迷子の猫が好んだ鈴の音

「どどどどうしよう! ネコがいなくなっちゃった!!」

 ドタドタと足音を響かせて突進してきたベポは、俺を撥ね飛ばしそうな勢いでアタックしてきた。一瞬、魂が抜けそうになったけど、そこは天下のハートの海賊団の一員として気合いで意識をとどめた。
 まったく、自分の図体のでかさを考えろよ〜、とじゃれそうになって、ふとベポが何て言って飛んできたか思い出す。

「……はあ? いなくなったってどういうことだよ!」

 ネコは一人で歩き回れないし、高速でハイハイをしたところでベポなら追いかけられるはず。

「目を離したのか!?」
「だって……」
「だってもクソもあるか。それで、どこでいなくなったんだよ!」
「向こうの公園。ネコに遊具で遊ばせようと思ったんだけど、先に遊んでた子供たちが譲ってくれないから交渉してて、その間、木陰のベンチに座らせてたらいなくなってたんだ……。どうしよう、野良猫と勘違いされて拾われちゃったかな」
「そんなわけあるか」

 野良猫と思われたわけじゃないだろうけど、ネコは賢いし大人しいから一人で勝手にどこかへ行くとは思えない。ということは、連れ去られた可能性が高い。
 なんたって、この島には高額賞金首の海賊が潜んでいるのだから。
 もし抵抗できない子供をいたぶるのが好きな変質者に捕まっていたら——。
 ぶるりと寒気がした。
 こうしていられない。早く捜し出さないと。
 とりあえず聞き込みからだ! と、はぐれた公園を目指して駆けていると、今度はペンギンが息を切らして走ってきた。さすがにペンギンはベポと違って泣きついて来なかったけど。
 どこから走ってきたのか知らないが、ペンギンは俺たちの前で立ち止まると膝に手を置いて息を整えている。吹き出す汗はすぐにはどうにもならないけど、何度か深呼吸してやっと言葉を発することができるまで落ち着いた。
 顔を上げたペンギンは、帽子の下できゅっと眉を潜めている。

「さっき、ネコが海兵に連れていかれたのを見たってウニが言ってたんだが、見間違いだよな」
「それだー!」
「……まさか」
「ベポが目を離したせいではぐれたんだよ!」
「すみません……」

 まあ、でも海兵ならさすがにネコに危害を加えないだろう。たとえ俺たち一緒にいたところを見ていたとしても。
 一気に緊張が解けた。
 目的地もわかったことだし、さっきまでの焦りはもうない。

「じゃあ迎えに行こうぜ」
「いや、でもいくらここの基地が小さいからって俺らだけで奇襲しかけるのはよくないだろ」
「ペンギン、お前物騒だな。奇襲じゃなくて迷子の子猫を迎えに行くだけだって。攻撃は仕掛けねえよ」
「こっちから攻撃をしなくても、向こうは俺らを捕らえようとしてくるだろう」

 俺たちが伸るか反るか話し合っていると、「あ!」とベポが声を上げてから時計を見た。

「そろそろ作戦実行の時間だ」

 俺たちは顔を見合わせて頷いた。



 穏やかで小さなこの島は、島民のほとんどが顔見知りらしく島の外とは時間の流れる速度が違うかのように感じるほど平和だ。立ち寄った海賊も、島に価値のあるものがほとんどないし、ログも半日で溜まるため、補給だけして去っていく。争いごとも小競り合いや友人間のことがほとんどで、海軍もこの島を重視していないから配属されている海兵の力も弱い。
 島唯一の海軍基地は、小さいながらもブロック塀で囲まれて物々しい雰囲気を醸し出していた。だが手薄だ。正面の門には見張りがいるのみ。
 特に人気のない場所に回り込み、俺たちを代表してベポが電伝虫のダイヤルを回した。
 電伝虫は、すぐに見慣れた帽子を被った姿に変わった。

「もしもしキャプテン! ちょっと事件が起こったからそっちの騒ぎを大きくしてほしいんだ」
「……どういうことだ」

 溜息混じりの声に俺はキャプテンの心中を察した。
 ベポが事情を説明すると、もう一度大きく溜息を吐き、だけど「わかったから、ちゃんと連れて帰ってこいよ」と言って電話が切れた。
 それから十分も経たないうちに、基地の中がにわかに騒がしくなった。

「作戦、始まったみたいだな」

 争いの「あ」の字もなかったこの島に、少し前からたちの悪い海賊が立ち寄るようになった。
 海軍はもちろん海賊を捕らえようとしているけど、海賊はあくまで拠点にしているだけだからなかなか捕まらない。それに、海賊がこの島で犯罪を行っているわけじゃないから島民も金払いのいい客という扱いをするようになって、いつの間にか、なあなあになっていた。
 今までだったら、「持ちつ持たれつ上手くやってるならそれでいいじゃねえか」と流すか、そもそもそんな雑魚な海賊のことを気にすることもないが、キャプテンが七武海に入るために海賊の心臓を百個集めると言うので無視できない。
 今頃、キャプテンが海賊の心臓を回収しているのだろう。
 本来なら、能力を使ってサクッと奪ってしまう予定だったが、そちらに海軍を引き寄せている間に空っぽになった基地からネコを回収することになった。キャプテンを陽動作戦に使うのはどうかと思ったが、特に文句を言われなくてよかった。
 十分基地から海兵が出て行ったことを確認して、俺とペンギンはベポにアシストしてもらって塀を乗り越えた。ベポはそのまま外で待機だ。

「泣いてるかな」
「どうだろう。でも、ずっと俺らといたからさすがに一人じゃ心細く思ってるんじゃないか?」
「早く見つけてやらないと」
「だな」

 そう言いながら正面玄関から基地施設の中の様子をこっそり覗き見ると、待合席にネコがいた。
 思ったより早い発見に驚いたが、それ以上にその様子に驚いた。
 ネコは可愛い海兵の膝の上に座らされて、ニコニコ笑いながらアイスを食べている。
 想像以上にケロッとしていて俺はむっとした。泣かれるよりはいいけど俺の心配はなんだったんだ。走り回ったんだぞ。
 一緒に盗み見ているペンギンも呆れている。

「……まあ、いいじゃないか」
「……いいけどよ。ちょっと気に食わないけど。俺たちが走り回っていた間、ネコはお姉さんの膝の上を楽しんでいたんだと思ったら」
「ネコは子供だからな。シャチと違って邪な考えで膝の上に座ってないだろ」
「いやでもあの喜び方は、俺の膝に座ってるときと違うだろ!」

 少し大きな声を出したら、ネコがこちらを見た。そして目を大きく開いてそれから、にっこり笑って俺たちに手を振ってきた。
 可愛いなあ。
 うっかり状況を忘れて俺も手を振り返したけど、ネコを抱えていた海兵が「ハートの海賊団!?」と叫んだので正気に返った。

「やば!」

 海兵はネコを膝から下ろして臨戦態勢に入った。

「俺、海兵! ペンギン、ネコ! オッケー?」
「オッケー!」

 一気に二手に分かれ、俺は腰に下げたナイフを取り出して海兵に攻撃を仕掛けた。それを海兵は銃剣で防ぎじりじりと押し合いになった。その間にさっさとペンギンがネコを抱えた。
 それに気づいた海兵がキッと殺気を飛ばしてくる。

「あなたたち、その子をどうするつもり!?」
「どうもこうも、迷子の子猫を返してもらうんだ、よっ!」

 どうやらネコは俺たちの仲間として捕まったわけじゃなく、迷子として保護されていたらしい。まあそれはアイスを与えられているところからもわかっていたけど。
 ネコは回収したから、これ以上海兵とやり合うのは時間の無駄だ。銃剣を跳ね除けて、ペンギンとともに身を翻して玄関を飛び出した。
 背後から、さっきの海兵が「ハートの海賊団を追って!!」と援軍を呼ぶ叫び声が聞こえるが、俺たちは逃げる一択だ。もうキャプテンは用事を済ませているだろうし、心臓を取ったらすぐに出港する手筈だったからここで手間取るわけにはいかない。
 外にいたベポと合流して、走りながらペンギンはネコをベポに渡した。
 アイス片手にネコはきょとんとして、俺たちの顔や後ろを追う海兵を見ている。

「まったく、ネコはのんきだなあ。ベポから振り落とされないように、しっかり服を握っとけよ」

 言ってもわからないだろうから、アイスを持っていな方の手をベポの服に掴ませた。
 少しは安定したのか、ベポは走るスピードを早めた。俺たちもそれに合わせ、猛スピードのまま船を隠した入江に到着し、そのまま船に飛び乗って逃げ切った。
 怒鳴られても銃を向けられても最後までネコは泣くことはなくて、逃げてるときはのんきなやつだと思ったが、なんだかんだ海賊に向いてる性格なんじゃないかと思えた。

「一緒に海賊やるかー?」

 ランナーズハイなテンションで、ネコに絡みに行くと心底嫌そうな顔をした。
 ちょっと傷ついたところに、近くを通ったイッカクがぼそりと「酔っ払ったおっさんみたい」と呟くので、俺の繊細な心がバキバキに砕けた。

「海兵に連れていかれたネコを助けたっていうのに、なんて仕打ちだよ!」

ヒトリヨガリ