嘘つきには簡単になれる

ルピの攻撃を躱しながら攻撃を仕掛ける。何度もそうしているうちに、真白の息が切れてきたときだった。
――己に迫る殺気に、真白は顔だけ後ろに振り向かせた。眼前に迫る手のひら、不気味な笑み。それらに思わず体が動かなかった彼女を、暖かな温もりが包んだ。

斬魄刀で敵を一時的に退け、真白を抱きかかえて即座に離れる。そんな彼を皆、驚愕に満ちた瞳で捉えていた。

「――――……、…誰だよキミ」

問うたのは、ルピだった。

「あ、こりゃどーも。ご挨拶が遅れちゃいまして。――浦原喜助。浦原商店でしがない駄菓子屋の店主やってます。よろしければ以後、お見知りおきを」

ソッと真白を離し、斬魄刀を構えた浦原。隣にいる存在に未だ実感がわかない真白は、不覚にも安心した自分に対してひどく戸惑いを覚えた。

浦原がルピに対して、否――敵に対して殺気を浴びせる。そのすぐ後ろから、無音である人物の手が伸びてきていた。先ほど真白に同じことをした人物と、まったく一緒だった。

「アハ!」

ガン! と再び斬魄刀で退けられた男は、愉しそうに笑い声をあげる。

「…へえ、随分変わったヒトが居るじゃないスか…」
「アーーー…」

グググ…と男の左腕が上がる。なんだと瞬きすらせずに見つめていた、はずだったのに。真白は気づけばまた裏腹に抱えられて、瞬歩で移動していた。

「いやァ、ビックリしたっスねえ。…何スか、今の技? 見たことない技だ――…」

目を鋭く細めて男を見た浦原の背を、誰かが攻撃した。

「…ッ…、…か…!」
「ぐはははははははは!!!」
き、っ…浦原さん!!

隣いたはずの浦原は、前のめりに倒れそうになる。なんとか踏ん張る彼の姿を間近で見ていた真白は、頭上で嗤うヤミーにギロリと鋭い眼光を向けた。

「教えてやろうか!! 今のは『虚弾バラ』って言ってよ! 自分の霊圧を固めて、敵にぶつける技だ!! 威力は虚閃セロにゃ及ばねえが…スピードは虚閃の、二十倍だ!」

拳に固めた霊圧を、丸ごと浦原にぶつけるヤミー。すぐにそれを止めようとした真白だが、彼の実力を知っているため、迂闊に手など出せなかった。
もしもこれが彼の、浦原の作戦なら――到底邪魔など出来るわけがない。そしてその目論見通り、浦原は粉々どころかかすり傷一つ追うことなくヤミーの背後に立っていた。

「てめえ…!! 何で…」
「なんで生きてんだーっ…スか? さあて、なんででしょ?」

敵を挑発することには長けている浦原だからこそ、誰よりも挑発に乗りやすいヤミーの相手は適していた。

「…ナメてんのかてめえ…訊いてんのは俺だろうが…。訊き返してんじゃ…ねぇよ!!!」

虚弾で攻撃するヤミー。ゴォン…と轟音が辺りに響いた。

「はっ!! バカが!! コナゴナ――…」

嘲るように笑ったヤミーの目の端に映ったのは、斬魄刀の鋒だった。
そのシーンを確と見ていた真白は、これ以上自分の出番はないことを確認すると、戦闘の邪魔にならないようにその場から離れた。――悔しげに拳を握り締めながら。

「…結局、足元にも及ばない」

呟かれたそれを聴いていたのは、彼女の斬魄刀だけだった。

それから、突如として状況は一変する。追い詰められていたはずの日番谷先遣隊が、今度は追い詰める側に回ったのだ。
だがそれもすぐに、空から降ってきた光――反膜ネガシオンによって終わりを迎える。それは破面アランカルを包み、やがて割れた空の軋みへと吸い込まれていった。

残された死神達は戸惑いと悔しさを覚えながらも、今回助けとなった男、浦原へと目を向けた。
当の本人は吹く風に飛ばされないように帽子を抑え、すでに地上に降りていた真白の元へ行くと、身体をペタペタと触り始めた。これには一角達も黙っていられるはずもなく。

「アンタ何やってんだ!?」
「何って、怪我の確認スよ」

最初は抵抗しようとした真白だが、吠える一角や弓親を見ればどうでも良くなったらしく、今はされるがままだ。そのせいで更にヒートアップしそうになる言い合いを止めたのは、ある一点に集中する眩い光だ。その現象をつい先程見た乱菊達は動きを止め、ジッとそこを見つめる。
パァン! と光が弾けると、そこにはやはり、あの時見た少年がいた。ふさふさと生える金のまつ毛が揺れ、閉じられた瞼が開く。覗いた同色の瞳に一行が映された。

「真白しゃまからはなれるです」

ぐいっと子どもとは思えない力で浦原と真白を引き離した少年、ツキはこれ見よがしにぎゅううっと主人に抱きつき、恨みを孕んだ瞳で浦原を睨んだ。

「あーーーー! その子! さっきの!」
「誰との子なの!? すんっっっごく美しいんだけど!!」
「えっ!? い、いや、あの――」
「ちかづくなです」

真白に迫る乱菊と弓親を冷たくあしらうツキ。日番谷や一角は騒ぎこそはしないが、探るような目つきでツキを眺めた。
夜に見紛う黒色の髪に、月を連想させる金の瞳。浦原はまさかと思ったが、どうしても言わずにはいられなかった。

「……その子は、まさか――…」
「…斬魄刀です、私の」
「えっ……」

一瞬の静寂の後。

「「えぇぇぇぇぇええ!!?」」

乱菊と弓親、二人分の叫び声が閑静な住宅街に響いた。





いぃ〜〜〜〜ででででででェっ!!!

夜も更けた頃、とある場所では一角の叫びが家を揺らした。
そこはお馴染みとなった、浦原商店の地下。そこで一角はテッサイから治療を受けていた。

「もういいっつッてんだろが! 放せっ!!」
「む! そういう訳にはまいりませぬ!!」
「うるせえ! いーんだよ!! 元々大したケガじゃ…ね゛ェッ!!

騒ぐ一角の後ろからそーっと近づいてきたのは、浦原商店唯一の女の子、ウルルだ。彼女は両腕を広げて位置を確保すると、躊躇いなく一角の首を絞め上げた。抵抗する暇なく倒れた一角を弓親が助けようと割り込むが、今度はテッサイに倒されてしまった。これで治療がやりやすくなったと、テッサイはいい笑顔で手を動かし始めたのであった。

ある岩の上に足をぶらりと投げ出しながら座る真白は、隣に立つ男をチラリと見上げてまた足を意味もなくぶらぶらと揺らした。
また此処に来ることになるとは――。喉元まで出かかった溜め息を飲み込み、眼下で倒れている一角と弓親を眺めた。

「……具象化、皆さんに見せて良かったんスか?」

突然、そんな台詞が上から降ってきて、真白は隣を見上げた。確かに話しかけてきたはずなのに、隣の男――浦原は此方を見ず、遥か遠くを見つめている。
その態度に今度こそ溜め息を吐き、「いいんです」と答えた。

「…もう、いいんです」

なんて冷えた声。それが自分の口から出たものかと思うと、笑いが込み上げてきた。
どうしてこんな関係になってしまったんだろう。昔はこの人に、こんな声で話すことなんてなかったのに。

「…はな、」
「……?」
「紅い花、まだ見るんスか?」

その問いに、すぐに答えることは出来なかった。ちらちらと映る紅はいつだって見えるし、消えることなんてほとんどない。
けれどそれを馬鹿正直にこの人に伝えることは、したくなかった。

「……もう見ませんよ。いつの話をしてるんですか」
「そっスか…なら、良かったです」

本当に安心したように、ほんの少し微笑むもんだから。
嘘をついた心が苦しくて、痛くて。誤魔化すようにまた足をぶらぶらと揺らした。