Moon Fragrance

未来へとつづく夢
01



 銀細工で指輪を作るためにデザインを考えていると、本を読みつつもそれを見ていたルーがふっと笑った。どうしたのかと顔を上げると、優しい笑みを私に向けた。

「どうしたの?」
「あんなに小さかったキミと、望んだ通りになれたと感慨深くなっただけだ」
「覚えてる?」
「ああ。今でも鮮明に思い出せる」

 そう言ったルーは、思い出に浸るように遠い視線を窓の外へと向けた。

「初めて会った日、リクはなかなか口を開いてくれなかったな」

 そうだった思うと頬が緩んで、私はまた視線を机へと向けた。

 ――その日は突然来た。

 5歳の誕生日を少しすぎた頃、知らないおじさんに連れられた、知らない男の子に会った。柔らかそうな金糸のような髪に、宝石のように透き通った青い目が印象的な線の細い男の子。子供用のスーツを着て大人びて見えるが、少し背伸びをしているようにも見えた。
 来客を告げるベルが、金属音がひっきりなしにうるさく鳴る工場に響いた。おとうとおかあが目配せする。迎えるために出ていった2人の後を私は追った。おかあの後ろに隠れて覗き込むように来客を見たら彼がいたのだ。
 純粋に綺麗だと思った。男の子に使っていい言葉かどうかわからないけれど、子供の私には綺麗としか思える言葉がなかった。
 彼の宝石のような目が私を見たとき、言いようのない恥ずかしさが込み上げておかあの後ろにさっと身を隠した。すごくドキドキした。
 知らないおじさんが、可愛らしいお嬢さんだと言って笑った。

「ルーファウス、お嬢さんと話してきなさい」
「はい」

 ルーファウスと呼ばれた彼は、大人びて見えていたのに突然子供のような柔和な笑みを私に向けた。

「ほらリク、ちゃんとルーファウスくんに挨拶しなさい」

 おかあが私を前に出そうと背中をぐいっと押すが、私は必死におかあの足にしがみついた。

「ごめんねルーファウスくん。この子、恥ずかしがっちゃって」
「大丈夫ですよ。こんにちはリク。あっちで一緒にボクとお話ししよう」

 彼がわざわざ近づいてきて握手を求めるように私に手を伸ばす。
 うまく挨拶するには恥ずかしかったけれど、握手まで無視するのはダメだと思って控えめに手を伸ばして彼の手を取った。
 それに安心したようにおかあが膝を折って私と目線を合わせた。

「じゃあリク、おとうとおかあはお仕事の話をしてくるからいい子にしてるのよ。今日は工場に入ってきちゃダメだからね」

 そう言って両親とおじさんは、事務所の方へと行ってしまった。本当はついて行きたかった。だって今、手を繋いでいる男の子はとてもキラキラしていて、ドキドキする。
 仕方なく工場の隅の方の椅子に座って2人で話をした。と言っても、恥ずかしかった私は相槌しか打てなかった。

「ボクの名前はルーファウスだ。よろしく、リク」

 ただ頷くだけの私に彼はニコッと笑った。

「リクの好きなものは?」

 そう問われて私は口を開けずに、ただ工場を指さす。彼はふむと大人のように声を漏らして考えていた。私がちゃんと口を開ければ済む話なのに、舌っ足らずだった私は初めて会った彼に笑われるんじゃないかと思うと怖くて声を出せなかった。

「難しいな」

 私と私が指さす先を何度か見比べてそう言った。

「人、ではないみたいだ。じゃあ、あの機械?」

 ちょっとだけ惜しいと口を開こうとするけれど、やっぱり声は出てこない。口をぱくぱくとさせる私を見て違うのだと判断したらしい彼は、また少し考えて口を開いた。

「工場? いや、この空間かい?」

 頷き返す私に、彼も当たったと笑い返してくれた。
 工場もうるさく聞こえる金属の音も、一生懸命に仕事をしている彼らも全部が好きだった。いつか、おとうとおかあみたいになりたい。そしてここで一緒に仕事をしたかった。工場にいると危ないってよく怒られていたけれど、じっと見ているだけでなんとか許してもらっていた。
 工場の中を覗き込んでいる私を、彼が静かに見守っていた。時折、なんとか私に口を開いてもらおうとしているのか、彼は幾つか質問を投げかけた。

「リクは大人になったら、なにになりたい?」

 彼は最初にイエスかノーかじゃ答えられない質問をした。でも困って黙り込んでしまう私にクスリと笑って質問を変えてくれた。

「お父さんたちみたいになりたい?」

 そう聞かれて私はまた頷く。

「ロケットは好きか?」
「……うん」

 頷くだけで初めて声を出した私に、彼は優しい笑みを浮かべた。

「宇宙には行きたい?」
「……ううん」
「それはなぜ?」

 また黙り込む私に、まだ話すのは駄目かと言いながら彼はクスリと笑う。大人びていながらも子供の部分が見える彼に、緊張はほぐれつつも妙なドキドキが芽生えていった。年上でもシド兄やシエラお姉ちゃんとは違った雰囲気に少しの萎縮もあった。都会の子はみんなこんなふうに大人のようなんだろうか。
 彼はなかなか口を開かない私に嫌な顔ひとつせずにいろいろと話しかけてくれる。1、2時間ほど経って、大人たちの姿が見えたころにやっと勇気を出して名前を呼ぼうとしても、うまく言えなかった。

「るーは……るーあ……しゅ」
「それがリクの声だね。ルーでいいよ」

 うまく彼の名前が呼べなくて目に涙を溜めながら俯く私に、可愛い声だと言ってにっこり笑ってくれたのが嬉しくて、私はその日初めて彼にちゃんとした笑顔を向けた。

「ルーファウス。そろそろ帰るぞ」
「はい。父さん」

 帰るためにおじさんが目の前に来た途端、彼の顔から笑顔が消えた。来たときと同じ、背伸びをした大人の顔だった。
 思ったことは何も喋れなかったけれど、本当はとても楽しかった。話すのが上手で、年下の私にも分かるように話してくれて、だからもう少しだけ一緒にいたいなって思ったけれど、今日はもうお別れの時間なんだ。

「楽しかったよ。またね、リク」
「ほら、またねは?」

 また隠れた私の背中を押しながらおかあが促す。もう帰っちゃうんだ……。言いたかったけど、だって、まだ恥ずかしくて……言えなかった。

 ――また来てね

 なんて。
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