「――ルキア!」
「っ! 真白…!」
「っと…阿散井副隊長まで…。どちらへ行かれるつもりですか?」
月明かりが照らしたのは、外套を身に纏った阿散井とルキアだった。二人はまさに今から何処かへ行こうという格好だ。
別に何処かへ行くのはいい。が、こんな夜更けにコソコソとしているのがおかしいのだ。二人は顔を見合わせて口を噤むと、やがて諦めたように息を吐いた。
「…
「……は?」
「…井上を助けに」
「はぁぁ!? な、に考えて…っそもそも、朽木隊長が許すわけが――」
「朽木隊長から許可は…っつーか、あの人は知ってる」
「(ますます訳が解らない…)」
何故白哉が知っているのか、何故止めなかったのか。真白には全く解らなかった。
「頼む、真白。行かせてくれ」
「…そんな…、」
「?」
「(……ずるい。そんな、そんな頼み方――…)」
重なるのは、先ほどまで思い出していた男。彼は頼みこそしなかったが、それでも真白の所までわざわざ来て、言葉を交わしたのだ。
「…ねえ、ルキア」
「なん……っ、」
ああ、どうしてだろう。
言うつもりなんて無かった。むしろ墓場まで持って行くつもりだった。
「あっ頭を上げないか! 突然どうしたのだ!?」
「おまっ声デケェよ!」
「恋次こそ!」
「――ルキア」
だけど、言いたくなった。
何故か今、無性に。
「ルキアが、海燕を刺したこと――知ってた」
「――…え……?」
目を大きく見開き、あまり言葉の意味を飲み込めていないルキアを、真白は頭を上げて真っ直ぐ見つめる。ルキアの隣には、これまた驚いた表情で此方を見つめてくる阿散井の姿も。
「ずっと言いたかった。でも言えなかった」
「あ……」
「…私は――」
「すまぬ!」
「っ!?」
真白の言葉を遮り、今度はルキアが勢いよく頭を下げた。よくよく見れば彼女の身体は震えていて、触れることすら躊躇われた。
「すまぬっ…! だ、だったら私は! 今まで、何も…説明すらせずっ…! 本当に、すまぬ……!」
「っ、ルキ、」
「すまぬ……!」
ぽた、と一粒、床に涙が落ちた。ルキアが泣いているのだ。隣の阿散井はルキアを支えようと手を伸ばし、キッと此方を睨んでくる。
――ああもう、やっぱりルキアは馬鹿だ。
「馬鹿ルキア」
「すまっ……へ…?」
「話は最後まで聞いてよ」
情けなくも、真白の声も震えていた。何と言っても、海燕の話をするのはルキアが初めてなのだ。
「――ありがとう」
「……!?」
「ありがとう、海燕を刺してくれて。海燕を最期まで戦わせてあげてくれて。最期まで誇りを守ってくれて。――心を、守ってくれて」
そう、ずっと言いたかった。
『ありがとう』の台詞を、貴女に。
「あ…っ、っ…!」
「ごめんは私の台詞だよ。…ずっと黙っててごめんね。……ありがとう、ルキア…」
泣きじゃくるルキアに手を伸ばし、ぎゅうっと強く抱きしめる。こんな小さな身体に、ずっと重荷を背負わせていたことを深く思い知り、真白は情けない気持ちでいっぱいだった。
「――気をつけて行ってきてね」
「ああ!」
「阿散井副隊長も、どうかお気をつけて」
「ああ。…悪かったな」
「ふふ、いえ。…大切に想われてるんですね」
「ちっちげえ! そんなんじゃ…!」
阿散井が謝っているのは、先ほど真白を睨んだことだ。そんなことをわざわざ律儀に謝ってくれる阿散井に、真白は笑った。
「帰ってくるまでが遠足ですよ、お二人とも」
「判っている!」
「尸魂界を頼んだぞ」
「はい。――行ってらっしゃい」
行ってきます。
そう返してくれた二人の背を見送り、真白は自室へと戻った。
・
・
「申し上げます!」
翌朝、護廷には隠密機動の声が響き渡った。
「六番隊副隊長、阿散井恋次殿及び、十三番隊朽木ルキア殿。両名の霊圧が隊舎から消えた模様です! 現在、我が隠密機動第二分隊・警邏隊が瀞霊廷全域に捜査範囲を拡げ――…」
「………………、…あ奴等め…」
そんな報せを、やはり布団の中で聞いた真白はぐずぐずといつまでも起き上がろうとしない。昨日はルキアと阿散井を見送ったあと、後から後から涙が流れて止まらず、寝たのは夜が明けてからだったのだ。
もそもそと布団の中で丸くなった真白は、数秒後――布団への未練を断ち切るようにガバッと勢い良く起き上がり、支度を始めた。ご飯をさっさと食べ、向かう先は三番隊の隊舎裏。静かな空間に短く息を吐いた真白は、始解していない斬魄刀を構えた。
「(――そろ、そろ…疲れたな…)」
何時間鍛錬をしていたかわからない。流れる汗が地面に落ちていくのを感じながら、真白はゆっくりと両の手を下ろした。
「なんや、もう終いか?」
「っ……!」
聴こえた声に思い切り後ろを振り向く。しかしそこには誰もおらず、木々がざわめいただけだった。
そう、誰も居るはずがないのだ。ましてやあの人の声が聴こえるなんて、本当に、あるはずがないことなのに――。
「ぁ…、っ…」
喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込み、余計なことを口走らないよう手で口を押さえる。代わりに涙が勝手に零れ落ちてきた。言えない言葉の代わりに、涙が。
「…百年、耐えたんだから。耐えれたんだから…」
きっと、これからも大丈夫。
なんて根拠のない『大丈夫』を自分に言い聞かせた真白は、ごしごしと涙を拭うと再び鍛錬を再開させた。
――『会いたい』なんて、口が裂けても言えるわけがない。