空振る手の行き先は

再び義骸に入った真白は、ローファーの靴音を鳴らしながら“浦原商店”から速く離れようとさっさと後にする。

「…アンタ、縹樹と知り合いだったのか?」
「……昔馴染みと言うべきっスか…面倒見た子ですよ」

だけど、どこに行けばいいのだろう。現世に来てから今まで、誰かと一緒に居たことなどなかった。
いつだって、一人だった。


「面倒……」
「まだ、アタシが尸魂界ソウルソサエティに居た頃の話っスよ」
「それが、なんであんな――」
「勝手に、置いて行ったんじゃよ。儂らがな」

好んで一人になったわけじゃない。ただ、今回の任務では一緒に居られるような人が居なかっただけだ。
十番隊の隊長副隊長である、日番谷と乱菊。
十一番隊の三席五席である、一角と弓親。
幼馴染みである、阿散井とルキア。
そこに、真白が無遠慮に入り込むなど到底出来やしなかった。


「夜一さん……」
「何も言わず、儂らは置いて行った」

――やはり、会うべきじゃなかった。
紅い花が、視界を覆い尽くすように舞い散る。


「じゃからこそ、市丸が反膜レガシオンに覆われて行ってしまうとき、彼奴は泣きながら斬魄刀を抜き、追いかけた。…置いていかれた既視感が、真白を襲ったのじゃろう。
何せ儂らが尸魂界から追放されたのも、彼奴が眠っている間の出来事じゃったからな。彼奴にしてみれば、自分が知らぬ間に全てが終わっていたからの…」

一体、いつになったらこの花は消えてくれるのだろう。
不意に空を見上げてみれば、青空はすっかり茜色に染まっていた。うっすらと広がる雲に目を凝らしてみれば、それすら奪うように紅が視界を埋め尽くす。


「儂らが居なくなってから百年――いや、百一年。ずっと真白の側で守っていた男…市丸ギン。彼奴の存在は、真白の中では大きなものとなった」
「―――……」

空を見上げることすら諦め、家の物陰に座り込んだ。ズブズブと沼に沈んでゆく感覚が真白を襲う。あたりには綺麗な紅い花が咲き乱れ、彼女を狂わせる。

「…会いたくなかったって、言われちゃったっス」
「儂が会えていないのに抜け駆けするからじゃ、阿呆」
「ちょちょ、待ってくれ! じゃあ彼奴は…縹樹の本当の実力って…」
「そんなもん訊かなくとも判るじゃろ。儂らが直々に扱き上げたんじゃ」
「そんじょそこらに負けるような実力じゃあないってことは、確かですねぇ」
「――嘘だろ……」

手を伸ばしたい。けれど、誰に向かって伸ばせばいい?
影に溶け込むようにひっそりと蹲る真白の姿は、ひどくちっぽけに見えた。






イ゛あ゛〜〜〜〜〜〜!!! くそっ!! くそっこの野郎!! くそくそくそっ!!! 折れろ!! 折れちゃえっ!!! ちくしょう!!!」

美しいと自称する顔を盛大に歪めた弓親は、己の斬魄刀を遠慮なく地面にガチャンガチャンと叩きつける。

あ〜〜〜〜ムカつく〜〜〜!!!
「うるさい!! あんたちょっとは黙ってできないの!?」
「だって藤孔雀の奴ムカつくんだもん!! こいつ高飛車だしエラソーだし、自分のこと世界一美形だと思ってるし、もーサイアクだよ!!!
僕ぜったいコイツのこと具象化できないと思うんだよね!! ていうか頼まれてもしてやるもんか!!」

マシンガントークでグワッと反論する弓親に、乱菊は「あんたにソックリじゃない」と呆れた。側で聴いていた真白も同調し、膝の上に置いている斬魄刀をチラリと見た。
姿を現したいのを我慢しているツキは、昨日散々月の光を浴びたおかげか、昼間でも輝いて見えた。“月車”は、月の光を蓄えることが出来る。たくさん貯めれば貯めるほど、能力は上がり攻撃の威力も強くなる。そのため、真白は毎晩月明かりの良いところに斬魄刀を立て掛けるのだ。
とうとう日番谷の雷が落ち、騒ぎも少し落ち着く。小高い岩の上で座禅を組んでいる一角は、ふと空を見上げた。

「(―――…雲が疾えェ…)」

ずっと見ていなければわからない変化。
日番谷は「ん?」と一角に何か言ったかと尋ねるが、彼は首を横に振り、結局その違和感を口にすることはなかった。
――バキン

「「「」」」

空が割れた。すなわち、虚圏ウェコムンドから虚がやって来たということ。しかし、そこから出てきたのはただの虚ではない。――破面アランカルだ。

「破面…!? そんな…早過ぎないか、いくら何でも…!?」
「確かに早過ぎるが…理由を考えてるヒマは無さそうだぜ…」

先ほどまで斬魄刀にキレていたとは思えないほど焦った顔をする弓親と、上空を見上げて眉間のシワを濃くする日番谷。
未だ座ったままの真白は、依然として目を閉じて斬魄刀と対話を続けていた。

「オウ? い〜い場所に出られたじゃねえか。中々霊圧の高そうなのがチョロついてやがる。手始めにあの辺からいっとくか」
「何言ってんの、アレ死神だよ。アレが6番さんが言ってた『尸魂界からの援軍』なんじゃないの? ね?」

手が見えないほど長い袖に覆われた男は、下を見下げた後、後ろ――グリムジョーを振り返った。

「ア、ごめーん。“元”6番さんだっけ」

なんともわざとらしい間違いだ。それが判ったからこそ、グリムジョーはつい先日戦った相手――一護を探すために飛び出した。本当は真白とも戦いたかったのだが、まだ一護の本当の実力を見ていない。グリムジョーにはそのことが気にかかっていたため、今回はそちらへ走ったのだ。

「あんの野郎!!」
「ほっときなよ。所詮十刃エスパーダ落ちさ。――何もできやしないよ」

そんな会話をしている最中、日番谷は死神化して一番大きな体つきをしている破面へと斬りかかった。

「十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ!」
「奇遇じゃねえか、俺も10だぜ。破面No.10ディエス、ヤミーだ」
「No.10…! 『十刃』ってやつか」
「よく知ってるじゃねえか。随分と口の軽いヤローと戦ったらしいな」

今の今まで座禅していた真白も、義魂丸を飲み込んで死神化し、漸く立ち上がる。始解していない斬魄刀を鞘から抜き、しばらくの間静観した。日番谷先遣隊は、群を抜いて力がある。故に、平隊員である真白の手出しが果たして必要なのか。
そんな考えも、一気に霧散することになる。

「ヤミー! そっちの子もボクにゆずってよ!」

グリムジョーの後釜に入ったNo.6セスタの階級を頂いた、ルピ。彼は弓親との一対一に飽きたのか、ヤミーに提案を投げかける。

「こいつらウダウダめんどいからさ、一気に五対一でやろーよ。ボクが解放して、まとめて相手してあげるからさ」

一気に高まる霊圧に、真白もいよいよ本腰を入れて地を蹴った。――紅い花が一枚、舞った気がした。