩れていく。目の前が滲んで、勝手に涙が流れてきた。

「心配、しましたっ……!」

 みんなが見ているのに泣き出してしまう私をルーが優しく抱きしめてくれた。それに縋るように、私は彼のジャケットを握りしめた。
 私が落ち着くまで頭を撫でながら静かに待ってくれている。体を離して涙で濡れた顔を袖で拭って顔を上げた。
 
「体は、大丈夫なんですか……?」
「この通りだ」
 
 そう言ってルーは右手の袖を少しめくって見せた。星痕の黒い痣が消えていた。それを見て安心して、また涙があふれ出してくる。それでも嬉しくて顔が綻んだ。泣き笑いでルーの首に腕を回して飛びつくように思い切り抱きついた。そんな私を力強く受け止める。

「よかった。よかったぁ!」
「心配をかけたな」

 優しい声は私を満たしていく。

「いちゃつくなら帰ってからにしてくれよ、と」
「いいじゃないですか、先輩。久しぶりに会ったんですから」

 そう言われて、今度は恥ずかしさが込み上げてきて私は慌ててルーから離れた。でもほっとしたからか腰が抜けたらしく、崩れ落ちそうになった私をルーが抱き上げて戻ろうと言った。
 街の外れに待機させていたヘリに乗り込んで、ヒーリンと改名されたロッジへと飛び立つ。

「どうやって戻ってきた?」

 私の横に腰掛けたルーがプロペラの回る轟音の中で、静かだけれどハッキリと聞こえる声で聞いた。

「新しい飛空艇だよ。シド兄たちと一緒に」

 ヒーリンに戻る最中、私はこの1年半近くをどう過ごしてきたのかを話して聞かせた。ルーのおかげでエンジンを調整するヒントを得たことも含めて。そしてルーも、この騒動のことも星痕がなんだったのかも教えてくれた。
 運命のあの日にライフストリームを直接浴びた人や、未来を思い悩んだり死を受け入れたりしようとした人が患っていたらしい。ルーも死を覚悟したんだと知って、私は彼の手を握りしめた。
 諦めるしかないと言われていたらしいけれど、先ほど降った雨が星痕を消したそうだ。それを疑問に思わず大人しく聞いている私をルーが不思議そうに見た。

「全部、思い出したんです。もうなにを聞いても驚きません」

 それを聞いたルーが目を見開いた。周りで聞いていたタークスの人たちも喜んでくれている。イリーナさんがお祝いをしましょうと言うと、レノさんがそれに賛成し、ルードさんも珍しく乗り気のようだった。私の目の前ではツォンさんが、今回はいいかと呆れた顔をしていたけれど、それでも喜んでくれていることがわかった。

「でも、みなさん今日は休んでくださいね」

 ルーも私の隣で仕方のない奴らだと言って笑っていた。

「体調は?」
「それも問題ありません」

 久しぶりに会って敬語が戻りつつある私を笑いながら、心底ほっとしたようにルーがよかったと呟いた。
 ヒーリンについてヘリから降りるとき、先に降りたルーが私の腰を掴んでふわりと降ろしてくれる。これもなんだか久しぶりだ。

「ありがとうございます」
「ああ」

 2人で微笑み合っているのをレノさんが、またやってると言わんばかりに見ながらロッジの中へと戻っていった。まるでエスコートされるように私もルーに手を引かれて階段を上っていく。1年半でも、久しぶりに入ったロッジはなんだか懐かしく感じた。
 先に中に戻っていた彼らが並んで立っている。どうしたのかと見ていると、みんなが一斉に口を開いた。

「リク、おかえり」
「おかえり(なさい)!」

 声は大きくも言葉が揃わない彼ららしいおかえりに安心した。

「……っ、ただいま、です!」

 受け入れてもらえているんだと嬉しくなって、少し言葉が詰まった。また泣きそうになるのを堪える。

「部屋で休んでこられてはどうですか」
「ツォンさんたちは……」
「俺たちは飯の準備だぞ、と」
「手伝います」
「気にしないでください」

 そう言われて背中を押されながらルーと一緒に2階へと上がる。私が使わせてもらっていた部屋は護衛の当直の人のために開けたらしく、ルーの部屋へと通された。

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