カラン…と筆を放り、机の上に伸びた真白。全身の力が抜け切った彼女にクスクスと笑いながら、部下の
「いや、私が持っていくよ」
「え? ですがお疲れでは…」
「私がサボったツケだもん。最後まで責任持ってやるよ。加賀の方が疲れてるでしょ?」
「目の下のクマ、隠せてないよ」と指差すと、加賀は隠し事がバレたとでも言いたげに苦笑した。それ見たことかと無理やり書類を奪い取ると、加賀に何かを言われる前にスタコラと隊舎から出て行った。
積み重なる書類タワーのせいで前が見えないが、行けないことはない。よたよたと覚束ない足取りで一つ一つ書類配達に出かけた真白は、結局どっぷりと陽が暮れてから五番隊に戻って来たのであった。
「つっ……かれたあ…!」
グイーッと両腕を上げれば、固まった身体が伸びて気持ちがいい。誰も居なくなった隊舎の中だが、真白は迷いなく隊首室に入った。薄暗い電気が部屋を照らしている中、お目当ての人物は机の上に突っ伏して心地好さそうに眠っていた。
身体が上下する度に、彼の金色の髪がサラサラと重力に従って落ちてゆく。ただそれだけのことなのに、真白にはどこか幻想的に思えた。
「……連れてってくれるって言ったのに」
小さな声で呟かれたそれはひどく頼りなく、けれどその声色は全く怒っていなかった。
奥にある戸棚を開け、お昼寝用として置いていた毛布を取り出すと、ふわっと優しく平子の背にかけた。これでも起きないのだから、彼の警戒心は一体どうなっているのか。
「(そう言えば…今日は朝から眠そうだったな…)」
仕事疲れか、はたまた昨晩酒を飲みすぎたのか。どちらにしろ真白に理由を教えることは絶対無いのだから、模索したって無駄だ。溜め息を寸でのところで止め、真白は隊主室から出て行った。向かう先は平子と約束した、『いつものところ』である。
露店が立ち並ぶそこは、夜も更けているというのに大勢の人で賑わっていた。彼方此方から呑んだくれの大声が聞こえてくる。真白はその光景に相変わらずだと笑いながら、とある店へと入った。
「いらっしゃ――おっ、真白ちゃんじゃねえか!」
「ども」
ねじねじに
カウンターに腰掛けてぶらぶらと足を揺らしていると、目の前にコトンと何かを置かれた。――
「白玉善哉!」
「前はちょうど売り切れちまってたからなァ。ほれ、食え食え!」
「じゃあ遠慮なく…いただきまーすっ」
ぷるんとした白玉と、砂糖で煮詰めた豆を同時にスプーンで掬い、口に入れる。もぐもぐと味を噛み締めた後、「〜〜っ、っ…!」とその美味さを表現出来ずに悶えた。
「うまい! 超うまいよ、とっつぁん!」
「おーおー、そりゃあ良かった。にしても…ほんと美味そうに食うなァお前」
「? そうかな…」
自分では普通に食べているつもりなのだから、そんなことを言われても真白には解らない。適当に返事をして二口、三口とどんどん食べ進めた。
すると誰かが店に来たらしく、店主は「いらっしゃい!」と元気よく客を出迎えた。見慣れた客なのか、店主が喋っているのをどこか遠くのように聞きながら、真白は食べることに集中する。
最後にとって置いた二つ目の白玉をスプーンで掬い上げ、恍惚した表情でうっとりと眺めると、漸く食べるのかあーんと口を開けた。しかし途中で誰かにグイッと手首を掴まれ、そのまま強い力で引っ張られた。
「へ…」
「うわ…あっま! よーこんな甘いモン食えるのォ」
「真子? 何でここに……って、あーーー!!」
スプーンの上にあった筈の白玉は忽然と姿を消していた。勿論犯人はこの男、平子真子。
「ゲロ甘やんけ。よォ食えるわ」
「……最後の、白玉だったのに…」
「ええやんけ。人を置いてったバツや、バツ!」
プッツーンとキレた真白は、ゆらりと立ち上がり斬魄刀を抜いた。マジギレモードの真白に平子はヒクリと口を引攣らせ、「わわわ悪かった! せやから刀しまえ! こないなとこで斬魄刀抜くてお前アホか!」と、慌てて店主に白玉善哉をもう一つ頼んだ。
「ん〜〜〜っ…んまいっ!」
「そら良かったわ……」
頬杖をついてげんなりとした平子は、湯気の出た茶をズズズ…と啜った。
この店は酒と甘味、両方を営んでいる。どちらも味は抜群で、御用達にしている隊長格達は多い。ここの甘味を真白は大層気に入っているのだが、価格が普通の店よりも高いことからあまり来られず、こうしてたまにしか来ることが出来ないのが何とも悔しい。
「ほんで、何で俺を置いて行ったんや」
「寝てたじゃん」
「起こせやボケ! 俺はちゃんと待っとったったやろ!!」
「ねっ寝落ちたのかと思ったの! 朝も眠そうだったし…起こさない方がいいと思って…」
最後の方はごにょごにょと言いづらそうに言い訳する真白。平子はガシガシと己の頭を掻き、ボスっと真白の頭に手を置いた。
「変な気ィ回さんでええねん。俺が言い出してんから、無理やり起こしてええ」
「……じゃあ、今度からそうする」
「おん」
「殴って起こすね」
「何でやねん! 普通に起こせ! お前最近ひよ里に似てきたで!?」
「だって、ひよ里が『ハゲシンジには遠慮なんかせんでええ!』って……」
「あン…のアホが…!」
ギャイギャイ言い合ってると、後ろからある霊圧が近づいてきた。二人して目を向けると、そこには隊長羽織を着た男――浦原喜助がいた。
「やっぱり、随分賑やかだと思えば…お二人さんだったんスね」
「喜助!」
「何やねん賑やかて。全然賑やかちゃうわ」
「またまた〜すぐそんな屁理屈言うんスから!」
店主にお茶を頼むと、喜助は真白を挟むように彼女の隣に座った。白玉を頬張る少女の姿に目を細め、「お元気そうでなによりっス」と言った。
「そういえば、最近喜助に会わなかったね」
「ある実験をしてて…なかなか外に出ない生活が続いてますからねえ…。こうして会えて良かったっス」
「ふうん? あっ喜助、これあげる」
口元に近づけられたのは、まん丸な白い餅。善哉についていた白玉だ。普段あまり甘味を人にあげることをしない真白にしてみれば珍しい。目をパチクリと瞬かせた喜助は、すぐに嬉しそうに笑った。
「いいんスか?」
「いいの。真子も食べたから、喜助にもあげなきゃ」
「俺ンときはあんなに怒っとったくせに、喜助ンときはエエんか!?」
「真子は“勝手に”食べたからでしょ!」
浦原を置いて再び言い合いを始めた二人。もちもちとした食感を味わいながら、浦原はふっと穏やかに微笑んだ。
「仲良くなったっスねぇ、二人とも」
「「はぁ?」」
突然そんなことを言われれば、二人も言い合いをやめて浦原に向き直る。
「二人ともって……真子だけじゃないよ、仲良くなったの」
「アハハ、そうですね。浮竹さんや京楽さん…あとはひよ里さん達とも仲が良いんでしたっけ?」
「そうだけど…そうじゃなくて!」
バンッと机に思い切り手のひらをつくと、真白は噛みつくように口を開いた。
「喜助は仲良くないの!?」
「――!」
「…喜助とだって…仲良いつもり、だったんだけど…」
「あ…」
「それは、真白の勘違いだったの…?」
気づいたら、悲しげに呟く真白を抱きしめていた。小さな背に、綺麗な黒い髪。不安定に揺れる霊圧に、己の未熟さを感じた。
「……勘違いじゃないっス」
久しぶりに感じた温もりに身を委ねていると、まるで恋人同士のラブシーンを見ている気分になった平子は、「さっさと離れえ!」と二人の間に割り込んでガバァッと引き剥がしたのはお約束というやつである。