Moon Fragrance

いつかみたゆめ
02



「1年前よりいい顔をしている」
「超えられたかどうかはわからないですけど、昔の自分と話はつきました」
「そのようだ」

 にっこりと笑って広い部屋を見ていると、ベッドの横に置かれている机の上には私が贈った置物が並べられていた。そのすぐ横には羽でできた小さな毛ばたきがある。埃が被らないように、ちゃんと手入れまでしてくれていたみたいだ。私はそれが嬉しくて、近寄って眺める。

「飾ってくれてるんですね。嬉しい」
「なかなかよくできている」
「邪魔じゃなかった?」
「せっかくリクが作ってくれたものだ。邪魔なわけがない」

 チョコボの置物をつんと軽く指で突きながら、私の横に来たルーに笑いかけて見上げる。カバンからちゃんと持って帰ってきたプリザーブドフラワーをその近くに並べて置いた。私もお花とお菓子のプレゼントが嬉しかったと伝えると、ルーの手が私の頬に添えられた。

「ルー?」
「すまない。すこしだけ……」

 言い終わるよりも早く唇が重なった。机の方にぐっと押しやられて腰掛けてしまうと、腕の中に閉じ込められる。私も彼の首に腕を回して、もっと欲しいとねだるように小さく唇を開いた。

「んっ、ふふっ……」

 するりと滑り込んでくる舌に腰がふわりと疼いた。久しぶりの温もりに心が浮き立ち、存在を確かめるような優しいキスに笑みがこぼれる。嬉しくてされるがままになりながら息が続かなくなってきたころ、ドアがノックされて私たちはやっと離れた。
 ルーが親指で自分の口の端についた唾液を拭いながら、ドアの方へ向けて声を上げた。

「なんだ?」
「……夕飯の支度が調いました」
「すぐに行く」

 扉の向こうのルードさんにそう言いながらもまた唇が重ねられる。私の下唇を喰んでちうっと音を立てながら離れる体を、彼の袖を掴んで引き留めた。

「ルー」
「どうした?」
「あのとき、ごめんなさい。ルーの言うこと、聞けなかった」

 俯き加減に謝る私にルーはそんなことかと言った。私の頭を一撫でして、優しく微笑む。

「わかっていた。あのときはやはり誰かに連れて行かせるべきだったとは思ったが、過ぎたことだ」

 無事ならいいと続いた言葉は、重く響いた。私の頬をくすぐって、行こうと誘う言葉に頷いた。
 体調は問題ないと言ったもののそれから数日、私は夜中に何度か飛び起きた。あの日の、本社ビルに向かってくる無数の光の弾を思い出して叫びながら目を覚ます私を、ルーが抱きしめて落ち着かせてくれた。
 私は頭を打った衝撃に加えて恐怖で記憶を失くしていたのだと教えられ、守ってくれる腕に離れられないと思った。側にいてほしいと貪欲に思うほどに、聞いてほしい話を後回しにしている気がした。
 1ヶ月ほど経ってそれもなんとか落ち着き始めたころ、流星が見られるという話を星痕が治ったあともこのヒーリンが好きだと残っていた以前の天文学者さんから聞いた。星に願いごとをするように、話すなら今日しかないと思った。
 ルーがもうすぐ部屋に来るころだと、すっかり夜も更けた外を窓から眺める。ここからでもひとつ、ふたつと綺麗に尾を引いて流れていく星が見えた。それを見つけるたびに、少しずつ緊張が増していった。
 静かにドアが開いて振り返ると、少し様子のおかしい私に気付いたのかルーがくすりと笑った。

「どうした?」
「ルー、話が、あるの」
「奇遇だな。私もだ。少し、散歩をしよう」

 ルーに手を引かれてひっそりとロッジを出る。ここを出た前日のように、森の小道を2人で歩いていった。ブランケットを羽織って、肌寒い冬空を黙々と歩き続ける。繋がれた手はとても温かかった。
 白い息を吐きながらたどり着いたあの開けた場所は、冬の澄んだ空気の中、たくさんの星に囲まれて色とりどりの宝石を見ているようだった。ロケット村で見る夜空とはまた違う、多くの自然に囲まれた美しい場所。きっと魔晄を吸い上げ続けていれば、見られなくなっていた景色。豊かな技術が失われても、今のようにまた1から生きていけると教えられた気がした。

「戻ってきたら聞いてほしい話があると言ったな」

 寄り添いながら空を眺めて、ルーが静かに口を開いた。とうとう来たその時に、胸がドクンと強く打った。

「うん」
「それを話してくれる気になったのか?」

 私は俯いて自分の手をギュッと握りしめた。伝える勇気が欲しい。ルーがそんな私を静かに見つめている。
 私は、なにも手放したくない。顔を上げたときに、大きく輝く一筋の星が流れた。

「ルー。ルーは、どちらかひとつしか手に入れられないとしたら、どうするの?」

 きっとあなたなら、なんとしてでも両方と答えるだろう。

「答えはわかっているという顔だ。考えるさ。両方手に入れる方法を。譲れないものなら、なおさら」
「私、前に街で勧められたの。修理の店を開いてみればどうかと」

 それを聞いたルーが、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「それと、なにを天秤にかけた?」

 そう聞かれて私はゴクリと喉を鳴らした。

「工場のことを思い出して、私1人では無理だなって。経営に関して、私は無知です。だからそこまでの自信はまだ、ついていません」

 あなたにも手を貸してほしい。でも……。

「でも、側にいてほしいと思っている人の、目標を潰したくない」

 ルーが言った。私の夢や目標を潰すつもりはないと。それは私も一緒だ。あなたの目は、まだこの星の行く末を見つめている。どんなに絶望的な状況でもこうして立っていた。星痕を患っていながらも諦めなかった彼は、憧れるほどに強い。そんな人の目標を、私は潰せない。

「その夢に私はいないつもりなのか?」
「いてほしいです。いてほしいけどルーの目標は、私よりももっと大きな――」
「ああ。大きなものだ」

 私の声を遮って少し大きくなった声に体が跳ねた。冬の空気に冷えた指が私の頬をくすぐった。

「大きなものだが。それを叶えるにはひとつだけどうしても必要なものがある。次は私の話を聞いてくれ」

 私はルーを見上げて、小さく頷いた。

「それさえあれば他の私の目標などどこでも叶えられる」

 彼が星空を見上げた。

「星に願掛けなど初めてした」

 思ってもみなかった言葉にルーをまじまじと見ると、少し緊張したように言葉を紡ぎ出した。

「手に入れたいものが幾つもあった。失ってしまったものもある。だがまだ、リクと同じように捨てられないものが数多く残っている。そのうちの、なんとしてでも譲れない大きな1つだ」

 私を抱き寄せていた体を離して、私を見下ろす。その目は見とれてしまうくらい、空に瞬く星のように綺麗だった。

「これだけは捨てられない。何年も待ち望んだ。リクの夢を聞いて、余計に譲れなくなった」

 ルーがポケットからなにかを取り出した。そしてそっと私の左手を包み込んで薬指に硬い金属が触れる。なんだろうと見ればそれは、月の柔らかな光や遠い星の光すら驚くほどの強い輝きに変えてしまう、大きな一粒ダイヤモンドのはめ込まれた指輪だった。
 息が詰まり、驚いて声を出せなくなっている私に、ルーが言葉を続けた。

「これから先も、私といれば苦難が絶えないだろう。だが、だが私は、残りの生涯を掛けてリクを守り、愛すると誓う。どうか愛しいキミの夢に、私がいることを願って」

 ルーが片膝をついて跪くと、私の手の甲にそっと口付けて私を見上げた。本社で再会したころと変わらない、宝石のように綺麗な青い瞳が、真剣な眼差しで私を貫く。

「リク・マックハイン。私と、結婚してくれ」

 胸がギュッと苦しくなった。
 2年前のあの運命の日。世界がこんなことになってしまったから、どんな形でも、ルーの側にいられれば充分だと思っていた。そしてそれは、私の夢を聞いた彼に、それでは側にいられないと言われてしまえばここで終わってしまう願いだった。彼との約束を守れなかった私は手を離されても仕方のないことで、それでも彼は未来でも私が側にいてもいいと言ってくれるのか。
 目の前が滲みだす。溢れてくる涙が止まらない。夢だと思った。幸せすぎる夢だと。目覚めればまた、なにも変わらないいつもの日常を繰り返していくのだと。

「……リク?」

 袖で涙を拭いながら、なにも言えなくなっている私をルーが不安そうに呼んだ。なんとか声を絞りだす。

「側にいてくれるんですか……?」
「私の夢を潰すつもりか?」

 私は大きく首を振った。答えは決まっている。これがたとえ夢だとしても、答えはひとつだ。

「わたしで、よければっ」

 泣きながらの私の返事を聞いたルーが立ち上がって、安心したように私をキツく抱きしめた。

「キミの話を聞いて断られるかとヒヤヒヤした。しかし、やっと渡せた。随分と待たせてしまったな」
「いつから……」
「リクがシスター・レイの移設作業をしてくれていたときから用意はしていた。言っただろう。全て終われば話があると」

 まだ微かに流れてくる涙に目をパチパチとさせてぽかんと呆ける。

「私の妻は、こればかりは本当に鈍い」

 気の早すぎる単語に恥ずかしくなって、彼の胸に額を押し当てる。それを笑う声が、体を伝って聞こえてきた。

「鈍いついでに、あの銀粘土の話はまだ気付いていないか?」
「あ……」

 アクセサリー用の銀粘土で欲しいものが2つ。でもそれがいるのはあの時じゃなくて、今。

「指輪……?」

 やっとまともに顔を上げられて聞くと、優しい笑みで正解だと返ってくる。

「リクの作ったものを身につけていたい」
「わかった。頑張って作るね」

 頼んだと頷いた彼が、そろそろ戻ろうと言った。来たときと同じように手を繋いでロッジへと戻っていく。ゆっくり、ゆっくりと2人の時間を大切にするように。
 流れ星が願いを叶えてくれただなんて思ってない。でも私たちの頭上で幾つも流れていく星は、私にとっての勇気だった。私はなにがあってもこの日を忘れない。繋がれた手は幸せで心強かった。
 ロッジに戻って冷えた体を温め合う。ルーがまるで薄いガラスに触るように私に触れた。額や唇だけではなく、首や背、手の先や足の先に至るまで余すところなく宝物のようにキスをくれる。私の左手薬指に輝く宝石に引けを取らないくらいの、透き通った綺麗な青い瞳が愛おしそうに私を見ていた。くすぐったい気持ちと、幸せに満たされて彼を受け入れる。

「リク、愛している」
「ルー。私も愛してる」

 大好きなその声はどこまでも低く甘く、私を夢見心地の気分にさせた。朝になって目が覚めても夢ではない幸せが続いていく。
 
 1人でみてきた夢を、今度はあなたと2人でみていこう。この先になにが続くかなんて、今まで通りわからない。でもあなたとなら、歩んでいける。
 どんなにつらく冷たい夢でも、あなたと優しく暖かい夢に変えて。愛しい人と、愛しい未来のために。

 いつかみたゆめを、あなたと2人で。


―――※―――※―――


 春が来て花が咲き誇り、噎せ返るような新緑の夏が過ぎた。喜びに色づく秋が訪れ、冷たくも暖かさの残る冬が終わり、何度目かの春が巡った。
 ――あれから数年。
 発展した街の外れに店があった。そこは技術と信頼で成り立っている、小さな店。中が見えるように取り付けられたショーウィンドウのすぐ向こうには、金属で作られたチョコボや犬のスタンプなどの小さく可愛い置物がいくつか並んでいた。
 電気製品の修理の店なのに、技術者である店主は女だった。いつもニコッと笑って客を迎え入れる。そして経営を任されているのはその夫。かつて世界一の大企業と謳われた会社の元社長。依然としてついてくる部下を使い、手広くビジネスを広げながらも妻を見守っていた。
 1階の店先でチリンとドアに取り付けられたベルが可愛く鳴った。

「リク。客が来たようだ」

 窓の横に置いていある椅子にゆったりと腰掛けて本を読んでいたルーファウスが、仕事に集中して気付いていない妻に声を掛けた。

「ん? はーい」

 そのすぐ近くの作業机に向かっていたリクは返事をして顔を上げた。ルーファウスに笑いかけて、大きなお腹を庇いながら立ち上がる。ルーファウスも本を置いて立ち上がると、リクのほうへと手を伸ばした。

「ありがとう」

 リクがその手を取って、ルーファウスは自分の腹で足下が見えづらくなっているリクの手をゆっくりと引いて階下の店先へとともに下りていく。
 リクは店の入り口で立っている客に、今日もまたニコッと笑って出迎えた。

「いらっしゃい。なに、修理します?」


 完   
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