Moon Fragrance

未来へとつづく夢
03



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 猫背になりながら銀粘土を練って、デザイン通りに形を作り上げていくリク。その目は、子供のころから変わらないオレの好きな目だ。
 紐が編み込まれたようなデザイン。それは様々な要因が織り込まれた2人の人生のようだと感じた。そしてこれから先も、そんなふうにリクと人生を織り成していければいいと思った言葉は、流石のオレでも気恥ずかしい気持ちになって出てこなかった。
 形を整えて次の工程へと移ろうと顔を上げたリクがオレがじっと見ていたことに気付き、顔を赤く染める。それも昔から変わらない。

「なあに?」
「いや。なんでもない」

 あの頃と違うのは、舌っ足らずでもなくなり、だんまりだった口から可愛い声でよく喋るようになったことか。

「それは?」

 リクが側に置いてあったドライヤーを手に取ってスイッチを入れた。

「焼成前に乾燥させないといけないの。できたときに割れやすくなっちゃうから。1日か2日くらい自然乾燥でもいいんだけど、天気が不安だから」
「ここ数日は天気が悪いからな」

 窓から見える空は鈍色の厚い雲に覆われている。気温も下がりつつある。この辺りは近々、雪が降り出しそうだ。
 ドライヤーの大きな音の合間に小さな鼻歌が聞こえてくる。楽しんでもらえているなら指輪の作成を頼んでよかった。
 2、30分ほどドライヤーの風を当てて、乾燥が済んだのか削る作業に入っている。リクからの贈り物である置物でも思ったが、細かい作業も得意なようだ。

「リク。私にくれた置物も、幾つか作って売ればいいんじゃないか」
「売れるかなぁ」
「修理がメインなら、売れなくても店先に置いていれば客の目に留まるだろう。興味を持たせられればそれだけで宣伝になる」

 リクが顔を上げてまじまじとオレを見たあと、にこっと笑った。

「やっぱり、ルーがいてよかった」
「あのとき、リクに会ったからオレもやる気になったんだ。オレもリクがいてよかった」

 素直にそう伝えたんだが、リクが顔を真っ赤に染めて俯くと恥ずかしさを振り払うようにまた作業を再開してしまった。見ていて飽きないとはこのことだ。

 ――ルーが実家に来なくなったのは何度か会って1年くらい経った頃だった。少しはマシになったものの、相変わらず私の口は拙いままだった。

「リク。今日はキミにプレゼントがあるんだ」

 本に夢中になっていて彼が来ていたことにまた気付いていなかった私がふと顔を上げると、ルーが優しい顔で私を見ていて静かにそう言った。なんだろうと首を傾げる私にルーが可愛い包み紙でラッピングされた箱のようなものを差し出した。

「あけて、いいの?」
「いいよ」

 子供ながらにもその包み紙を破いてしまうのが勿体なくて、私は丁寧にそのラッピングを紐といていった。その中身は1冊の本だった。大人になっても大事に大事に何度も読み返している、分厚い本。宇宙機械工学のすべて、と書かれた私が生まれる前から続けられていたロケット試作機の構造が全て載せられていた。
 家にあった本は大体読み終えてしまっていたので、新しい本に嬉しくなった。

「リク。この本をキミに。気に入ってもらえるといいんだけど」
「あいあと!」
「どういたしまして」

 プレゼントを貰って嬉しいのは私のはずなのに、なぜかそのときルーも嬉しそうな顔をしていた。

「リクは大人になったら、なにになりたい?」

 ルーは工場の中を見渡しながら、初めて私に会ったときと同じ質問をした。少しだけ話せるようになった今なら答えられる。ルーは約束通り、私の舌っ足らずな言葉を笑わなかった。

「おとうとおかあみたいに、にゃりたい」
「そうか。いい夢だね」
「るーは、にゃ……な、にに、なりたいの?」
「ボクかい? ボクはね……」

 ルーはいったんそこで区切ると、私を綺麗な青い瞳で見て言った。

「隣に立っても見劣りしないくらいの、人間になりたい。仕事も、なにもかも全て。目指すべきは父さんと……」

 強い光の宿った目に私は意味がわからなくて首を傾げると、ルーは優しく微笑んで、いずれわかるよと言った。そのために彼は勉強を頑張らねばならないのだと説明する。経営学だけではなく、人の上に立つために必要な心理学や話術、それに限らずたくさんの知識を身につけなければならないと。
 その話は私にとってはとても難しかった。でも、なんだか少し不安になったのは、もしかしたら心のどこかで、会えなくなるかもしれないと思っていたのかもしれない。

「ね、もう、こないの?」
「来るよ。少し期間が開くかもしれないけれど、必ず」
「ほんと?」
「ああ」

 そんな話をしていると、おとうとおじさんが事務所から出てきた。もうルーが帰ってしまう時間だ。ルーもそれに気付いたらしく、今日は早いなと言って私に向き直った。

「なあリク、大人になったらキミのことを迎えにくる。待っててくれ」

 私はその言葉に頷くしかできなかった。
 彼はそれから来なくなった。彼に対する私の記憶はだんだんと薄れていく。子供だった私には、時間の流れはとても長すぎた。大人へと近づきつつも、私の中の彼は子供の姿のままだった。
 数年が経った頃、なかなか寝付けない日があった。なんだかふと彼のことを思い出して自分の部屋を抜け出した。そして工場へと忍び込む。いつも金属の音が鳴り響いている工場は、真夜中の静けさの中で耳鳴りのしそうなほど静寂に包まれていた。
 試作のはずのロケットのエンジンを眺めながら、考えていた。あの綺麗な男の子は実は夢だったんじゃないのかと。でももし、もしまた会えるなら今度こそと考えると思いついてしまった。それはまだ子供だった私にとってはとてもいい案だったのに、数日後に凄く叱られることになった。
 村の向こうでは徐々にロケットの発射台が組まれていっている。そのエンジンは試作ではなくそのロケット、神羅26号に取り付けられる正式なものだった。どうせまた廃棄されるならと書き込んでしまったんだ。流れ星に願うように。
 話せるようになりたい、と。
 それは、舌っ足らずが恥ずかしくていつもルーばかりに喋らせてばかりだったから、今度は私からもなにかお話をできるようにと。こうなる前に、恥ずかしがらずにもっと彼のことを聞けばよかった。なにが好きなのか、なにが楽しいのか。
 次こそは聞こう、ちゃんとお話をしよう、そう思っていたのに。その願いは叶うことはなかった。
 そして発射台どころか、神羅26号もできあがってしまった。それは人々の希望とは裏腹に、私を絶望のどん底へと突き落とした。中の酸素ボンベに不具合があったのだと大人たちの話から知った。そこにはシエラお姉ちゃんがいたらしく、エンジン点火の熱に巻き込まれないようにシド兄が打ち上げを中止したのだ。打ち上げの失敗したロケットは少しずつ傾いていく。
 全てを失った私は、その明けても暮れてもそこにあり続けるロケットを見ていられなくなった。家に話し声はない。工場の機材も少しずつ売り払われていく。従業員のみんなもやる気をなくし、生まれたときから聞いていた金属の音は聞けなくなった。それは私にとって苦痛でしかなかった。でもそこに、恨みや妬みなどは存在していなかった。シド兄もシエラお姉ちゃんも、技術者として人としてやることをやっただけなのだ。なにも間違っていない。
 家にいるのも、村にいるのも、どんどん私の心は押し潰されそうになっていく。ある静かな晩、私は工具と少しの食料とお金、自分でもなぜかわからないほど読み込んだ本を持って、誰にも告げず書き置きも残さず村を出た。失敗すれば確実に野垂れ死ぬ。そうじゃなくてもそこらのモンスターに食べられていたかもしれない。
 何日もかけて、明るい間に歩いた。意識が朦朧としていたこともあった。荷物に隠れてコスタ・デル・ソルからジュノンへ向かう巡航船にも乗った。やっとたどり着いたミッドガルのスラムには、プレートの上と反比例するように物であふれかえっていた。それは、そのときの私には宝の山に見えた。これを修理したり、違う物に作り替えたりすればお金になるのではないかと。
 もう所持金も残り少ない。それは藁にも縋る思いだった。初めは思うようにいかなかった。同じ場所に留まれば、知らない男に人に目をつけられたこともある。逃げ出してスラム街を転々とすれば、1人暮らしだという親切なお婆さんにお風呂や寝る所を貸してもらったこともあった。
 少しずつスラムでの暮らしに慣れてきたころ、野垂れ死んでもいいと思っていた私が生きることに必死になっていた。いろいろな物を修理している間に、私にはやっぱりこれしかないのだと思い始めた。そんなある日、ミッドガル。プレートの上にある大きな会社が大量に人員募集をしていると知った。それはひとつの目標に変わった。でも今の私の格好はみすぼらしい。採用には縁遠い姿だった。
 身なりを整えるのに、お金を貯めなければならなかった。1日に1食と食べるものを我慢した。お風呂だって数日は我慢したし、真冬に近くの川で水浴びをしたこともあった。入社試験に必要なことも、寝る間を惜しんで勉強した。
 やっと貯まったなけなしのお金でスーツを買った。ぐしゃぐしゃだった髪も切りそろえた。
 うちの家といろいろあることはもう気付いている。何度も書き直した履歴書はたぶん社長であるプレジデントは目を通しているはずだけれど、なぜか私は入社できた。プレジデントがなにを思っていたかなんて私にはわからない。もしかしたら家のことでなにかしでかすかもしれないと、見張るためでもあったのかもしれない。それでもよかった。私は兵器開発部門のメンテナンス課に配属されて、なにも考えないようにがむしゃらに働いた。いつしか、あの綺麗な男の子のことさえ忘れるほどに。
 気付けば村を出てから10年が経っていた。目の前に映るのは大きな兵器たち。最初は躊躇ったけれど、最新の技術を身につけるためにこれでいいのだと思い込み始めていた。あの雨の日、大人になった彼に再会して、ここまで導いてもらうまでは。
 村の人間譲りの悪態をついて見上げればそこに、気付かないほどに成長した彼が私を見下ろしていた。自分で止めてしまった時間が、彼によって動かされてしまった。
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