眠れぬ夜の悪い子は誰
午前中は外で子供たちと遊び回り、午後は室内で年上の子たちに絵本を読んでもらったり昼寝をしたりしていると、あっという間に一日が終わっていた。夜になればみんなで質素ながらも美味しい夕飯を食べ、グループごとにシャワーを浴び、今は綿のパジャマに着替えさせられて大部屋のベッドに寝かされている。
充実した、実に子供らしい一日だった。
これからはこんな平穏で凡庸な日々が続くのだろう。
子供の成長という点では満点だけど、中身は大学生の俺からするとこれからの生活に不安を感じていた。
今は牧歌的な見慣れぬ景色を楽しんでいるけど、それが慣れたら飽きてしまいそうだ。この世界には大学生の暇潰しツールであるゲームもインターネットも何もない。この島は子供の島と呼ばれるだけあって刺激的な娯楽もなさそう。
バカンスなら最高の環境だが、住むとなったら子供と老人しか楽しめない島だ。
だからといって海賊は刺激が強すぎるし、それと比べればここの方がいいか。
――ああ、でもわがままを言うなら別れの挨拶くらいしたかった。
昨日の夕飯のとき、ベポからデザートを分けてもらったお礼をちゃんと言葉で伝えたかった。オーカは昼間に思いっきり俺と遊んでくれたし、ペンギンはまた新しい絵本を持ってきて読んでくれた。他にも優しく世話をしてくれた人たちばかりだ。
思い返せば、彼らは本当に海賊に思えない。
寝られないままベッドの上で天井を見つめていると、軽い音を立てて寝室の扉が開いた。
入ってきたのはパジャマ姿のマミーだった。
彼女は俺の頭を撫でながら「寝られないかしら?」と歌うように尋ね、返事は待たず俺をベッドから掬い上げて抱えた。
背中をぽんぽんと叩きながら部屋から出て、ついた先はマミーの部屋だった。
こぢんまりとしたサイズで、ベッドとクローゼット、デスクがあるだけ。とてもシンプルだが、一つだけ気になるのは壁に貼られた大量の紙だ。それには「WANTED」という文字がでかでかと書かれ、顔写真が載っている。ゲームやアニメで見たことがある手配書だとすぐに気づいた
俺が手配書に興味を持っていることに気づいたマミーは壁際に寄り、「これはテッドの父親、こっちはシャルルの母親」と指差しながら教えてくれる。それは今日俺が知り合った子供の名前だった。
そして、その中の比較的新しい紙に、見知った顔が写っていた。
――キャートゥンだ。
だけど、手配書にはキャートゥンとは書かれていない。首を傾げていると、マミーがキャートゥンの手配書に書かれている文字を読み上げた。
「トラファルガー・ロー」
たしかに、紙のローマ字もそう読める。
——じゃあ、キャートゥンってなんだ?
その俺の疑問はすぐに解決した。
キャートゥンの横に貼られている手配書を読んだとき、マミーは「キャートゥン」と言ったのだ。すかさず手配書を確認すれば、そこにはユースタス・キャプテン・キッドと書かれている。
——キャプテンって、キャートゥンって発音するんだ!
初めて知った事実に、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
そしてやたらとクールで偉そうな態度だったキャートゥンは、キャプテンだから実際に偉いのだとやっとわかった。捨てられてから知るなんて。
そのあとマミーが読んでくれる手配書の名前は俺の耳には入らなかった。
初めて知る名前。海賊のわりに優しいと思ったのに、載っていた金額は優しさとはかけ離れた金額。俺の知らないキャートゥンがそこにいた。俺があの船にお世話になっていたのなんて短い期間だったから、すべてを知ることなんてできないのはわかっている。キャートゥンとの関わりだって全然なかったし。
腹の底がむずむずした。
懸賞金の金額を思えば、そんな凶悪犯から離れられてよかったと安心する。だけどその一方で、何も知らず、知らされず船に乗っていたことが寂しい。
仲間外れにされていたみたいだ。いや、海賊の仲間になんてなりたくないけど。
そんな矛盾した気持ちがぐるぐると回り続ける。
こんな気持ちも、何回か寝て起きたら忘れるのかな。大学の授業の発表で失敗したときの恥や、好きな子に振られたときの苦しさ、友達と喧嘩別れをした悲しさをいつの間にか忘れたように。