神様は意地が悪いらしい

ちゅんちゅん、と可愛らしい鳥の鳴き声が部屋まで届く。すでに目覚ましは鳴り終えたあとで、布団の山は心地よさげに上下していた。
そこへヒラ…と一匹の蝶が真白の部屋に入ったきた。――地獄蝶だ。ヒラヒラと舞いながら真白がいる布団の山にとまると、数秒後、ガバッと布団の山が崩れた。
髪があちこち跳ねているのも気にせず、真白は宙に舞う地獄蝶を指にとめた。寝起きのせいで頭が働かないが、地獄蝶から聞こえる声に耳を傾ける。だんだんと顔色が悪くなるのを自分でも自覚したが、最後まで聞き終えると、途端に死覇装に着替えて立て掛けていた斬魄刀を腰に差し、部屋を飛び出した。

「(なに、なんなわけ!? 私何かした!?)」

いつもより早く起きたおかげか、太陽はまだ真上には来ていなかった。だが真白がそれを喜ぶ暇すらなく、足は一番隊へと大急ぎで向かっていた。
仰々しい扉を前に、真白は思わず足がすくむ。ふ、と短く息を吐くと、大きな扉は待ってましたとばかりに開いた。
一歩、中に入る。ズァッと己に襲いかかる重たい霊圧に、真白は一瞬息ができなかった。詰まった息を吐き出し、漸く二歩目を踏み出す。フラッシュバックする記憶に足が止まりそうになったが、腰にある斬魄刀のおかげで進む足は止まらなかった。

「…三番隊平隊員、縹樹真白。只今参りました」
「うむ」

全隊長の目が真白を射抜く。その視線を一身に受けながら、真白はスッと片膝をついた。
一体何を言われるのか…まったく見当もつかない彼女を、総隊長である山本は暫しの間見つめていた。
随分昔――まだ真白が幼い頃、こうして今みたいに自分に跪いている姿を見たことがあった。ふと思い出したそれを瞳を閉じることで追い出した山本は、「頭を上げよ」と命じた。

「今回、お主には十番隊隊長、日番谷冬獅郎率いる先遣隊に同行して現世に行ってもらう」
「……現世…?」
「平隊員のお主に任せるのはどうかと思ったが、これには既に、現在着任しておる隊長四名からの推薦を得ておる。以前は席官を務めていたこと、そして今回の斬魄刀の始解を含めた、お主の戦闘力を考慮して考えた結果じゃ」
「まっ…待ってください!」

いきなり訳のわからないことを言われても、真白が頷ける筈がなかった。推薦? 現世? 何故そんな話に自分が出るのか、戸惑いすら覚えた真白は震えた声で訴えた。

「な、何故私なのですか…! 私は平隊員ですよ? それに三番隊は隊長が不在の今、誰かが欠けるわけにはいきません!」
「三番隊のことなら、当分は六番隊隊長の朽木白哉が仕事を引き受ける手筈になっておる」
「っ…ひ、平隊員が同行しても、足手まといになるはずです…!」
「お主の本来の・・・実力ならば、何も問題はあるまい。そうじゃな?」

山本が視線を向けた四人の隊長――卯ノ花、白哉、京楽、浮岳はそれぞれ頷いてみせた。まさか、この四人が自分を現世に推したなどとは考えてもみなかった真白は、ここが公の場であることすら今は忘れて強く睨んだ。

「…………」
「(うわぁ〜、すっごい睨んでる)」
「(うふふ)」
「(あとが怖いな…)」
「(………)」

護廷の隊長四人から推薦されたのだ。最早これ以上の拒否は失礼にあたるだろう。
真白はそれすらも狙ってやった四人を最後にキツく、キツく睨むと、山本に再び頭を垂れた。

「その命、確かに承りました」
「うむ。お主の働きに期待しておるぞ」

話はそれだけだろうと真白は立ち上がり、一礼してから背を向けて扉に向かって歩く。すると、後ろから重い重い霊圧がまたもや真白を襲った。

「は、…っ……」
「して、お主に聞かねばならぬことがあってのぅ」

今更なんだと言いたげに顔を歪めると、伸し掛かる霊圧に青くなった顔色をサッと変えて振り返った。既に歪んだ表情すら見られない真白に、山本は問いかけた。

「市丸の裏切りを、お主は知っておったのか?」

聞かれるだろうとは、思っていた。それがまさかこんな場でとは考えたくもなかった真白は、ゆるゆると首を横に振った。

「いいえ、私は何も知りませんでした」
「…その言葉、真かの」
「はい」
「……よかろう」

ふっと軽くなった肩に、真白は軽く礼をすると今度こそ一番隊隊舎から出て行った。
ちょうど午後を知らせる位置に太陽が昇っている。結局この時間になるのかと思った真白は、副隊長である吉良についさっき自分に降された任務の件を伝えに行くのだった。





「で、どこの教室でしたっけ?」
「知らなーい」
「いやホラ、向こう出る時メモ持ってたじゃないスか」
「…あァ、無くしちゃった!」
「なく…ちょっと!! 何してんスか!!」
「ガタガタ言うなよ。霊圧探りゃいーだろが」
「だって俺、コレ入んの初めてなんスよ? なかなか霊圧のコントロールが…」
「下手クソですいません」
「下手クソじゃねーよ!! つーかなんでアンタが一番シレッとしてんだよ!!」
「ふぁあ……うるさ…。てか朝早すぎじゃないですか…?」
「うるさって…!! てめー、そろそろ寝坊する癖治せ!!」

ギャーギャーと騒がしい声が廊下を進軍する。ちょうど朝の始業前だからか、廊下には人がたくさん溢れかえっているせいで、注目の的だった。

「しっかし窮屈な服だなァ、オイ」
「じゃあ僕達みたいにスソ出せばいいのに」
「バカ言え! そんなことしたら腰ヒモに木刀が差せねえじゃねーか!!」
「普通の人って学校に木刀差しますっけ?」
「あァ!? 大体オメーらが真剣はダメだっつーから、俺は木刀でガマンしてやってんだぞ!?」
「僕らが言ってんじゃないの。法律が言ってんの」
「イミわかんねーよ、真剣がダメだって!! どういう法律だよ!!」
「これだから脳筋は…」
「誰が脳筋だゴラ!!」
ウルセーぞオマエら!!!

ここで一喝され、途端に騒がしかったお喋りは一旦なりを潜めた。

「騒ぎにしたくねえなら、まず静かに歩け!!」
「へーーい」
「へーーい」
「着いたぞ! この部屋だ!! ホラ開けろ!」

ガッと二本の指をドアの取っ手に引っ掛ける。そのまま横にスライドさせると、ガラッと音を立てながらドアが開いた。

「おーーーす! 元気か、一護!」

現れたのはド派手な輩――もとい、本来なら尸魂界にいる筈の死神達だった。一護が次々に名前を呼んで行く中、「何で」と問うた彼に阿散井が答える。

「上の命令だよ。“『破面アランカル』との本格戦闘に備えて、現世に入り死神代行組と合流せよ”ってな!」

きっちり狂いなく答えたそれに、一護は怪訝そうな目で数センチ高い阿散井の顔を見上げた。

「アラン……って何だ?」
「あァ!? 何だ、オマエ。相手が何者ナニモンかも判らずに戦ってやがったのかよ!?」
たわけ! 貴様がこの間、ボコボコにやられた連中のことだ!!

良く響く声だった。それでいて、良く知っていて、とても懐かしい。
声の聞こえた方へ一護が目を向けると、開いている窓枠に手がガッと掛かった。瞬きすら忘れて見続けると、とうとう全貌が露わになり、一護は目を見開いた。

「…ルキア」
「…久しぶりだな、一護!」

実に、数週間ぶりの再会であった。