降り積もるは雨か涙か

目立った外傷もなく、霊子濃度の高い部屋に居たお陰で霊力も戻り、真白は早々に退院となった。一晩中泣きはらした目元も、卯ノ花によって綺麗さっぱり。見た目は普段とは変わらない彼女は、瞬歩で五番隊舎まで向かった。聞こえてくる挨拶も、今日だけは返すことが出来なかった。
バン! と大きな音を立てて扉を開く。肩で息をする真白を、五番隊士達は皆悲しげに見た。

「……真子は…」
「縹樹、三席…」
「この時間なら、とっくに真子来てるよね…?」
「………」
「もうみんな帰って来てるよね!?」

誰も返事をしなかった。沈黙は肯定――その言葉が真白の頭によぎった。
彼らが居なくなったことに、やっと実感が湧いてくる。へた…とその場に座り込み、真白はくしゃりと顔を歪めた。

「――縹樹君?」

優しい声が降ってきた。そろ…っと顔だけ後ろを振り返ると、そこには目を丸くした五番隊副隊長・藍染惣右介が立っていた。真白が扉の前で座り込んでいるため、中に入れないらしい。
酷い顔をしている真白を見た藍染は、眼鏡の奥にある瞳を細め、抱きしめた。

「……すまない」
「なんで…惣右介くんが謝るの…。惣右介くんは悪くないじゃない…」
「それでも、僕も行くべきだった。……すまない」

ぎゅうっと、縋るように藍染の死覇装を握る。気を緩めれば今にも涙がこぼれそうだった真白は、必死に奥歯を噛み締めた。
二人が抱き合う中、誰かが真白の腕を力強く引っ張った。あっという間に身体は藍染から離れ、そのまま隊舎から遠ざかる。目の前で揺れる銀色が、待っている人とは真反対の髪色でなんだか可笑しいと、真白はふっと笑った。

「……ギン」
「………」
「ギンってば」
「……………」
「ギン!」

数回呼ぶと、彼はやっと足を止めた。着いた先は真白の良く知る場所だった。尸魂界を一望できる、大きな木のある高台。彼らとの想い出が詰まったこの場所は、今の真白にとっては苦痛以外の何者でもなかった。
キッと強く市丸を睨み、掴まれている腕を離そうとブンブン振るが、向こうも相当強い力で握っているのか、離れない。

「……はなして」
「………」
「はなしてよ……」
「…………」
「っ……はなしてよっ…!」

声が震える。感情が高ぶったせいか、我慢していた涙がぽろりと地面に落ちた。だから離して欲しかったのに。顔を隠すこともできず、真白はそのまま堰を切ったように泣き出した。

「なんで…っ…」
「…真白、」
「なんでなのっ…!」

やっと口を開いた市丸は、そっと真白の名を呼んだ。

「帰ってきたら探すって言ったんだよ、真子…。おっ…おはぎだって! 白と約束したのにっ…! みんなで、みんなで食べに行こうって…! リサにも、真子にも伝えたのに…っ」

後から後から落ちる涙のせいで、地面が濡れていく。こんなことになるなら、何を言われても一緒に行くべきだった。それならこんなに絶望することも、涙を流すこともなかったのに。

「……ご免な」
「…なんでギンが謝るの…」
「……言わせてや」
「ふ、ふふっ…変なの…」

涙の滲んだ目元を緩め、真白は少しだけ笑んだ。頬を伝う雫はまだ止まらない。市丸はスッと手を伸ばし、優しく拭き取ってやる。その優しさが今は辛くて、真白はとうとう声に出して泣いてしまった。
雨がポツポツ。ひとつ、ふたつと空から降ってきて、次第に大雨へと変わってゆく。それは、少女の瞳から流れる涙を覆い尽くすようだった。

「会いたいっ……」
「…せやな……」
「っ…ふ、っ…あぁ、ぁぁぁっ…!」

真白の静かな慟哭が、降り注ぐ雨のおかげで小さく響いた。