窮地なんて蹴り飛ばせ

ルピの手が己の斬魄刀に伸びる。以前強襲を仕掛けてきた破面アランカルとの戦いで解放がどんなものか知っている日番谷は、ルピが完全に抜く前に飛び出した。
勿論なんの打ち合わせもしていなかったため、乱菊達は一瞬動きを止めてしまう。日番谷はそんな部下達を一瞥もせず、最初から全開で攻撃した。

卍解――大紅蓮氷輪丸!!

背に氷の羽を生やした日番谷は、斬魄刀を両手で構えてルピに猛進する。しかし、既に敵は斬魄刀を完全に抜いていた。

くびれ、蔦嬢トレバドーラ

迫り来る攻撃を退ける日番谷。それを遠目から見ていた真白は、チリチリと感じる殺気を全身に浴びながら斬魄刀をより強く握った。

「…どうした、こんなもんか? 解放状態のてめえの攻撃ってのは」
「ハハッ! よく防いだね! …でも正直、止められるとは思わなかったな。ちょっとショックだよ。意外とやるもんだね、隊長クラスってのは」

煙の中から、感情の見えない声が聞こえた。

「でもさ、もし今の攻撃が――8倍になったらどうかなァ?

煙が晴れた先には、まるで蛸のような足が八本生えたルピが居た。一撃でさえ退けるのもやっとだったのに、それが八倍になったら――寒気が、全員の背中を襲った。

「何……だと…」

蔦のように伸びた手が、一斉に日番谷を狙った。太刀打ち出来なかった日番谷は、成すすべなく地面へと真っ逆さまに落ちてゆく。「隊長!!!」と叫ぶ乱菊の声が、真白の耳を貫いた。

「言ったろ? 5対1でいこうよってさ。 ア、ごめーん。5対8、だっけ?」

嘲笑うルピの表情に、真白は深く息を吐いた。





「何だ、話んなんないね。キミたちホントに護廷十三隊の席官?」
「(一人平もいるんだけどね…!)」
「つまーんないっ」

ついにルピの斬魄刀に捕らえられた乱菊、弓親。それに気を取られて一角、真白まで身体の自由を奪われてしまった。

「んー、どうしよっかなァ? 一人一人嬲り殺しちゃう? それとも串刺しにしちゃう?」

楽しそうに思案するルピを見て、真白はフッと笑った。耳聡く聞こえたルピはガラリと雰囲気を変え、未だ不敵に笑う女をギロリと睨む。

「…まだ、自分の立場を判ってない奴がいるみたいだね」
「真白……っ」
「自分の立場? …それって、あんたのことじゃなくて?」

敬語ではない話し方に、乱菊たちは驚いた。今まで敬語しか聞いたことがなかったからだ。それが今や、隊長である日番谷を倒した相手に嘲り、挑発を重ねる始末。
これがあの真白なのかと、三人は目を瞠った。

「捕まえた程度で威張られてても困るなあ」
「ハッ、じゃあお前はそれから抜け出せるのかよ」
「いいの? プライド傷つくんじゃない?」
「出来もしないくせによく言うねぇ!」

ならばと、吠えるルピに応えるように真白は口を開いた。

「ツキ、おいで」

甘い、とろけるような声だった。聞いてる此方が恥ずかしくなるような声色に、一角や弓親はこんな状況にも関わらず顔を赤くしてしまう。
真白を捕まえる蔦の上に光が集束する。より一層眩しくなると、パァン!と光は弾け、そこに一人の幼い男の子が立っていた。濡れた夜空のような黒髪に、月を思わせる金の瞳。眉毛も睫毛も金に染まっていた。――その名は“月車”。まごう事なき、真白の斬魄刀である。

「だ、誰……」
「なんて美しい……」

困惑する乱菊と一角に、あまりの美しさに恍惚とする弓親。さらにルピは、突如現れた謎の少年に警戒心を露わにするも、やはりその美しさに目がいってしまう。
当の本人はぐるぐると動きを封じられている主人真白を見て、まるで氷のような雰囲気を醸し出していた。

「……ツキ」
「あのおとこですね、真白しゃま」
「うん、そうなんだけど…」
「だいじょうぶなのです。真白しゃまの“おて”をわずらわせたりはしないです。――ツキがぜんぶ、おわらせてやるです」

静かに怒りを灯すツキにやれやれと苦笑した真白は、「ツキ、」と宥めるように特別甘く呼んだ。

「もう、私と一緒に戦ってくれるんじゃないの?」
「う……」
「ね? 一緒に、あのムカつく奴を倒しちゃおう。ついでに前の鬱憤も晴らそうよ」

前の鬱憤とは、以前思いがけず浦原と再会してしまったことだ。あれには真白以上に怒っていたツキだからこそ、この台詞は効果覿面だった。「…わかったです」と頷いたツキは、何処からともなく“月車”を右手に出現させると、真白を縛り付ける蔦をザンッ!といとも簡単に断ち切ってしまった。
自由になった真白はツキの頭を優しく撫で、慈愛に満ちた眼差しを送る。主人の愛を一身に受け、ツキは「真白しゃまっ」と彼女の首に抱きついた。

「さてと」
「真白……あんた、」
「…後で、ご報告させていただきます」

乱菊を見ずにそう言うと、真白は手早く髪をまとめてルピと対峙した。ツキは抱きつく格好から真白の隣へと移動する。

「遊ぼうか、破面」
「ハァ? 違うでしょ? ボクが遊ぶんだよ!」

ビュッと迫り来る蔦を軽々と避け、真白は双眸を鈍く光らせて呟いた。

廻れ、『月車』

隣に立っていたツキは眩しいほど光りを放ち、やがて真白が差し出した右手に大鎌の形状で収まった。彼女の始解姿を見慣れない乱菊達は、改めて鎌を構えて立つ真白に違和感を感じた。――いや、違和感じゃない。少なくとも乱菊と一角は違う。
もうずっと前に、見たことがあった。小さな身体に不似合いな大鎌を振り回し、黒い髪を靡かせていたのを。

「まずは…その邪魔なモノを無くそうか」
「コレをどうするって? 冗談も大概にしなよ…死神ィ!」

眼前に迫る蔦に、芸がないと呆れる。何度もなんども見せられれば、打開策なんて山のように浮かび上がるものだ。

炎舞えんぶ “火照かしょう月輪げつりん

両手で鎌を持ち、後ろへグンと引くと同時に蔦を切り裂いた。すると、蔦は斬られたところから火が燃え、まるで導火線のようにどんどん燃え広がる。
気づけば、乱菊達を縛り付けていた蔦も燃え尽き、皆自由の身になっていた。

「さて、これで振り出しだね」
「お前……よくも…!」
「5対………なんだったっけ?」

真白が挑発するように笑ってみれば、ルピは怒りで顔を真っ赤にした。