壊れた日常の恩恵

「久しぶりですね、黒崎一護君」
「あー…っと、」
「縹樹です、縹樹真白。…朽木さんを助けてくれて、ありがとうございました」
「いや、当然…つーか、その敬語やめてくれよ。見た目は俺らと変わんねぇけど、あんた年上なんだろ?」

初対面の人間にそんなことを言われるとは思わなかった真白は、しばらく固まってしまった。「何だよ」と至極自然と尋ねた一護によって覚醒し、言葉を探すようにうろうろと目を泳がせると、ぽつりと「…わ、…わか、った」と呟いた。
驚いたのは一護と真白を除いた三人。白哉と卯ノ花は最早言葉を無くし、唖然と見ている。ルキアもルキアで相当ショックなのか、石化しそうな雰囲気だ。

「なんか、最初見たときと…雰囲気? 違うな」
「そうかなあ…」
「つか、ゼロ点ってなんだよ。真面目に答えさせといてゼロ点って」
「あれ? そんなこと言ったっけ?」
「言ってただろ!?」

二人でワイワイと盛り上がる声にハッとし、ルキアは「まっ、待て!」と真白の腕を引いて己の方に顔を向けさせた。

「な、何故一護は良いのだ!?」
「くっ朽木さん?」
「それだ! …あ、いや、えっと……」

あまりの衝撃に忘れていたが、彼女はとある事情で名前で呼ばないと言っていた。もしかするとそれは死神相手だけで、人間である一護には関係がないのかもしれない。
一度その考えに至ると、もうそれ以上言葉が続かなかった。顔をうつむかせてしまったルキアを見て、真白はピンと思い浮かんだ。彼女がそんな態度をとった理由を。

「――ルキア」
「えっ……」
「って、呼んでもいい…かな?」

少し不安げに、けれどルキアが断る筈がないと知っている表情だった。どストレートに自分が欲しい台詞を言ってくれた真白に、自分で望んだにも関わらずルキアは顔を赤くさせた。
言葉が出ない代わりに高速で首を縦に振るルキアが可愛くて、真白は口元を手でおさえて笑った。

「真白」
「……朽木隊長のことは名前で呼べませんよ」

どうやらこの場の雰囲気に乗って、自分も名前で呼んでもらおうという魂胆らしい。真白には見え見えだった。
一護とルキアはそんなことを言う白哉にも驚いたが、もっと驚いたのは真白を名前で呼んだことだ。特にルキアは長年二人と一緒にいるが、白哉が誰かを名前で呼んだところなど、今まで見たことがなかった。
そんな二人に気づいた真白は、あー…と口ごもったあと、秘密ねと苦笑した。

「私、朽木隊長と同時期くらいに死神になったから、知り合って長いの」
「そ、そうだったのか…」

詳しくはまた今度と言った真白にルキアは頷き、やがて解散となった。先に出て行ったルキアの後を追った一護だが、ふと気になったことを思い出して再び部屋に戻る。

「なあ」
「なに?」
「……浦原喜助って知ってるか?」

突然とも言える質問に、真白は大袈裟なくらい反応してしまった。やはり知り合いか――一護はやっと確信を持てたが、次の真白の表情を見て言葉を失った。

「……知らないよ、そんな人」

とても綺麗な笑みだった。悲しさや辛さなど微塵も感じさせない、仮面のようなそれ。
「そ…そっか。悪いな、突然変なこと聞いて」と、自分で思ったよりも早口で謝ると、一護は今度こそルキアを追いかけた。
部屋に静寂が戻る。最初に口を開いたのは、卯ノ花だった。

「よろしかったのですか? あんな嘘をついて」
「…もう、過去の人ですから」
「そうですか」

さて、と卯ノ花は真白に、ベッドに横になるように言う。素直に従った真白は布団を顔まで引っ張り、目だけを出して卯ノ花と白哉を見た。

「ゆっくり休むのですよ」
「明日は旅禍が帰る日だ。しっかり体を休めておけ」
「……ありがと。……烈さん、白哉くん」
「「!」」
「おっおやすみなさい!」

ぼふっと今度は頭まで布団をかぶった真白は、二人に背を向けてぎゅうっと目を瞑った。久しぶりに名を呼んだからか、心臓がばくばくと波打つ。
そんな可愛らしい真白に、名前を呼ばれた二人は互いに顔を見合わせ、嬉しそうに顔を破綻させた。

「おやすみなさい、真白」
「おやすみ、真白」

どこまでも穏やかな声が、布団の熱とともに真白を包んだ。





「ほんとに良かったの? ルキア」
「真白、来ていたのか! だったら、一護達に挨拶をしていけば良かっただろう!」
「いいのいいの。どうせいつかは会えるんだからさ。それよりルキアは良かったの? 一緒に現世に行かなくて」

一護達が居なくなったあと、ひょっこりと顔を出した真白はルキアに駆け寄る。突然縮まった二人の仲に、浮竹や阿散井、乱菊といった周りに集まる隊長副隊長達が驚いた。

「良いもなにも、私は死神だ。 いつまでも現世で遊んではおられん」
「ほんとにぃ?」
「ほっほんとだ!」

疑わしい目つきで自分を見る真白に、ルキアは顔を赤くして反論した。

「……帰って来たな、京楽」
「そうだねぇ。これも、あの旅禍のお陰なのかなって思うと、ちょっと遣る瀬無いな」
「市丸が居なくなったからどうなるかと思ったが……」
「…でも、結局会ってないんでしょ? 夜一さんに」
「……そうらしい、な」

だが、無理に二人を会わせるほど浮竹達も鬼ではなかった。真白自身が会いたくなったら会いに行くだろうと思っていたからだ。しかし、結局は顔を合わせることもなかったという。
見送りに来ていても、顔を出さなかったのも理由はそれだろう。夜一と会いたくなかった。ただ、それだけ。

「そろそろ、僕らも心を鬼にするときかなぁ」
「…長く生きすぎるのも、考えたものだな」
「それ今更だよ、浮竹」

嗚呼、今日も眩しいくらいの太陽の光が、尸魂界を照らしていた。