堕ちる僕らの宝物A

「……何故嘘をつくんスか…?」
「嘘? 副隊長が隊長を助けようとすることに、何か問題が?」
「違う。ひっかかっているのはそこじゃない」

帽子の鍔のせいで目元に影が落ちる。少しだけ覗く瞳を藍染に向けた浦原は、男の台詞を間髪入れずに否定した。

戦闘で負傷した・・・・・・・? これが『負傷』? 嘘言っちゃいけない。――これは、『虚化』だ」

この場では藍染達しか知り得ないはずの言葉を、浦原は迷いなく、絶対的な根拠を持って言い当てた。
二人の双眸が交わり、互いに腹の中を探り合う。次に言葉を発したのは、藍染だった。

「…成程。やはり君は、思った通りの男だ」

ズ…ッと、藍染が一瞬だけ急激に霊圧を上げる。途端に冷や汗がブワッと浮き上がった浦原。
斬魄刀をしまった藍染は「今夜、此処へ来てくれて良かった」と言うと、浦原から目を外した。「退くよ、ギン、要」連れていた二人の名を呼び、踵を返す。

! 待…
お避け下され、浦原殿ォッ!!!

片手を突き出す格好をして叫んだのは、今まで静観していた握菱鉄裁だ。彼のそんな声などあまり聞いたことのない浦原は身体ごと振り返る。――藍染は、振り返らない。

破道の八十八!! 『飛竜ひりゅう撃賊げきぞく震天しんてん雷砲らいほう』!!!!

途轍もない光が収縮し、藍染らの背後を狙う。――だが。

縛道の八十一 『断空』

迫り来る鬼道を止めたのは、同じ鬼道の壁。ズ…ン…と鈍い音が空一体を包んだ。

「………莫迦な…。“副隊長”が…詠唱破棄した『断空』で私の鬼道を止めた…!?」

ビキン…と『断空』が割れた先には、もう三人の姿はどこにもなかった。
その後、再び虚化が進行しだした平子。浦原がすぐに駆け寄るのを見た鉄裁の提案もあって、彼らの処置を行うことに。禁術・“時間停止”、“空間転位”を用いて全員を十二番隊舎研究棟へと移動させた。
そこで行われたのは、虚と死神の境界を瞬時に破壊・創造する物質――『崩玉』を用いた治療だった。
しかし、結果的に治療は失敗。平子の姿は虚化したままだった。俯く浦原は外の空気を吸ってこようと扉を開けたが、それ以上進めなかった。――中央四十六室から強制捕縛令状が出されたのだ。戸惑う二人に隠密機動の使者達は冷酷に告げた。「御同行願います」、と。





「ん……」

窓から射し込む光が、カーテン越しからベッドを照らす。真白はぼんやりと目を開けて部屋を見渡し、見慣れた景色であることにホッとしたと同時にガバッと起き上がった。乱れた髪など気にせず、ぺたりと足を床につけて急いで扉へと走った。
扉の取っ手に真白の手がかかるよりも先に開いた。ハッと手を引っ込めて数歩下がり、訪問者を見る。入って来たのは、四番隊隊長の卯ノ花烈。真白が入隊した時からお世話になっている人物の登場に、驚きを隠せなかった。

「烈さん…? っ烈さん! 私何で此処にっ…真子達は!?」
「落ち着いて下さい、真白」
「教えてよ!」

今や卯ノ花にこんな態度を取ることができるのも真白のみ。いつもならにっこり笑顔で注意する卯ノ花だが、今日はとても言えなかった。
笑顔すらない彼女に、真白はグッと唇を噛みしめる。

「…まず、真白、貴女が何故ここにいるのかを説明しますね」

真白の目をしっかりと見た卯ノ花は、ふ…と短く息を吐いた。

「貴女は、五番隊舎の近くで倒れていたんです。それを藍染副隊長が見つけ、四番隊に運んで下さいました。急激に霊力が低下していたので、私がこの部屋に移動させました」
「倒れ…? 霊力の低下…?」
「はい。そして、派遣された魂魄消失案件始末特務部隊の方々は全員死亡。それを企てた十二番隊隊長・浦原喜助、及び鬼道衆大鬼道長・握菱鉄裁、二番隊隊長及び隠密機動総司令官・四楓院夜一は現世へ追放となりました」
「――は…?」

一息に言われた情報についていけず、真白は呆然とした。何を言っているのか理解できないのだ。たった一夜にして起こった出来事は、とても真白が受け止めきれるものではなかった。

「うそだ…うそだ!」
「…嘘ではありません」
「こんな時に冗談言わないでよ!」

ガッと卯ノ花に掴み掛かり、今にも噛み付かんばかりの勢いの真白に、卯ノ花は嘘だと言いたくなった。けれど、きっと口を開いても真実しか告げることはできない。決して嘘など言えやしないことは自分が一番良く判っている。だからこそ、卯ノ花はもうこれ以上何も言えなかった。

「…なんで……」
「真白…」
「なんでぇっ……!」

ぱたぱたと涙の粒を落とし、ガクンと足の力が抜けて膝から崩れ落ちる。咽び泣く真白の姿など見たことのない卯ノ花は、悲痛な表情で彼女を抱きしめた。小さな背を、震える肩を、包み込むように――…。





「真白には何も言わなくて良いのか?」
「…言えませんよ」
「泣くぞ、あれは」
「泣くでしょうね、きっと」

それでも、浦原は『言う』という選択肢を選ばなかった。きっと平子が目を覚ましていても、同じ方を選んだだろう。

「あの子を連れてはいけません。…あの子を、僕らと同じところには堕ちさせたくはないので」
「…奇遇じゃな。儂も同じことを思ったわ」

ふ、と笑った夜一。

「……――あの子は、僕らの宝物っスから」

堕ちてゆく僕らの、大切な宝物。だからこそ、一緒には連れて行けなかった。これから自分達には、一生許されることのない咎が付き纏う。それを真白にまで負わせるなど、たとえ彼女が許しても自分達が許せなかった。
憎まれたっていい、恨まれたっていい。ただ――忘れないで欲しいなんて思うのは、我儘だろうか。

「きすけ、しんじ。おみみかして?」

目を閉じれば、今でも鮮明に聞こえてくる。
まだ真白と出逢ったばかりで、死神にすらなっていなかった頃に彼女が言ってくれた言葉を。

「だいすき」

初めて言ったかのように、たどたどしく発音されたそれは、何者にも耐え難いものだった。
その記憶さえあれば、自分は頑張れる。浦原は閉じた目を開けて、穿界門を開いた。

「――それじゃ、行きましょうか」

裏切り者へと、堕ちよう。
浦原の足は止まることなく、開かれた門を潜った。