嘘つきなベロは乾かない

 知らない場所で目を覚ましたとき、どうすればいいのだろうか。
 知らない人について行かないなんてことは耳にタコができるぐらい言われたが、その後の対処法なんて聞いたことがないぞ。押さない走らない喋らないは災害時だし。
 そもそも俺はついて来たわけではない。意識を失う前はシロクマと対面していたはず。誰かに助けられたのかと思ったが、ずっと誰も通りがからなかったのに、たまたまシロクマに襲われそうになったときに会うなんて都合のいい話があるものなのか。
 悪いやつに連れ去られたにしても、シロクマがいなくなった後に助けられたにしても、ようやく人と会えるのだと安堵のため息をついた。この際、悪いやつでもいいから人間に会いたい。
 部屋の扉が開く音がして、力を振り絞って起き上がり、そのまま固まった。
 二足で立つシロクマがいる。
 のそのそと近づいてくると、朗らかに英語を喋った。
 英語を喋った。シロクマが。
 奇奇怪怪なできごとに呆然と口を開いたまま固まっていると、シロクマがおろおろとしだした。見るからに困っているが、俺だって超絶に困っている。まさか、ここに連れてきたのってシロクマですか。そういえば意識を失う前、シロクマが英語を喋っていた気がする。夢だと信じていたのにまさか現実なんて。
 お互いに無言で見つめあっていると再び扉が開き、今度は人間の男が入ってきた。
 ——やった! 人間だ! 変な被り物をしてるけど!
 と喜んだのも束の間で、その男はシロクマと英語で話し出した。
 ——英語かあ。
 たぶん俺のことを話しているのだろうが、何を言っているのかまったくわからない。英語は苦手なんだ。リスニングもスピーキングも読解も何もできない。いつも英語は赤点ギリギリだった。単位を落とすか落とさないかの瀬戸際で高校を卒業したのだから、もしかすると中学生どころか小学生レベルの英語しかわからないかもしれない。そんな俺にとっては英語での会話は雑音でしかない。
 挨拶は「ハロー」でいいのか? それは万能な言葉なのか?
 教科書の内容さえ理解できなかったのだから、それを実生活で活用することなんて到底不可能だ。
 結局なんとなく意思疎通できそうな「にゃにゃー」と呟いた。俺の下手な英語で挨拶するより、音だけの方がきっと俺に敵意がないことを証明してくれるはず。たぶん。
 シロクマと被り物の男は、シンと話すのを止めて俺を見た。けど、それも一瞬で、すぐにまたやいやい早口で話し始めた。
 体力も限界を迎えた今、何を言っているかわからない英語は子守唄にしかならない。もう完全に体育のあとの英語の授業状態だ。
 俺は抗うことなく寝てしまうことにした。
 おやすみなさいという気持ちを込めて「にゃっにゃいー」と呟いてから、グッナイくらいならさすがに言えたなと思ったけど、訂正する暇もなく俺の意識は遥か彼方へ飛んでいった。

ヒトリヨガリ