十刃エスパーダ』襲来

窓から入ってきたルキアのせいで、さらに怪しい集団だと思われた日番谷達。後ろの方で欠伸をかました真白は襲ってくる睡魔と戦いながら、ルキアが一護をぶっ飛ばし、かつ往復ビンタをなんの遠慮もなく繰り出すと、一護を無理やり死神化させて連れ出してしまったという一連の流れを眺めていた。

「…やっぱりこうなったわね」
「そっスね。全く、世話のやける野郎だ…」
「まァ、あんだけフヌケたツラ見せられちゃ、ああしたくもなるだろうぜ」
「そォ? ヘコんでた顔も、あれはあれでソソるもんがあったわよ」
どこが!? ソソるもんなんかないね!!
「イヤ別に、あんたに同意求めてないわよ弓親」
じゃあ誰!? 誰に同意求めてんの!? 一角!?
「なんでだバカ野郎」

また始まったお喋りに真白は呆れ、さっさと座りたい思いできょろきょろと教室を見渡すのだが、残念なことに自分の席が分からない。
「やっぱヤベー連中だよあいつら…」と日番谷達の外見を口々に言うもんだから、『ハゲ』というワードでキレた一角が暴れてしまい、もう収集がつかなくなった。

「…現世こっちに来るのも、久々だなあ」

窓から見える外の景色を眺め、真白はぽつりと呟いた。
その後、何と意外なことに乱菊がその場を収め、かつ学校から撤収すると言い出したので、真白は素直に上官の指示に従った。

「今から何処へ行くのですか?」
「一護の家よ。説明しなきゃでしょー? あたしらが此処に来た意味」
「なるほど……」

未だギャーギャー騒ぐ一角や阿散井を見ながら、真白は日番谷に尋ねた。

「あの、今から単独行動してもよろしいですか?」
「…あ? 何するんだ」
「いえ…現世に来たのは久しぶりですので、ちょっと町を見てみたいなぁと……」

躊躇いがちに言われたそれに、日番谷は歩きながら「判った」と頷いた。まさか許可がもらえるとは思わなかった真白は一瞬遅れて「ありがとうございます!」と礼を言うと、すぐさま走り出した。
途中、後ろから一角の声が聞こえた気がしたが、気のせいということにしておこう。

「空座町か……知らない名前だなあ」

ぶらぶらと歩きながら町並みを眺める。日番谷から尸魂界でいただいた数枚の硬貨、所謂お金をポケットの中にあるか確認して、近くのコンビニに入った。
所狭しと並ぶ商品に、『食べて』と真白に訴えかけるフライヤー、人が出入りするたびに大きな声で挨拶をする店員。その全てに驚きながら、真白はスイーツコーナーに辿り着く。
アイランドには和洋問わず陳列していて、甘いものが大好きな真白は目を輝かせながらいろいろ見比べ始めた。その中で一際目を引いたのが、三角形のスイーツだ。今まで和菓子しか知らなかった真白は、これは何なんだろうと首を傾げながら手に取ってみる。

「……? ふ、ろ…まーじゅ?」

何だこれとジーッと眺めるが、その正体は掴めない。悩んだ結果、取り敢えず買ってみようとレジに持って行き、手のひらに広げたお金を店員に取ってもらい、コンビニから出てとあるアパートの屋上へと落ち着いた。
順番通りにぺりぺりと包装を破き、恐る恐る食べてみる。もぐもぐと味を確かめるように目を閉じた真白は、「〜〜〜〜っ!!」と悶えた。

「うっまい! なにこれ! 超美味しい!」

目をキラキラと光らせてフロマージュに感動した真白は、「ツキ!」と呼びかける。すると何処からともなく幼子が現れた。黒い髪をサラサラと風で遊ばせながら、くりくりとした金の瞳を瞬かせながら真白の手元にある甘味をジッと見つめる。

「そ…それはなんですか? 真白しゃま」
「えっと、ふ…ろまーじゅ、“ふろまーじゅ”だって」
「ふ…ふろ、ま…じゅ?」
「うん。ほら、ツキも食べてみて! すっごく美味しいから!」

ん、とツキの口元にそれを持って行くと、彼も先ほどの主人を真似るように恐る恐る口を開いた。ぱくりっと頬を赤らめて勢いよく食べると、もぎゅもぎゅと噛み締め、「〜〜〜っっ!」と瞳を潤ませて真白にコクコクと頷いた。

「ね? ね!? 美味しいでしょ!?」
「ふぁい! とってもおいしいです!」
「松本副隊長が現世に行きたがるわけだぁ。甘味がこんなに美味しいなんて知らなかった」
「“そうるそさえてぃ”では、みたこともたべたこともないのです」
「そうだよね? …でも、やっぱり私はいちご大福が好きかなぁ。あれに勝るものはないよ」
「ツキもだいすきなのです!」
「ふふ、さすがツキ! 今度は絶対二人で食べようね」
「はいなのです!」

その後、伝令神機で各自自由に行動しても良いと連絡を貰った真白は、そのままアパートの屋上でツキとひたすら甘味談義に花を咲かせていた。

「そういえば…皆さん何処に行かれたんだろう」
「さあ? ツキはきょうみがないです」
「だと思った」

相変わらず他のこととなるとあからさまにツンとするこの斬魄刀は、主人である真白以外は基本嫌いだ。そんな彼でも特に嫌いなのが、“真白を傷つけたもの”。
それが人であれ物であれ、真白が傷ついたと判断すればツキは容赦なく力を奮うだろう。

「もうすっかり夜だね」
「はいなのです」
「……ツキの目は、何処にいてもすぐ判るね」
「ツキは、真白しゃまがどこにいても、かならずかけつけるですよ。だから――たくさんたくさん、“なまえ”をよんでくださいです」
「ふふ、うん。…もう、遠慮はしないよ」

そんな和やかな雰囲気をぶち壊したのは、空から降ってきた強烈な霊圧だった。

「―――…」

義魂丸を飲みこみ、義骸を脱ぐ。死覇装姿になった真白は、隣に立つ己の斬魄刀の頭に手を置いた。

「行くよ、ツキ」
「はいなのです、真白しゃま」

ダンッと地を蹴り上げ、真白は腰に収まった斬魄刀の重みをしかと感じながら走り出した。

「(敵は六人……。しかも全員誰かしらのところに居る、ってことは…)私の出番ない?」

どうやら一人除け者にされたらしい真白は、このままサボろうかと邪な考えが浮かんだが、後でバレたら日番谷が怖そうだとすぐに諦めた。
ならば、一番霊圧が高い方に行こう。走りながら各方面の霊圧を探り、やがて、一人だけ莫大な霊力を持つ者に気がついた。

「なに、これ…。こいつだけ桁違いの霊力じゃない…!」

そして、そいつの近くにいるのは――。
真白はタラタラ走るのをやめて、物凄いスピードで目的地を目指した。どうか、死なないで。…そう願いながら。





「…ぐ……」

辛そうに呻き声を上げた一護は、『十刃エスパーダ』の一人と戦っていた。
本来破面アランカルとは、『崩玉』によって虚から生まれ変わると、生まれた順に11以下の番号を与えられる。更にその中から、特に優れた殺戮能力を持つ者達が選抜され、能力の高い順に1から10の番号が与えられるのだ。その者達が『十刃』と呼ばれ、肉体の一部に自らの与えられた数字を記し、No.11以下を支配する権限が与えられる。
そして今現在、一護と戦っている『十刃』の背には、“6”の数字が刻まれていた。
――“第6十刃セスタ・エスパーダ”、グリムジョー・ジャガージャック。それが、藍染に第6の数字を与えられし者の名である。

「くそッ!!」
「………オイ、ナメてんのか死神。俺ァそのままのテメーを殺す気なんか無えんだよ」

ダルそうに一護に話しかけるグリムジョーは、だんだんと口角を釣り上げる。

「加減してやってる内にとっとと出せよ。テメーの卍解を。でねーとテメーも、そこにコロがってる死神みてーに、穴アキにするぜ!?」
「てめえ…!」

そこからは技と技の掛け合いだ。
一護が攻撃するが、グリムジョーはいとも簡単に躱して斬魄刀ごと一護を投げる。怯んだ一護が体制を整える前に拳を振り上げた。しかしそれは当たらず、一護は瞬時にグリムジョーの背後へと移動し、刀を左から右へ一線させた。
激しいやり取りは、一護の放った『月牙天衝』でいっときの終わりを迎える。グリムジョーの体には、左上から右下にかけて一本の線が見事に身体を抉っていた。

「ねえ」
「「!!」」

頭に血が上った二人の間を、女の声が走った。二人はバッと顔向けると、そこには真っ白な髪の死神が一人、ルキアの側で佇んでいた。

「ルキアをこんな目に遭わせたの…だれ?」

虚無感すら抱く双眸が、一護とグリムジョーの二人を貫いた。
無意識に身震いしたグリムジョーは、一護よりも面白そうだとニヤリと笑い、「俺だ!」と声を張り上げた。

「その死神に穴ァあけたのは、俺だよ!!」

一瞬、だった。
気づいたらグリムジョーは身体中がズタズタに斬り裂かれ、気づいたら地面に転がっていた。呆然とするグリムジョーの側にスタッと降り立った真白は、始解すらしていない斬魄刀の鋒をグリムジョーの腹に突き刺した。

「ウガアアァァア!」
「ルキアに穴をあけたんなら、貴方にも穴をあけなくちゃ」
「クッソ! クソ野郎が!!」

血を吐きながら暴言を吐くグリムジョーを一瞥し、まるで毒を吐くように真白は解号した。

まわれ、『月車』

刀は、命を刈り取るための形状へと変化する。湾曲した刃こぼれひとつなく、大きい刃。真白の背丈を軽く超えた斬魄刀――もとい“鎌”を構えた彼女は、肩に担いでうっそりと笑った。

「さあ、狩の時間だよ」