馬鹿な子ほど甘ったるい
ペンギンside
ベポの膝に手をついてよいしょよいしょと立ち上がったネコは、そのままそうっと手を離してふらふら揺れながら数秒一人で立ったあと、ころんと仰向けに転がった。
泣くか? と思ったが、ネコはぱちぱちと丸い目を瞬きさせるだけ。
「あー、可愛いなあ」
シャチが唸りながらネコの頭を撫でた。頭はぶつけていないが、それでも気になるのだろう。
後ろに転がったのにぶつけていないのは、ネコが着ている服に秘密がある。ベポが拾ってきたときの黒猫のベビー服は、その日のうちにイッカクの指示でフードが分厚く改造された。転んでも頭を打たないように。
最初、ベポが連れて帰ってきてキャプテンが乗船を許可したときは赤ちゃんの世話なんて面倒だと思っていたが、泣くことは少ないし大人しくて手間はかからなかった。そしてニャーニャー鳴くからネコと呼んでいると、数日もすれば情が移った。
常に頭を守る猫耳のついたフードを被っているので、すっかりうちのアイドルになっていた。
「惜しいのは男の子ってことだよなあ。女の子なら成長後のこと考えて育てる楽しみがあるのに」
「何歳差だよ。さすがに気持ち悪い」
「いや、でもジュエリー・ボニーに年齢を変えてもらったら……」
「だとしても中身は変わらないだろ」
シャチと軽口を叩きあっていると、ネコは寝返りをうってうつ伏せになり、ハイハイで床の上を移動し始めた。
俺たちがいるのは食堂だ。子供が怪我をするものが一番少ないからここで遊ばせることが多い。だからといって海賊船の中が安全なわけではないから、何か危ないものを触ったり食べたりする前にベポがネコを持ち上げて膝の上で抱えた。
「っていうか何歳なんだろうな?」
ひとりごとのつもりで放った言葉に、返事が返ってきた。
「体の発達から考えると一歳ごろだろうな」
「キャプテン!」
食堂に入ってきたキャプテンは、どかりと俺たちのそばの席についた。
持って入ってきた新聞を開きながら「だが」と言葉を繋げてネコを横目で見た。
「言葉の発達について年齢と合わないところがある」
「ふにゃふにゃ言ってるのって喃語ってやつなんじゃないんですか?」
「喃語にしては発音がはっきりしているし、発音自体は二歳でもおかしくはねえ。ただし、二歳だと二語文を発してもいいころなのに、あのガキは意味のある言葉すら喋らないのが気にかかる」
「それって……」
きょとんと俺たちを見上げる無垢な瞳。
どこかちぐはぐな違和感は抱いていた。大人しいというより感情が希薄。普通なら泣いて何かを訴えるだろうに、ネコはいつだってニャーニャー鳴き声だけ。
深刻な表情を浮かべる俺とシャチに、キャプテンはあっけらかんとその心配が杞憂であることを教えてくれた。
「障害という可能性は低い。物を認識する知能はある。にゃーにゃー言ってるのも猫の鳴き声とわかっているようだしな。あいつができないのは物を認識した上で、その名前を言うこと。……言葉を教える人間がそばにいなかった可能性が高かったことを考えると、知能に問題はないが学習量に問題があるってところだな」
その言葉を聞いて、それまでネコの手で遊んでいたベポがパアッと明るい顔をしてキャプテンを見た。
「じゃあ、教えれば喋れるようになる!?」
「ああ、おそらくは」
「やったー! 俺、早くネコと喋りたいな」
喜んだベポは、膝の上のネコを抱き締めた。
「にゃっにゃー! にゃにゃにゃ!」
喜びを伝えるように猫語を叫ぶベポ。何を言ったのかわからないが、気持ちは猫にも伝わったらしく、にこにこ笑って「にゃーお」と返事をした。
たしかにキャプテンの言うとおり、言葉を知らないだけでコミュニケーションは取れている。それならベポがちゃんと言葉を教えれば、そのうちに自分の意思を伝えてくれるようになるだろう。
にゃーにゃー言い合うシロクマと赤ちゃんの面白い構図は今しか見れないものになるのか。と、ちょっとしんみりしていた俺は、それがその先もしばらく続くとはこのとき思ってもみなかった。