他愛もない指切り

書類を持ち、トタトタと足音を立てながら瀞霊廷内を歩く。周りよりも頭一つ分どころか二つ分も低い真白は、黒い髪を揺らしながら最後の隊へ向かった。ガサガサと手首で揺れる小さな袋を、三つぶら下げながら。

「ごめんくださーい」

トントンと軽くノックをして、勝手に扉を開ける。ひょこっと顔を出してきたのは、十二番隊副隊長――猿柿ひよ里だ。普段なら、失礼な入り方をしてきた奴は容赦なく蹴り飛ばすのだが、真白は別だ。彼女はひよ里のお気に入りなのだ。

「よォ来たな、真白!」
「ひよ里〜!」

すっかり変わってしまった十二番隊の隊舎の中、白衣姿のひよ里に出迎えられ、真白は書類を適当な机の上に置いてギュウッと抱きついた。お互い似たような身長のため、周囲からは幼い姉妹がじゃれ合っているように見える。

「ねえねえひよ里、甘味処行かない? 美味しいみたらし団子を売ってるお店を見つけたの!」
「行きたいのはやまやまやねんけどなあ――」
オイ! 三番の容器はまだかネ! アレがないと進まないのだヨ、早くし給え!
じゃかァしァっ!!!

激しい言い争いにピッと背筋が伸びた真白。そろっと中を除けば、何やら実験中の男が此方を見てデスクをバンバン叩いていた。――男の名は涅マユリ。先日、『蛆虫の巣』から浦原が引き抜き、十二番隊に配属され、今や三席の座にいる。

「マユリ、喜助は?」
「中にいるヨ」
「はーい。あ、これお土産! ひよ里にも」

ぽいっと手渡したのはパック詰めされた苺。先日現世に任務へ行った際、大安売りだとかでお得に手に入れたものだ。
見たことも、もちろん食べたこともないマユリは、あらゆる角度からそれを眺め、匂いを嗅ぎ、また眺める。ひよ里は食べたことがあるので、苺とは何なのか知っている分、マユリの奇行を見てドン引いていた。その様子をクスクスと笑いながら、真白は隊首室に入った。
隊首室の中も執務室と同じように改造、もとい模様替えされ、今や以前とはまったく違う光景が広がっている。よく分からない液体が入った大型カプセルに、右へ左へと伸びる管。いつ入ってもキョロキョロと見渡してしまうのは仕方がない。

「あ、喜助」
「おや、真白じゃないっスか! 現世任務から帰ってきてたんスね」
「ん、二、三日ぐらい前に。で、これお土産!」

三つあった袋の、最後の一つを浦原に手渡す。彼はガサッと袋の中を覗くと、真っ赤な苺が顔を出した。

「苺っスか! 久しぶりに食べますねえ」
「マユリとひよ里にもあげたの! マユリ初めて見たみたいで、熱心に観察してたよ」
「あまり食には無関心ですからねえ…。気に入ってくれるといいんスけど…」

苦笑する浦原にうんうんと頷いた真白は、ふと彼の足元に転がっているものに目を奪われた。

「きすけ、」
「はいな」
「それ、なに?」

スッと指差した先にあるものを見て、浦原は内心しまったと頭を抱えたくなった。彼女が見ているのは、最近作った新しい義骸の試作品。流魂街で起きている変死事件を聞いてから、いの一番に作り上げたものである。
しかし、真白は知らないのだ。今流魂街で、そんな事件が起きていることを。

「(…出来れば知られないように、でしたっけね…)」

平子には事前に言われていた。真白の耳には入らないようにしてくれと。最初は何故かと思ったが、事件のあらましを知るうちにそれは的確だと考え直したのだ。
こんな事件、もし真白が知れば――。必ず関わらずには居られないはずだ。

「新しい義骸を作ろうと思ってまして」
「新しい…? 今のじゃダメなの?」
「研究者は常に新しいことを考えてるんスよ! 今のよりもっといいものを作りたいって思うのは、ボクの…というか、研究者の性っス」
「ふーん?」

興味を失ったのか、真白は「苺、ちゃんと食べてね!」と念押しすると、十二番隊から出て行った。十二番隊自体は好きなのだが、いかんせんああいう研究室は好きではないのだ。あまり長く居たくない。

「あっ…拳西!」
「アァ!? …真白か」
「相変わらずの筋肉ダルマ。カチカチだねぇ」
「テメーは相変わらず敬語を使わねえヤツだなあ!?」
「明日から使う――」
「それはもう何万回と聞いたっつのボケ!」
「……ボケって言った方がボケなんですう、おたんこなす」
「…………!!」
「真白〜〜〜っ!」

笑顔のまま怒りで震える九番隊隊長――六車拳西を押し退けて、ぎゅむっと真白に抱きついたのは九番隊副隊長――久南白だ。

「白っ!」
「ふへへ〜、真白はやーらかいなあ!」
「白のが柔らかいよ……って、それより――」

ひょいっと六車の後ろを見ると、そこには九番隊の席官達がズラッと並んでいた。並々ならぬ雰囲気に、真白はきょとんと目を丸め、首を傾げる。

「今から何処か行くの? 任務?」
「あ? あぁ……(あーと、コイツ知らねえんだったか…? ったく、真子の過保護もここまできたら病気だな…)」
「ねーねー真白!」
「ん?」
「白が帰ってきたら、おはぎ食べに行こー! まわりにきなこがいっぱいついてるやつ!」

おはぎ…とほわわんと脳内で思い浮かべ、すぐに満面の笑みで頷いた。甘味は好きだが、誰かと食べに行った方が何倍も美味しい。真白は「いつ頃帰ってくるのっ?」と弾むように問いかけた。

「えーーっと、拳西いつ頃〜〜?」
「分かんねえよ。ただ…そこまで遅くにはならねえんじゃねーか?」
「だって!」
「判った! じゃあ…帰ってきたら、みんな誘って集合ね! 真子と、ひよ里と、リサと、ローズと…」
「この白に任せなさい! 全員誘って行くよー!」
「うんっ」

指切りげんまん、と小指と小指を絡ませると、二人は顔を見合わせて笑った。
「バイバーイ!」と手を振る白に手を振り返し、九番隊を見送って五番隊へ戻る。しかし、途中でリサが前方にいるのが見えて駆け足で追いかけた。

「リサ」
「なんや、遊んどんか?」
「遊んでないよ、ちゃんと仕事してた」
「ふーん。アタシは遊んどったけどな!」
「そこは嘘でも仕事って言おうよ……」

バーンと胸を張って『遊んでいた』と言うリサに呆れた真白。彼女の変わらない様子に、何故かホッとしてしまった。
そんな真白に気づかないリサではない。自分よりも低い頭の上に手を乗せ、「どないしたん」と問うた。

「…んーん。なんでもない…ただ、」
「?」
「……真子、…だけじゃないけど…。みんな、私に何を隠してるのかなあって」

ぽつりと呟かれた台詞に、リサはやっぱりかと息を吐いた。いつまでもこの少女に隠し通せるほど小さな事件ではないし、何より手がかりは幾らでも転がっている。誰よりも周りに過敏なこの子のことだ、気づかない訳がないのだ。
それをあの平子莫迦は、律儀に自分達に伝令神機で連絡してくるくらいには手回しをし、かつ周りの隊士には箝口令を敷くくらいだ。相当の過保護と言われても文句は言えまい。

「……アタシも言えへんけどな」
「やっぱり…」
「せやけど、真白がどーしても気になるんやったら、直接真子に聞き」
「……教えてくれるかな…」
「根気強ォ聞いたら、ドケチな真子も教えてくれるわ!」
「わ、わかった! がんばる!」
「せや、その意気や」

「ほな頑張りな」と真白の頭を撫でて通り過ぎるリサに、真白は慌てて振り返って叫んだ。

「拳西と白が帰ってきたら、みんなでおはぎ食べに行こうって約束したの!」
「おはぎ?」
「うんっ! だから、その…」

キュッと死覇装を掴むと、真白は目を細めた。

「リサも絶対参加だからね!」
「…覚えとくわ」

ヒラヒラと後ろ手に手を振ると、今度こそリサは去って行った。真白も浮かれながら五番隊に帰ると、真っ先に隊首室へ向かう。

「真子!」
「うわっ! いいいいきなり何やねん!」

真面目に仕事をしていた平子は大層驚き、ジトーっとした目で真白を見やる。そんな視線をもろともせず、真白は緊張したように目を泳がせると、そろ…っと口を開いた。

「…おしえて」
「ハァ? 教えてって何を――」
「真子が隠してること、教えて」

強く唇を噛み締め、平子から目を離さない真白。いつ振りに見ただろうか――そんな強い眼差し。
平子は暫くの間口を閉ざし、やがて深い溜め息を吐きながらボリボリと頭を掻いた。