不器用軍団

「退け言うてるやろ!!」
「あかん」
「何でや! ちゅーか喜助ェ!! アンタも何で連れてけーへんかってん!!」
「うるさいで、ひよ里。考えたら判るやろ。……あの子は藍染の本性を知らんし、何よりあの状況で一緒に現世に逃げるとか阿呆のすることや」

リサはペラ…と(いかがわしい)雑誌のページをめくりながら、ハッチに後ろから動きを抑えられているひよ里に向かってキツい言葉を投げた。ひよ里も判っているからこそ、それ以上何も言えなかった。

「……約束したの、白」

不意にぽつりと呟いたのは白だった。六車の背中にもたれながら膝を抱える姿は正しく子どものように見えたが、中身は立派な大人だ。
そんな彼女のいつもの活発さは鳴りを潜め、悲しげにぐすりと鼻を鳴らした。

「帰ってきたらおはぎ食べようって、約束したのに」

その約束を知っている者は、それぞれに反応を見せた。雑誌のページをめくる音が止み、背中を貸していた者はピクリと肩を揺らし、ひよ里の言葉に真っ先に否定した者は自らの手のひらで目を覆った。サラ…と揺れる金髪は、今や肩上までの長さしかない。

「なんでいっつも髪の毛引っ張んねん! 痛いんですけど!?」
「ひっぱったら、すぐこっちみてくれるもん。呼ぶよりらく」
「ベル代わりにすんのやめーや……」


この会話はいつだったか――まだ、真白が死神になる前だった気がする。は、と短く息を吐いた平子は「喜助ェ」と下駄帽子の男を呼んだ。呼ばれた男は「はいな」と返事をするも、どこか元気がない。やはり自分で真白を置いてくると決意して現世こっちに来ても、ひよ里に言われたことで後悔やら悲しみやらが再来したらしい。

「俺らは、死神あっちにはつかんで」
「……はい」
「例え藍染が原因やろうとも、聞く耳持たんかったんはあっちやろ。それに、俺らはもう“死神”やない。……あいつには、もう二度と会わへん」
「……いいんスか?」

念を押すように浦原は平子に問う。「何べんも聞くなや」と、平子は鬱陶しそうに耳をぽりぽりと掻いた。相変わらず表情の読めない男だと浦原は思った。

「〜〜〜っ」
「ひよ里?」
「じゃかあしい! 寝る!」
「…子どもだねぇ」
「ローズ、」
「はいはい」

ローズは平子に名前を呼ばれ、立ち上がる。そして部屋に消えていったひよ里を追いかけ、やがてパタン…と扉が閉まる音が広い倉庫に響いた。





「面倒な性格じゃのう、お主は」
「…なんや、夜一さんか。……って何で猫姿やねん!!」
「キュートじゃろ?」
「…………」

きゅるんと猫姿をこれでもかと猛アピールする夜一に、平子はげんなりと頷いた。フンと鼻で笑った夜一はぴょんっと平子のいる屋根上に登り、月を見上げた。

「恨んでおらんか? あの子を置いてきた儂らを」
「……なんで恨まなあかんねん。むしろ連れてきとった方が恨むわ」

それは本心なのだろう。しかし、瞳はそう言ってはいなかった。愛しい者が側にいないことの哀しみ、藍染への恨み。何より『もう二度と真白に会えないかもしれない』という想いが一番強いのだろう、月を見る眼差しは切望を孕んでいた。

「元気にやっとるやろか……」
「……それには返事ができかねるな」
「…探しに行く言うて出てきてんけどな……」
「残酷なことを口にしたな、お主も」
「俺もそう思うわ。……けど、あん時は本気やった。本気やったし、帰られへんなんて思いもせんかった」

今頃何をしているだろうか。泣いているか、怒っているか、それとも――もう忘れようとしているか。少なくとも後者ではないだろうことは平子にだって判っていたが、もう自分のことは忘れてくれた方があの子にとっては楽なんじゃないかとさえ思えてきた。
そんなことを思うだけで、胸が鷲掴みされたかのように痛む。思わず服の上からそこを握りしめると、隣の夜一がぽつりと呟いた。

「泣くことも又、明日への強さとなる」
「は………」
「それじゃあ、儂はゆっくり休むとするかの。邪魔したな」

平子の返事すら聞かず、夜一は一瞬にして闇夜へ消えた。一人残された平子は暫し呆けていたが、それがあの人の優しさだと気付き、苦笑し、俯いた。

「……クッソ…………」

こぼれた言葉は、悪態だった。

「何でやねん、何で俺らやねん…。……何で俺はこんな所におんねん……」

後悔。

「俺がアイツ泣かせてどないすんねん………」

怒り。

「……探すって、約束したんは俺やぞ……」

ぽろぽろと彼の口から出る台詞は、全て自分へのものだった。けれどいくらそれを言ったところでもう会えない。――会えないのだ。

「真子!」

もう、名前すら呼んでもらえない。そう気づくと同時に彼を襲ったのは、“絶望”だった。
こうなってからやっと思い知らされる。あの日常は簡単に非日常となり、だからこそ輝かしかったのだと。彼女のいる毎日こそ日常。だがこれからは、彼女のいない毎日が日常になるのだ。

「そんなん……認められるかボケ…」

認められない。しかし認めなければならない。矛盾する葛藤が平子を容赦無く追い詰める。これから先あの子のいない長い年月をここで送らなければならない――なんて、気が狂いそうだ。

「恨むで藍染………」

それは、己を虚化などという馬鹿げた実験の被験体に選んだことでも、こうして現世に逃げる羽目になったことでもない。
ただ彼女がいない・・・・・・・・ことだけが、理由だった。

「ほんま……こんなん俺のキャラちゃうぞ……」

短くなった金色の髪の隙間から見えたのは、月明かりで光る雫だった。

それから平子は徹底した。真白が現世任務に来ても会わないように常に霊圧を把握し、避け続ける。万が一にも会わないようにハッチに頼み結界を強くしてもらい、彼女の滞在期間は外に出ないようにする。そうして百一年間、一度も会うことはなかった。
平子がこうすることも、藍染は予想していたのだろうか――。




「…喜助は言うてたな。“誤算はなかった。それが一番の誤算”」

瓦礫に腰掛けた男が、帽子を指先で回しながら皆に台詞を投げかける。

「全てが予想通りに、最悪の展開になった。…ホンマ、世話ンなったもんやで、喜助には。――…それから、愛染にものォ」

それぞれの武器を手に立ち上がる、八人の戦士たち。

行くで

名を――“仮面の軍勢ヴァイザード”。